第06話 キララ、キララ辞めるってよ。
「ねぇパパ?」
「ん?なんだい」
「自分の名前って…変えられるの?」
キララは唐突に聞いてきた。
「ああ…確か、私が調べた限りでは、15歳以上の人で、それなりに理由のある人なら、裁判所に申請すれば良いらしいぞって君…まさか…?」
「うん。キララって名前、変えられたらいいなぁって思ってるの…。」
髪の毛をクルクルと指で弄りながら、キララは今の想いを司に伝えた。
「でもさ…出生届が出てない、いわば『無国籍』な状態だからさ…。正式には国に登録されてないって事じゃない?」
「あ…それも…そうか…」
「それと…もう一つ…」
「ん?」
「書類は本人が書かなきゃいけないから…文字の練習…しない…とね」
「はうぅ!忘れていました。」
そう、キララは14年の間、学校には行かず、言葉は母とその知り合いの会話を聞いて覚えたが、文字はほとんど教えてもらえなかったので、ミミズが這っているような字しか書けなかったのだ。
「そこで…だ!ジャジャーン(死語)。小学生用、国語ドリル~」
「おーー。どりる!よくわからないけど、お勉強のだよね!」
「その通り!申請用紙は貰ってるんだから、まずは自分の名前くらいは、漢字で書けるようになろう」
「パパ、私、頑張ります!」
無邪気に笑い、買ってもらったドリルを受け取るキララ。
「パパ…さっきの事なんだけど…」
「ん?名前を変えたいって事か?」
「うん…。パパに…私の名前…つけて欲しいなぁって…キララじゃないのがいい」
司は両腕を組み、しばらく考えていた。
「ん~う~、か…考えておく…」
「ありがとう!パパ。名前が決まったら、私の事…名前で呼んでくれるかな?」
「ああ、もちろんだ。」
司はそう言ったものの、自分の二人いる子供も、命名にしばらくの時間を要した事を思い出し、なかなかの悩みの種ができたと悟った。
「まずは、文字の読み書きか。」
書く事がダメなのは前回分かっている。次は、読みである。司は試しに、自宅にある絵本を見せてみた。
「・・・分からない、読めない」
(やっぱりか。)
司は以前、あ行を書かせることを言った事があったが、そもそも、読めない字を書く事はできなかったのだ。
「ごめんなさい・・・」
「謝るのはこっちだ。大丈夫。君ならすぐに覚えられる。今日はまず、本屋で色々と買い物をしよう。」
司はキララを連れて、近くのデパートへ向かった。
「パパって大きな車以外に、小さい車もあるんだね」
キララは、初めて乗る軽自動車にも、興味津々だった。
「まぁな。アレだけでは普段の移動に面倒な事が多いんだ。」
15分も走らないうちに、デパートへ到着する。そこは、立体駐車場のあるデパートで、キララは、初めて入る立体駐車場に、目を輝かせていた。エスカレーターも初めて。
「階段が動いてる〜」
(なんだか、姿は大人で中身は子供って感じだな)
司は、初めて尽くしのキララを、暖かい目で見ていた。その後司は、四階の本屋で色々な本を物色した。キララは文字がほとんど読めないので、内容は分からなかったが、自分のための物だろうとは思ったキララは、司に耳打ちで聞いてみる。
((パパ…その本は…やっぱり、キララのための本?))
