第04話 司の家族とキララの気持ち

司の自宅に到着したのは、出発から4時間後だった。


「ここが私の家だよ。」


司の家は、閑静な住宅街の一角にある一軒家でした。


「ほえー。」

「まぁ、田舎だから、持ち家の方が結構多いと思うよ。私は親の代から引継いだ家だから、ボロいものだけどね」


驚くキララを横目に、司はキャンピングカーのメンテナンスを始めている。すると、家から女性が出てきた。


「お義父とうさん、お帰りになられてたんですね」

「おう、ただいま。」


司の気軽な挨拶を見て、キララはすぐに気付いた。


「息子さんのお嫁さん?」

「ああ、そうだ。咲良さくらちゃん、えっと海人から聞いてないかもだが、この子が今回、。身寄りがいないんで、一緒に連れて来た」

「キララと言います。よろしくお願いします。」

「咲良です。よろしくね。それとゴメンね~お義父さん、なんかいつも変な事に巻き込まれるみたいだから。あ、どうぞ、まだあっちは終わりそうもないから、うちに入って休んでね。」

「あ、いえ、こちらこそ。あの…助けていただいたのに…お、お邪魔します。」


初対面とはいえ、さすが同性同士。すぐに打ち解けた様子で、二人はいろいろと話をしている。その間に司は、メンテナンスを進めていた。


―――1時間後。


司はようやくメンテナンスを終えて、家の中に入って来る。


「パ…司さん。ねぇこの子、凄くかわいい~♪」

「だろぉ?ん~また少し大きくなったね~。キララも気に入ってくれたかい、私の孫娘」


司のいないうちに、キララは司の孫と遊んでいた。そんなキララが、司の事を『司さん』と言い換えたのを、司は聞き逃さなかった。


(やっぱ、本当の家族を前に『パパ』とは言えないか。)


司はキララに近づく。


「キララ、2階が1部屋開いているから、今日はそこで休むと良いよ」

「あ、はい。司さん、運転お疲れ様です。」


司はそう言うと、孫娘の頭をナデナデしてから、すぐ隣の部屋へと入って行った。

キララもそれが気になって、隣の部屋へと入ってみた。


そこは仏間だった。大きな仏壇の上には、歴代先祖の絵や写真が飾られている。司は仏壇の前で目を閉じ、合掌している。キララは、その写真の中に、カラー写真で写る若い女性の姿が視界に入った。


「私の妻だよ」

「え?…」


キララに気付いて、司が口を開いた。


「昨年…乳がんでね…」

「そう…なんだ…」


キララは悲しそうに写真を見上げる。司の妻は肩まで伸びた黒い髪で、右目の下には泣き黒子が見える。そして何より、自然に零れる笑顔がとてもやさしい表情をしていた。


「妻は私の良き理解者だった。出会った当時、人間不信に陥っていた私ですら、彼女を信じても良いと思ってしまうほど、素敵な人だった。」

「司…さん。」


キララの表情は暗かった。


「司さんにとっての『幸せ』って…」

「そうさ。妻がいるが『幸せ』、だったんだ。それがスッポリと抜け落ちてしまった今、気を紛らわすために、『旅』をしている。」


キララも仏壇の前で正座し、手を合わせる。


(ねぇ…。私じゃあ…ダメ…かな…?司さんの心の支えになれないかな…?)


するとキララは、一瞬誰かにような気がした。司もまた、誰かに声を掛けられた気がした。


「ん?キララ何か言ったか?」

「え?な…何も言ってないよ。それよりパパ、私の頭に触った?」

「いいや?触ってないよ?一緒に手を合わせていたじゃないか」


(なんだったんだろう?)


キララと司は、少しだけ不思議な雰囲気に包まれていた。


「さて、私はこれから自室に行くけど、少しだけ待っててくれるかな?」

「え?あ…うん」


司はそう言い残すと、部屋を出て階段を上がって行く。


「パ…つ、司さんのお部屋って…?」

「ん?ああ、お義父とうさんの部屋?」


キララは、気になって咲良に聞いてみる。


「あの部屋はね…。がたくさんあるの。キララちゃんは良い子みたいだから、入っちゃダメね」

「入ったら…どうなるんですか?」

「そうね~。ドン引きしちゃう…かな?」

「ふ~ん…」


なんだかソワソワしているキララを見て、咲良は聞き返す。


「ねぇ、さっきからお義父さんのこと、『パパ』って呼びそうになっているけど…何か吹き込まれたりしてない?大丈夫?」

「え、えええ!?あ…あの…それは…」


キララは自宅から回収してきた写真を咲良に見せる。


「うわーー。ホントに似てる。どちらかと言えば、若い頃って感じだけど、あと黒子ほくろの位置関係とかを除けば、瓜二つなのね。納得~」


キララは司以外では初めて見せる『実父の写真』に、少し照れていた。


「そりゃあ『パパ』って呼びたくもなるわ。他に親戚とかいないんでしょ?ママは?さすがにいるんじゃない?」

「お母さんは…」


キララは本当の事を言えず、うつむいてしまった。


「あ~ごめん。変なコト聞いちゃったみたいね。何か事情があるんでしょ?じゃないと、うちのお人好し(義父)が、キララちゃんみたいな『めんこい子』を連れてくるわけないもの」

