第03話 エピソード3

「なんだって~~!?」


一際ひときわ大きな声が、役所の中に響いた。


「そんな事は無いだろ?住所だって合ってるし、名前もしっかり書いた。なんで発行できないんだよ」

「私に聞いても困ります。とにかくデータベースには無いので、転出届は発行できません。」


司はS市役所で、キララの転出届を発行するために、二人でやってきていた。しかし、本人がいるにも関わらず、このような状態が続いていた。


「まさか…ここは日本なのに、こんな事があるなんて思わなかった…」

「パパ…。って?」


司はキララに説明する。


―――無国籍児―――

それは様々な理由によって、本来14日以内(国外出生の場合90日以内)に届けなければならない『出生届』を、申請していない児童の事で、日本国内に1万人いると推定されている。

――――――――――


「つまり、君の母親は『出生届』を出していないから、地方自治体のデータベースに記録が載っていない…」

「そんな…。」


キララはショックを隠しきれなかった。今まで学校に行ったことは無かったのは、無国籍状態だったため、教育委員会も把握できなかったからだ。


「とにかく、もう一度警察に相談しよう」


司とキララは警察署に向かい、事情を説明した。


「事情は分かりました。では家庭裁判所で、をしてみてはどうでしょうか」


安藤がそう言う。


「国籍の再取得申請??できるのですか?」

「本来は、血の繋がった両親でなければ、申請は難しいでしょうね。けれど、この子の父は死亡。母親は現在拘留中で、今後起訴される可能性が濃厚。一応、こちらでもできるだけフォローはしますが、申請はそちらでよろしくお願いします。」

「分かりました。」



司は警察署から、家庭裁判所へ向かうことになった。


(はぁ…これだから日本は、アナログに縛られ過ぎなんだよ…)


司の心配通り、家庭裁判所に着いた後も長かった。まず、裁判所は思いの外混んでいて、申請に時間がかかることと…。


―――証拠が無い。これが重要すぎて泣けてくる。―――


司は警察と連携して、押収物の中にキララの誕生日へと繋がる物が無いか調べた。すると、古い携帯電話のSDカードから、キララの誕生日前後と思われる写真データが見つかった。

データから導き出されたキララの誕生日は…2005年2月14日。


(ギリギリ14歳だったのか…。)


これが更に事態を複雑にさせることになった。15歳未満では、本人であっても申請が出来なかったからだ。


「パパ…1年待って、結婚しちゃえばいいじゃない?」


悩む司に、キララはポツリと言う。


「こらこら…、確かに一理あるけど…そもそも国籍が無いんだから、入籍どころの問題じゃないと思うぞ」

「そっかぁ…」

「それに、学校に通うのにも国籍は重要だ。と言っても、キララがどこまで勉強ができるかにもよるんだけどな」


キララは、確実に小学校へは行ってないのだとすれば、国語・数学と言った基本学習ができていない。辛うじて、話をすることはできるが、文字が書けるのかも微妙だった。


「キララ、ちょっと文字を書いてみて欲しい。」

「え?何を書けばいいの?」

「とりあえず…あ、い、う、え、お、と50音を書いてくれるかい?」

「う…うん。」


キララは言われた通りに、『あ』から文字を書き始めた。それは司の予想よりも酷い状態だった。


「ん~これはまた…予想外だった…」


14歳の少女が書いた字とは思えないほど、歪んだ文字がそこにあった。それはまるで、が書いたような文字だった。


「だって…お話は、聞いた事を覚えればよかったけど…書くのは苦手だったんだよ」

「しかし、これは困った。申請書は本人が書かなくてはならない場合もあるからな…」


司は悩んだ末に、裁判所に相談すると、『未成年者後見人』を立てる方法を案内されたが…。


―――キララに国籍が無いので、申請に必要な書類が発行できない―――


「つ…詰んだ…。」

「あはは…」

「ま…まぁ…戸籍謄本については、国籍を申請したあとで、何とかなるようだけど…審査に1か月もかかるよ…」


そんなこんなで、1日がかりの家庭裁判所は、進展がほぼ無い状態で終わった。


「ハア・・・。疲れた。」

「ごめんなさい。私の為に。」

「君が謝る事じゃないさ。君が生年月日を知らない時点で、ある程度想定してた事が現実になった。ただそれだけの事だよ」


司は表情にこそ出さなかったが、キララには笑顔で答えるのだった。すると、司のスマホに着信が入った。


「あー海人かいとか、ん?。ああ、ちーっとだけトラブルでな。うん、うん、分かった。ちょうど戻らないといけないから、そこで話そう。久しぶりに抱っこしないとな。じゃ。」