「ん?ああ、そうだよ。私は…教えるのが苦手だから、本やネットとか、今できる事をしようと思ってね」
購入したのは、小学生よりも更に低い、幼稚園児が習う読み書きの絵本だった。
(まぁ、ここからなら、問題無いだろう。)
司は更に、同じ階にあるゲームセンターへ足を運んだ。クレーンゲーム、太鼓の達人など、その全てがキララの初めてだった。大はしゃぎのキララは、周囲に本当の親子のように写ったのか、あまり気にはされていないようだった。
昼食は、同じデパート内のファミレス。その頃になるとキララは、はしゃぎ過ぎたのか少し疲れた表情を見せていた。
「ははは、君もまだまだ子ど・・・、いや、普通に子供か」
「むーー。」
キララは、頬を膨らませて不満気な顔。しかし、自身も自覚があったので、言い返せなかった。
「さて、ここで問題だ。」
司の唐突な発言に、キョトンとするキララ。司は、注文メニュー表を出して一つ一つを指さす。
「今、ここにあるこれと、これを食べたら、幾らかな?」
「んー」
キララは文字の読み書きは、できなかったが、数字はどうなのか。司はそれが知りたかった。
「消費税込で、1868円だよ」
「え?」
「だから、しょうひぜい?こみで、1868円だよ」
司は正直驚いた。慌ててスマホの電卓で、答えを確認する。
「780円と950円を足して…消費税…。1868.4円…」
(合ってる…それも一瞬で計算してたな…)
「君…計算はどうやって、覚えたの?」
司はキララに聞いてみる。
「ん~、ママの知り合いが、計算苦手だからって、私によく電卓で計算させてたから覚えちゃった。それに、計算が合ってると、みんないっぱい褒めてくれたんだ」
「いやいや、電卓で計算してたら、計算式までは頭に入らないでしょ…普通…」
「そう?」
(末恐ろしい子だ…。これも一種の才能と言えるだろうな。)
恐らく、その知り合いと言うのが、麻薬の売買人だったのだろう。キララは幼い頃から、計算に特化した教育を、自然に学んできたのだと司は仮定した。
(そういえば、キララの父は殺されている。そんな母親の元で生き延びていたのもおかしな話で、普通に虐待されていたのなら、食事も与えられるに餓死したりするのがオチ。そうならなかったのは、自燃に覚えた能力で、周りからの信頼を獲得していたのか…)
「パパ…?」
「いや…なんでもない。計算ができるのは良い事だ。」
「そう?そうなの?凄いでしょ凄いでしょ」
キララは、口の周りにケチャップを付けながら喜んだ。とそこへ、司の
「はい。…どうもお世話になってます。…はい。…はい。そうですか…わかりました。今の所在が実家のあるI県なので、はい。到着しましたら、連絡します。では。」
司の表情で、なんとなく誰からの電話か、キララは分かる気がした。
「刑事さん…ですか?」
「ああ、…詳しくは、帰ってから話そうと思う。」
「うん。」
「心配するな。そこまで深刻なものじゃあない」
「うん。パパがそう言うなら…信じる」
食事を済ませた二人は、一度司の自宅へ戻る。
「正直に話すと…君の
「それって…?」
「まぁ幻覚を見せる、悪い物…と言えば分かるかな?」
キララは頷く。
「ただし、それ自体は問題ではないらしい。使用だけでは逮捕にならないそうだからね。」
「じゃあ、何でパパに電話が?」
キララは、少し不安気な表情が出ていた。司はそんなキララを見て、少しでも不安にならないように笑顔を作る。
「確認したいそうだ。君にね。まぁ簡単に言うと、写真を見てくれって」
「写真?」
「ああ、君の母親と会っていた人を探してる。一番身近で見ていた君なら、分かるかもしれないってね」
キララの母は、いろいろな人と接点があった事から、麻薬の売人とも繋がっていた可能性を警察は考えているようだった。
「パパも…一緒に来てくれるんだよね。」
「もちろんだ。君一人を行かせる事はしないさ」
「じゃあ、行く。」
キララの表情は、まだ少し暗かったが、司の笑顔に安心して、キララもまた笑顔を見せた。
「まぁ結局のところ、いろいろな申請関係で、また行かなければいけなかったし、準備が整い次第、また出発するぞ」
「はい。それとパパ」
「ん?」
「今日は、いろいろと初めての事をさせてくれてありがとう。」
キララはそう言って、司の近くへと寄って行った。
「もうひとつだけ…初めての事…してみたいんだけど、いいかな?」
「お?なんだ。」
するとキララは突然、司に飛びかかって唇にキスをした。それは初めてだったので、ちょっぴり歯に当たってしまったような感じがした。司にはそれがとても初々しく感じるのだった。
(まったく…、いつかはこうなるだろうと思っていたが…)