「め…めんこい?」

「あ…えっと『かわいい』ってここの方言なの。」


ポロリと方言が出てしまい赤面する咲良に、キララも思わず鼻で笑わずにはいられなかった。


「でも、あれね。パパって呼ぶのはいいけど、キララちゃんにはもっとがあるんじゃないの?これ、女の感よ。」


そう言われて、今度はキララが顔を赤面させる。


「だ…だって…その…かっこ…いいし…」

「なら、自分の目でその正体を見てきたら?きっとドン引きするわよぉ?」


咲良はそう言うと、キララとこっそり階段を上がる。二階は三部屋あり、そのうちの一部屋に『入るな!危険!』と書いてあるが、キララは漢字があまり理解できず、何と書いてあるか分からなかった。

そっとドアを開けてみると…そこには無数の美少女人形フィギュアが置かれていた。


((どう?あれが、貴女あなたの理想の『パパ』だと思う?))


咲良はキララに耳打ちをする。奥には司がいて、小さな卓上テーブルで何かを製作中のようだった。集中する司は、扉が少し開いている事に気づいていない様子だ。二人は一度、一階に降りてくる。


「どう?奥さんを亡くして以来、小説書いてるか、人形を造っているか。仕事もせず、一度スイッチが入ると、ずっとあんな感じなの」


咲良には、キララの表情が少し硬くなっているように見えた。次第にキララの目から、ポロポロと涙が出てくるのだった。


「え…え~!?キララちゃん。泣くほどショックだった?」


咲良は慌てて持ってたハンカチを差し出す。


「ん~ん。違うの…」

「何が違うの?教えて?」


咲良が涙の原因を聞いてみる。


「凄く…寂しい感じがするの…なんでか分からないけど…、それが悲しくて…」

「ええ!?そっち?いや、もっと他に見なかった?50代でニートでフィギュア作ってるのが、自分の義父なのよ?恥ずかしくて見てられないけどなぁ」

「でも…何か違うの。咲良さん。私も、頭の中、何か、こうグチャグチャで、上手く伝えられないんだけど…。」


すると、玄関から誰かが入って来る音がする。


「ただいま。あれ?その子は?親父おやじも帰ってきてるみたいだけど…」

「あ…かいちゃん、おかえり。えっと、この子はね…」

「知ってるよ。親父が連れて来たんだろ?」


名前を聞いて、キララはその男性が司の息子であると思った。鼻から上が司にそっくりだったからだ。


「初めまして。息子の海人です。父から大体の事は聞いてます。最初に聞いた時は驚いたし、騙されてるんじゃあないかって思ってたけど、こうして会えたので、正直ホッとしました。」

「すいません。突然来てしまって…」


キララは涙を拭って、軽く礼をした。


「父から聞いてるから話すけど、ちょっと前にニュースで流れてた『児童虐待』で母親とかが捕まったって、その子供なんでしょ?」

「う…うん」


海人からのズバリな質問に、キララは首を縦に振る。


「え~!?海ちゃん、私、それ聞いてないよ?。キララちゃん、私、失礼な話とかしちゃってない?大丈夫?」

「あ…はい。大丈夫…です…たぶん」


咲良は、事情をあまり聞いていなかったようで、さっきまでの勢いが無くなり、急に大人しくなる。


「あ、ホント、気にしないでください。」

「そ…そう?ありがとう~。じゃあ私の事は『お姉ちゃん』って呼んでいいよ~」


キララの気遣いに、咲良はいつもの調子を取り戻したようだった。


「ところで咲良、この子何故泣いてたんだ?」


咲良は、キララが泣くまでの経緯いきさつを話して聞かせた。


「…そうか。君には親父がそう見えるか…。」


海人は何か思い当たるような顔をしている。


「実は、母さんを亡くしてからすぐに、親父は仕事を辞め、突然キャンピングカーを買って旅をするようになった。それは間違いない。そのお金の出所は分からないが、旅から戻って来ると、いつも仏壇に手を合わせて、何かを呟く事が多かったな。」


