第05話 キララの決意
司の自宅風呂場で、司の入浴途中に乱入したキララ。キララは少しの静寂のあと勇気を出して声を出す。
「私!パパの事好き!だから、死んじゃヤダ!奥さんの代わりにはならないかもしれないけど、頑張って支えるから~うわ~~~ん」
(キララ…ん?俺が死ぬ?)
司は振り向いてみると…泣きじゃくるキララが巻いていたタオルがズレて、肩紐の無い水着が見えていた。
(うわー。ベタなやり方。アイツしかいないじゃないか。)
司は泣きじゃくるキララの頭を優しく撫でた。
「ばっかやろう。咲良ちゃんに何言われたか知らないけど、私は死ぬ気なんてこれっぽっちも考えて無いぞ?」
「ひっく…ほ・・んと?ぐすっ」
司はキララの目から溢れる涙を、指で優しく拭い取る。
「ああ、ホントだ。確かに、妻が居ない世の中なんて、俺にとっては不幸だ。けどな、だからって後追って死んだら、あいつに無茶苦茶怒られる。それが遺言だったからな。『必ず、自殺以外の真っ当な死に方でこっちに来てください』ってな」
「じゃあ、なんでお人形作ったり、一人で旅したりしてるの?お仕事は…しないの?」
キララの質問に、司は少し返答に悩んでいた。
「そうだな…。フィギュアを作っている理由は、妻が生きている間に、ヲタクとしての自分を封印してきたから。それと…仕事をしないのは、する必要が無いから…かな」
「ヲタク…って?」
「ああ、君には分からない…か。簡単に言うと、一つの事を極めようとする人間。私の場合、アニメをよく見る人間。そこから、この人形を集めるようになった。他にもロボット模型のオモチャやヒーロー物の変身ベルトとかも…」
「ふぇっくしょん!!」
熱く語る司の間を割って、キララがくしゃみをしてしまう。それを聞いて司は、湯船の半分を空ける。
「入れよ。水着を着てるなら問題無いだろう。」
入ると言っても、司自身を背もたれにするような感じだったが、キララは喜んでその隙間に入った。
「あったか~い。」
「まったく…何を勘違いしてんだか…。少なくとも、さっき言った通りだ。私は死ぬつもりはないし、まだまだ子供の君を、このまま放っておくわけにはいかないからな」
(子供…かぁ…)
キララは心の中でそう感じる。でも、自覚もしていた。ここまで大きくなった自分自身なら、なんでもできると思っていた。しかし、外の世界へ飛び出たは良いものの、生きるために食べることすらできなかった自分。そしてなにより、人の温もりに触れた時の安心感は、自分がまだ子供である証拠でもあった。
一方、司は…。
(やっべぇ、めっちゃ良い匂いする。理性で抑えるのも限界ってもんがあるだろ。せめてJKとかだったら、ここでキスとかしても…いや、そもそも未成年の時点でアウトだって!。本能覚醒する前に、脱出しないと…)
キララより先に、湯船に浸かっていたため、のぼせ気味になっていた事もあり、そんな事を考えていた。
「スマン。先に出るよ。」
司は、のぼせて倒れそうになる前に、お風呂からの脱出を図った。
「う、うん。パパ、ごめんなさい。」
(そうだよね。まだ、色々やらないといけないのに、死んじゃったりしないよね。)
キララは両手を胸に当てて、そう思っていた。一緒に入ったと言う事もあり、胸のドキドキが止まらなかった。
司もまた、ドキドキが止まらなかった。
(危なかった。あれ以上一緒にいたら、一線を超えてしまうかもしれんかった。)
そんな状態の司を、ちらりと見ていた咲良は、口を抑えながらニヤニヤしていた。司はすぐにそれに気づいて、咲良に近づく。
「おま、本気でヤバかったぞ。」
「え~?何のことか、分かりません~」
舌をペロッとだしておどける咲良を見て、司はそれ以上怒る気力も失せてしまった。
(絶対、何か企んでいたな…さすが現役の腐女子…)
司はそのまま、二階の寝室へ向かうのだった。
―――その後、キララは…。
「お姉ちゃん、お風呂、ありがとうございます」
「いえいえ~、それよりもお義父さんから何か聞き出せた?」
「あ…はい。お姉ちゃんの思うような事は…無いみたいです。その、奥さんからのユイゴン?で、死なないって」
キララは濡れた髪をタオルで拭きながら、咲良に話して聞かせた。すると咲良はニヤリと目元を緩ませて、キララに近づく。
「んで?どこまで行ったの?」
「んな!?なななな、なんで、そんなの聞くんですかぁ」
キララは耳まで真っ赤にして、思わずタオルで顔を隠してしまった。