少しの間が過ぎ、司の唇を解放したキララは、これまで見た中でも、とびきりの笑顔を見せた。
「初めてのキスっなんてね。」
「ったく、油断も隙もあったものじゃない。せめてそこは、『目を閉じてください』とか言うもんだろ?」
「そうなの?」
目を丸くして、聞き返すキララ。
(ま…コイツにはそんなベタなネタを知るわけが無い…か)
司はそう心の中で思いながら、顔は少しニヤけてしまっていた。
「んじゃ…私…っと、もう遠慮はしなくていいか。俺からも、君に贈り物だ。」
「何?パパ」
司はニヤけた顔を元に戻し、キララを改めて見つめた。
「君の名は…
司がそう告げる。キララ(ちさと)はそこから、少しの間沈黙してしまった。
(あれ?なんか反応が良くない…?やっぱもうちょっと考えるべきだったかな)
司はそんな事を考えていたが、そのうちキララ(ちさと)の眼からポロポロと涙が溢れているのが見えた。
「わー。どうした?え?ダメ?」
司が慌ててキララ(ちさと)に駆け寄ると、涙は出ていたが、顔は清々しいほどに笑顔で溢れていた。
「ううん。ちさと…ちさと…ちさと…。すんごい嬉しいんです。」
「お…おう。よかった。ちさ。」
司がホッとすると、ちさとはそのまま司の胸に飛び込み、そのままの流れで二度目のキスをしてくる。
「おま…また…んぐっ」
二度目のキスをし終わると、二人とも顔が真っ赤になっていた。
「まったく…今はまだ、俺はちさの父親って事で通さないと、いろいろ面倒な事になりかねないから、そう言う行為は人前ではするんじゃないぞ?」
「はい。」
キララは笑顔で答える。
―――その晩。
司はその日にあった事を、海人や咲良に説明した。ただし、ちさとの薬物反応だけは避けた。
「えー!?私はキララちゃんの方が良かったなぁ…ん~チサちゃん…でも可愛いけど…」
一番寂しそうにしていたのは、咲良だった。
「でだ、また申請とか審査とかで、現地にいなければならないので、またしばらく家を空ける。頼んだぞ。」
「よろしく、お願いします」
司と共に、ちさとも二人に一礼した。
「いいのいいの。ちゃんとやってこないと、これからの事ができないんじゃしょうがないよ」
海人と咲良は、共働きと言う事もあり、全く問題無さそうだった。すると、咲良がちさとの耳元で囁く。
((今度こそ、イクとこまでイケたんでしょ?))
((キ…キスまで…なら…))
咲良はそれを聞くや、司の顔を見ながらニヤニヤしている。
「おい…全部丸聞こえだぞ…。」
司の呆れた声が聞こえてくる。
「あら、お義父さま。聞こえていらしたのですか?」
咲良は白々しく答える。ちさとは咲良の影に隠れ、まるで本当の姉のように慕っているようだった。
「ちさ。あまり咲良ちゃんの言う事、全部覚えたらダメだぞ。」
「でも、女の子同士じゃない。」
ちさとがそう言う。
「まぁそうだが、咲良ちゃんは『現役の腐女子』だからな。言い換えれば、ちょっとだけ考え方が違う人間って事だ」
「あら、それを言うなら、ヲタクであるお義父さんにも、同じ事が言えるのでは?」
「うぐぅ…」
その後、二人のヲタクトークの応酬が始まってしまったのだが、ちさとにはその半分も分からず仕舞いであった。
「そろそろ、お開きにするぞ~」
しびれを切らした息子(海人)が、冷静に止めに入る。
「はぁはぁ…やるなぁ…」
「お義父さんこそ、伊達に年齢を重ねてませんわね…」
「そして、こんな俺が育てたのに、常人に育った海人が、未だに信じられねぇ…」
「そうね。海ちゃんに免じて、ここは私も引きましょう」
こうして、1時間にも及んだヲタクトークは幕を閉じた。
(す…凄い…。パパもそうだけど、咲良姉さんの知識も…)
一連のやり取りを見守っていたちさとは、その内容を覚えようとしていましたが、ほとんど理解できませんでした。
【まったく、みーちゃんは相変わらずなんだから…】
その様子を見ていた人がいた。奥の仏間でひっそりと覗き込む影。司の亡き妻です。
【ホント面白い子ね。あの子(ちさと)、自分の才能に全く気付いていないようねぇ。ちょっと
―――その晩の事。
「う~ん。はっ!」
ちさとは再び、夜中に目が覚めてしまった。
「トイレ…」
尿意を我慢できず、ちさとは一階へと降りて行った。用を済ませ、ちさとは二階に戻ろうとすると、急に
「なんだろう…?」
ちさとは吸い込まれるように、仏間へと入って行った。
【こんばんわ。ちさとちゃん…】
「あ…、あ…、あ…」
急な出来事に、ちさとは何度も自分の眼を擦った。
そこには…司の妻の姿があった。
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