司は通話を終えると、ベッドから立ち上がった。


「さ~~って。久しぶりに我が家に帰るとしますか。」

「パパ。さっきの電話って?」


キララは電話主の事が気になる様子だった。


「ああ、私のだよ。長男の海人。私とほぼ同じくらいに結婚して、今は私の家、まぁ実家を任せている。」

「子供は…一人なのですか?」

「二人いる。もう一人はまだ大学生でね。都会生活を満喫しているところだ」

「そう…なんだ」


キララはそれを聞いて、顔を下に向けた。


「ちょっと…モヤモヤ…しちゃう…かな。幸せそう…。」


キララはそう呟く。


「モヤモヤ…か。そう…見えるかい?」


司の問いに、キララは首を縦に振る。


「その考えもだと思う。でもね、君には幸せそうに見える家庭でも、全てが巧くいったわけじゃあないんだ。」

「え…?」

「一緒に来れば、分かると思う。」


キララには、司の発した言葉の意味が分からなかった。


裁判所をあとにした司は、ガソリンスタンドへ入りキャンピングカーの燃料を満タンにすると、カーナビの設定を『自宅』へ変更した。


((ポーン、東北自動車道、H県、M県方面を通るルートです。実際の交通情報に従って、走行してください。))


「え…?5時間!?」


キララは驚いた。指し示す到着ポイントはI県。その中央に近い地点だった。


「あはははは。驚くのも仕方ない事だ。私は田舎者だからねぇ。」


と、司は苦笑する。しかしキララは、今まで自宅からほとんど出た事が無かったこともあり、今までの土地から遠く離れた土地への移動に、心が踊っていた。


「私、どこでもいいんです。一度、行ってみたかったので、凄く楽しみです」

「そうだね、じゃあ到着ついでに、君のをいっぱい体験させてあげよう」


司は、目を輝かせているキララを見て、若い頃に見た姿を重ねるのだった。


(まだ小さかったあの子達も、きっと彼女のような気持ちだったのだろうな)


自宅へは、5~6時間の道のりだったが、パーキングエリアで休憩をしっかり挟みながら、安全運転を心がける司。途中、キララが車酔いの症状を訴えたため、M県内のパーキングエリアで夕方を迎えることになった。


「ごめんなさい。帰りが遅くなってしまいますね」

「気にするな。今までこんなに長時間、車に乗った事なんて無かったろ?無理をするな。今日はここまでにしよう」


キララは司の言葉に頷くと、ゆっくりと眠りについた。キララが寝た事を確認した司は、携帯電話スマホを手にすると、どこかへ電話を掛ける。


「ん?んん。」


薄暗い車内で、キララは目を覚ました。


(あれからどのくらい経ったのかな)