「いや、ほら、気になるじゃない~?キスとかしなかったの?もう、妄想が爆発しそうなのよ~ほらほら~言った言った~」
「も~ホントに何もしてませんし、されてません~」
「あら~お義父さんったら、意外と紳士なところがあるのね~。若い女の子が、すぐ目の前まで接近したのに、何も無いって」
キララは頬を膨らませた状態で、タオルを顔から外す。
「パパはそんな事しません…たぶん。初めて出会った時も、気にしてたみたいだし、きっと、私がもっと良い女になったら…その…きっと…きゃあ、私、何言って…」
自滅したキララは、再びタオルで顔を隠す。そんな
「ふふふ、いいわねぇ若いって」
キララはその場にいるのが少し恥ずかしくなり、慌てて二階の部屋へ向かった。用意された部屋には、布団が準備されていて、すぐに寝る事ができる状態だったが、キララは最近までずっと、司と寝ていたためか、落ち着けなかった。
(パパはもう、寝たかな?)
キララは隣の部屋を覗いてみる事にした。すぐ隣の司の寝室、キララはノックと言う行為は知らず、そのままドアノブに手をかける。
ガチャリとドアノブが鈍い音を立てて、ゆっくりとドアが開いていく。ドアの隙間からは少しだけ明かりが漏れてくる。部屋の明かりは、薄暗いオレンジの光で照らされ、奥のベッドらしきところに、薄っすらと
(パパ、またスマホいじってる…。)
少しの間ではあったが、キャンピングカーで数日過ごしていたキララは、司が寝る前の薄暗い車内で、スマホを
(何を見ているのかな?)
キララは、司のスマホ画面を覗き見る。
―――そこには…。
某SNSのアプリで、女性の裸が写っていた。
「パァ~パァ~!!!!」
「どああああ!!」
キララは思わず、司の頭を思いっきり両手で鷲掴みにして声まで出してしまった。司も驚いて振り向き、キララが侵入してきたことに気付く。
「ちょ、おま、人の部屋に不意打ちとは、いや、これは…だな」
「何よ!私には見向きもしないで、何コレ!女の子の裸じゃないの!」
「まてまて、落ち着けって!いでででで」
「これが、落ち着いていられますかぁ」
司の頭を更に強く締め付けるキララ。司は痛みから逃れるため、キララの腰に両腕を回して、ベッドの中に引き込んだ。
「きゃっ」
キララの両手が、司の頭から離れたと同時に、司がキララを後ろから抱きかかえているような状態になってしまう。室内に静寂な時が流れる。
(やっべぇ…思わずベッドに引き込んでしまった。ってか何でこうなるんだよ…)
司は、両手をそれ以上動かさず、キララがすぐ動いてくれる事を期待する。しかし、当の本人は満更でも無かった。
(どどど、どうしよう。こ、これ。この後、何すればいいの?ふ…振り向いたら…キス…とか、してくれる…のかな?)
期待する者、動かざる者の交差で、現場は拮抗していた。
(…何度かこの子の体に触れたけど…痩せてるなぁ…自宅からあまり出た事が無いとは聞いていたけど…。)
司は、さっきまで女性の裸写真を見ていた人間とは思えないほど、冷静になっていた。それは、未成年者には手を出さない。と言う、自分自身の戦いだった。
「なぁ…」
司から先に、口を開いた。
「パパ…?」
キララは、司の両手に自分の両手を重ねながら返答する。
「私は…な。もう御年アラフィフ(50代)の名実共にお爺ちゃんなんだぞ?。」
「…知ってる… … …。」
「私が、未成年者を襲えない事だって…」
「…分かってるもん…。けど…」
キララは、目にうっすらと涙を浮かべながら続ける。
「けど…私、女として、見られて無いんじゃないかって思って・・・。」
「それは・・・。」
司は動かせる左腕で、キララの頭を優しく撫でる。
「はぁ・・・。だから、君は子供なんだって。さっき、お風呂の一件でよく分かったけど、君は私が好き…なんだろ?」
キララは、黙って頷く。
「私自身がまだ、踏ん切りがついてないからだ。…君が悪いわけじゃない。妻を失い、その絶望から前を向いてない私が…ね。」
キララは、司の顔を見ることができなかった。
(そう…だよね。奥さん、死んじゃったんだもの…。)
キララは心の中で、自分の身勝手な考えを反省した。大切な人を失った悲しみを、今も背負っている司に、酷い
(パパ…ごめん…なさい…)
張り詰めていた緊張が、一気に解けたキララは、そのまま深い眠りに入っていった。
―――しかし、しばらくしてキララは突然目が覚める。
(あれ?ここ…は…?)