すると、咲良が言う。


「ねぇ、お義父さんの旅の目的って、どこか死に場所を探してる…とか無いよね。ドラマとかでよくあるじゃない」


咲良の言葉に、キララの心臓の鼓動が強くなる。そしてまた、大粒の涙が溢れてくる。


「嫌よ…。私、パパ居ないし…。偶然にも出会えた人が、写真のパパにそっくりで、だから…、司さんが、私のパパならって思ったら…自然に『パパ』って呼べるようになったのに…、死んじゃったら…私、どうしたらいいのよ」


床に座り込むキララを、咲良が慰める。


「だ…大丈夫だって…テレビの話。私、トレンディドラマとか好きだから、だから、絶対無いって、そんなの」

「だって…だって…だってぇぇ…」

「なら…キララちゃんが、お義父さんを元気にしてあげなくちゃ。この『腐女子』の私に任せなさい。良い方法があるのよ」


そんな言葉を聞いて、海人は思った。


(咲良…お前は、今でもだろ…)


―――その日の晩。


夕飯は司が近くのスーパーから、寿司の盛り合わせを買ってきた。久しぶりに家族4人が揃い、キララと合わせて五人で食べることになった。


「なるほど。じゃあまた、あっちに行かなきゃならないのね」

「すまんな。またしばらく、孫の顔は見れそうもない」


司はキララとの出会い、その全てを家族全員に説明した。


「ひでぇ話だな、まったく。」

「確かに、キララちゃんのご家族に比べたら、私達はとても幸せに見えてしまうのは当然ですね」


キララは司の横に座り、二人の表情を見ていた。


「でも、おかげで私は、パパと出会う事が出来ましたから…。その、こういうのを何と言えばいいのか、分からないのですが…。その、神様が見ててくれたのかな?って…合ってるかな」

「いいね~いいね~良い眼をしてます。私の創作意欲がすんごく湧きます。」

「咲良、『同人誌』でも書くつもりじゃないだろうな…」

「ははは。海人が咲良ちゃんを連れて来た時、私とアニメネタで盛り上がったんだよな。だから、私はすぐに結婚を認めたんだ」


会話によくわからないワードが出るため、キララは理解できなかった。


(アニメネタ…?どうじんし?、なんだろう、みんな凄く楽しそうに話してる…いいなぁ)


すると突然、キララは自分の頭に、入って来たかのような感覚に襲われる。


(あれ?私、なんでだろう。聞いた事が…無い…はずなのに、知っている…気がする。)


「ん?どうした?」


司はキララがあまりしゃべらないので、気にかけてくる。


「あ…いえ…何でもないんです。その、私、今まで外に出た事無かったから、分からない事だらけで、だ…大丈夫です。いっぱいこれから覚えます。覚えていきます」

健気けなげねぇ~。お姉ちゃんそう言うの嫌いじゃないわ~」


キララの前向きな姿勢が、家族全員の雰囲気を明るいものにする。司も、そんなキララを見て、少しだけ笑みがこぼれるのだった。


―――1時間後。


「はあ~久しぶりの湯船だなぁ…キャンピングカーだとシャワーは使えるけど、日本人ならやっぱり、湯船に限るわ」


司は食事後、久しぶりの我が家で湯船に浸かっていた。


(一時はどうなるかと思ったけど、あの子が良い子で助かった。あとは…どうするか…学校は1年でもしてくれるのか?いや、そもそも?中学がダメでも、高校は…いや、そもそも中学校からの願書無しで行けるのか?勉強だって遅れているだろうし、入試まで行けたとしても、受かるかどうか分からないのに?と言うか、結婚?何言ってんだ俺は、俺には妻がいる…もうけど…。)


「あ~もう、やる事が山積みじゃないか…」


すると、風呂場のドアが急に開いた。


「え…?」


そこにはバスタオルで身を包んだキララがいる。


「パパ…一緒に入っても…いいかな?」

「いやいやいやいや。おま、14歳だぞ?ちょっとは、恥じらう事を知らないのか?」


司は慌てて顔を壁に向ける。見えてはいないが、確実にキララがシャワーを浴びる音が聞こえてくる。


(これ…なんてエロゲだよ。全く…)


「こっち…見ないの?パパ」

「見るわけないだろ?いや、何度か不意打ちでけど…」


司は身動き一つ取らずに、壁をずっと見続けている。やがて、シャワーの音が止まり、キララの両手が司の肩にかかる。


「ねぇ…聞いて…欲しい事があるの…」


(なんだ?何を聞いて欲しいんだ?それよりヤバい。マジでタイーホになっちまうって)


背中越しに、以前ので見てしまったキララの姿が頭を巡る司。少しの静寂の後…キララは口を開いた。

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