キララはベッドから起き上がる。ベッド前にひかれたカーテンの奥から、久しぶりにパソコンのキーボードを叩く音がする。


「パパ…まだ、起きてたの?」


キララに気付いた司は、パソコンを閉じて立ち上がった。


「もう、平気なのかい?」

「う…うん。落ち着いてきました。」

「そりゃよかった。んじゃ何か夜食でも作るよ。夕飯食べてないだろ?」

「あ…でも…」


キララの言葉とは裏腹に、キララのお腹はを奏でる。


「ははは。なんだか初めて出会った時と同じだな。」

「は…恥ずかしいです。パパ」


―――数分後。


「ごちそうさまでした。」

「はい。お粗末様でした。」


キララは司の作った料理を完食していた。


「丁度いい、見せたいものがあるよ」

「ん?」


キララは言われるがままに、車の外へ出た。


「わぁぁぁぁぁ。」


キララの目の前に、満天の星空が広がっていた。今までも、自宅の窓から星空を眺めた事はあったが、都会ならではの味気ない一等星が見える程度だった。


「どうだ。今日は雲一つない青空だったからな。ここ(パーキングエリア)からでも星空は綺麗に見えるだろうなと。」

「うん。初めて見ました。」

「地元にある山奥のキャンピング場なら、これよりも更に綺麗に見えるぞ。」


キララは初めて見る華麗な天体ショーに釘付けとなっていた。


「私は、あちこちを旅して回るが、やはり田舎には(綺麗な夜空)があるから良い。と思っている。一生都会に居ては、見ることができない景色だ」

「うん…」


しばらくの後、二人は車内に戻って来た。


「はぁ~ちょっと冷えちゃった。パパ、シャワー浴びてきます」

「いってらっしゃい」


キララはそう言って、シャワールームへ入って行く。司は再びパソコンを開いて、打ち込みを再開する。

5分ほどだろうか、司は打ち込みに集中していた。


「パパ~。」


キララの呼ぶ声がする。


「なんだ~?」


司は目線をパソコンへ向けたまま返事をする。


「パパ。こっち見て」


キララの声に、司は顔を上げる。


「どわっ!」


そこには、両腕で胸と股を隠しただけのキララが立っていた。


「私からの~♪」

「コラ。大人を揶揄からかうんじゃない。服を着なさいー」

「はーい♪」


そう言い残すと、キララは再びシャワールームへ入って行った。


(まったく、最近の若いは、恥じらいってのを知らない…)


司はそう思いつつも、両手を合わせ合掌するのだった。


―――翌日。


体調が戻ったとはいえ、キララにを処方してのスタートとなった。


(しっかし…があって、ちょっと寝不足になってる気がする。俺もまだまだなんだな)


司は酷く単調な高速道路走行で、そんな事を考えていた。


「ねぇ…パパ?」

「ん?なんだ?」

「夜、テレビのニュースでやってたけど、私達って大丈夫…だよね?」


昨晩のニュースで、『中年男性が、未成年者を家に連れ込んで捕まった。』報道が流れていたためだ。


「ああ、昨日のニュースは結局、娘は親に連絡してるとはいえ、その親が捜索願いを出してしまえば、もうなんだよ。例え肉体的な被害が無くても、親は子供を守る義務がある。それが親権って奴なんだ」

「うん。」

「まぁ私と、ニュースになった男とは、事情がちょっと違う。このなところが、未成年者との付き合い方の難しいところだ」


キララは、次々と流れていく外の街並みを、ボーっと眺めていた。


「私…、本当に何も知らなかった。」

「気にするな。そんなのしっかり教わってたら、こんなニュースにはならんさ。それに歳の差婚、えっと、すっげー年上の人と結婚する人がいるけど、アレだって出会った年齢が、ちょっとでも違えば大問題ってやつだ」


(年の差婚…かぁ…)


司の話を聞きながら、キララは考えていた。


(私なんかと結婚しても、パパ(司さん)に迷惑かけちゃうかな…。)


「…ん?どうした?キララ」

「あ…え?」


キララはボーっとしているところを、急に呼ばれたので振り向いてみると、運転席の司がこちらを見ている。


「あ~ゴメン。考え事してたかな?次のサービスエリアに着いたけど、何か食べるかなっと思ってね」

「あ!行きます!行きます!」


キララは驚きつつ、自分では冷静なつもりで返事をしたが、司にはバレバレの様子だった。サービスエリア内で食事中も、キララは上の空だった。


「やっぱり、私との関係を考えているのかい?」

「え?いや、ややや、そんなつもりじゃ…」


まるでような司の質問に、キララは動揺してしまった。そんなキララを司は笑顔で覗き込む。


「君に分かりやすく言えば2つ。方法が無くはない。」

「方法?」

「ここだと、いろいろな意味で問題あるので、車に戻ろうか」

「うん…」


二人は食事を済ませると、キャンピングカーへ戻った。


「君が私の家族になる方法。一つは私の養子になる事、もう一つは私の妻になる事だ」

「うんうん…ってええええええ!?」


司の提案に思わず大声で叫ぶキララ。


「養子になれば、正式に私の子供となる…が、今の日本では一度養子になると、結婚はできなくなる。反対に、結婚して家族になりたいなら、あと1年待たないと、入籍はできない。」

「そ…そう…だよねぇ」

「だから、あと1年。考えて欲しいんだ。君の将来決めるのは君次第。もし今後、学校へ通いたいのなら、後見人として最大限フォローする事もできる。」


キララは、司の口から『結婚』の二文字が出ただけで、ドキドキが止まらなくなっていた。


(どうしよう…学校も行ってみたいし、パパってちゃんと呼びたい…けど、結婚できなくなるのも嫌だし…)


幼い頭脳のキララには、とても荷が重い選択肢となってしまったようだ。

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