ベッドに横たわるキララ。目は開いているが、体は動かなかった。
(か…からだが…うごか…ない)
口も開ける事はできず、薄暗い部屋をただ見ているだけだったキララは、ふと人の気配を感じた。
(え…?誰?誰なの?怖いんだけど…助けて!パパ)
すると、小さな小さな女性の声が聞こえてくる。
(大丈夫…。何もしないから…。聞いているだけでいいから…。)
キララの視界に、薄暗いながらよくわかる、白い着物を着た女性が姿を現した。顔をよく見るとそれは、昼間、仏間で見た写真の女性だった。
(パパ…。司さんの…、奥さん?)
キララは頭の中でそう考えると、その女性はキララに微笑みかけてきたような気がした。
(キララちゃん。みーちゃんをお願い…ね。あの人は、子供の頃に酷いいじめを受けていたの…。それから、人を信用する事ができなくなってしまった。)
(みーちゃん…?)
(そう、みちざねの『み』。だから『みーちゃん』。私は、あの人の事をそう呼んでたわ。)
(私は…何を…すればいいの?)
キララは司の奥さんに、そう問いかける。
(私の代わりに…笑顔を…。あの人に…笑顔…を…)
段々声が小さくなっていく。そして姿も薄っすらと消えていく。
(まって!行かないで!もっと、もっと聞きたい。もっと、教えて!)
「行かないで!!!」
急に口が動き、大きな声が出てしまったキララ。両手を天井に向けてあげたまま、目が覚めた。そこは、昨晩からいた『司のベッド』だった。辺りは既に明るくなっていて、隣にいたはずの司もいなかった。
起き上がったキララは、自分の目から涙が出ている事に気付く。
「変な…夢…」
そう呟くと、キララはベッドから降りて、一階へ下りていった。
「…おはようございますぅ」
「お、おはよ。なんかすっげーニヤニヤしながら寝てたから、起こすのもったいなくってね」
と、司はスマホで激写した、キララの写真を見せた。それは、涙を流しながらニヤニヤしている自分の顔だった。
「うわ…なんて顔…。でも、なんか凄い事が起こってた気がするんだけど…忘れちゃった。」
そんなキララを見て、クスッと鼻で笑う司は、なにやらてんこ盛りの小さな茶碗と、湯飲みを持って、仏間へと入っていった。
「私も…行きます」
(奥さんのところへ、行くんだよね)
と、キララも司の後ろから付いていきました。
「二人で拝みますか」
「はい。」
二人で仏壇へ向かい合掌し、その後で、司が既に作っていた朝食を食べ始めました。
「明日と明後日は晴れそうだから、この間言ってたキャンピング場に行こうと思うんだけど、もちろん君も行く…よね」
「星の綺麗な所だよね!うん。行く行く!」
笑顔で答えるキララ。
(あれ?私…何か大切な事を言われたような…)
パンを口に咥えながら、キララは必死に夢の内容を思い出そうとしましたが、すっかりと頭の中から無くなっていました。息子の海人は、既に仕事へ行っているらしく、咲良の姿もありませんでした。
「ねぇパパ。海人さんと咲良姉ちゃんは?」
「ああ、二人共…仕事へ出掛けよ。孫も託児所でね。だからじぃじは暇になったのよ…とほほ」
がっくり肩を落とす司。
「大丈夫ですよ。お仕事終わったら、帰ってくるんでしょ?」
「まぁ~そうなんだけど、私だってオムツぐらい取り換えられるんだけどなぁ」
時折、お爺ちゃん発言の出る司の顔を見て、キララは笑みを浮かべるのでした。
(パパが元気なら…それでいいよね!)
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