第02話 エピソード2
翌朝、キャンピングカーのベッドで目が覚めた司。執筆作業で深夜まで起きていた事が多かったためか、久しぶりに長時間寝た気分だった。しかし、今朝の目覚めは普段とは違っていた。
「ん?おわ!」
隣には、パジャマの上着が
(ったく、寝相が悪いにも程があるだろうに、と言うかこれはラッキースケベってやつだな。ふむ…自分で買っただけに、下着のセンスが悪いのは仕方ないとして…、まずは…)
司は心の中でそんなことを考えていたが、そのままでは誤解を招きそうなので、そうっとパジャマの上着ボタンを留めていく。
「ん~ふあ~あ…」
すると、そのタイミングでキララは目を覚ましそうになっている。
(ヤバい!)
司は慌てて寝たふりをする。ここは司のキャンピングカー内の『プルダウンベッド』である。
―――昨晩の事―――
「嫌!一人で寝たくない!!」
「いや、キララ。そんな事言ったって、君はもう立派な年頃…だと思うから、私と一緒とか…ほら、警察の方々にも散々言われたでしょ?」
「いーーやーーだ!!」
夕飯を済ませた二人は、どこに寝るかで揉めていた。キララから、母親が仕事で遅い時は一人で寝ていたと言う事を信じ、キャンピングカー後方の二段ベッドで寝るように言ったのだが、キララは首を縦に振ろうとはしなかった。
上と下で別れるのも嫌がり、司は困惑していた。
「なんで、普段は一人で寝ているのだろう?だったら大丈夫じゃあないか」
「だって、ここ山の中なんでしょ?幽霊出るかもしれないじゃない」
「いやいや、一応他のキャンピング客だっているんだし、そんな噂は聞いた事が無いよ。っていうか、幽霊出るんなら営業すら危ういって…」
そんなキララは、心臓がバクバクしていた。
(なんでよ!女の子がここまで誘ってるんだから、断らない理由無いじゃない)
一方の司は…。
(いやいやマズイって。俺、一応男だし、万が一の事とかあれば、息子やアイツに顔向けできないって…)
そんなやり取りが小一時間続き、二人とも疲れたところで、司が折れたのだった。
「はぁ…しゃあない…。こっちのプルダウンベッド下すから、一緒に…な。も、もちろん私は、何も~しないぞ」
「分かってるもん。パパは何もしないって。」
―――で…今。―――
(…もう…。結局何も無かったなぁ…)
実はキララ自身、既に起きていた。結局、きちんと起きるフリをして、司よりも早くベッドを下りるキララだった。
「おはよう。キララ」
「パ…パパ。おはようございます」
司は朝食を作り終えると、備え付けのテレビを入れた。毎日欠かせずN〇Kのニュースを見るのが日課だったのだ。
『さて、続いてのニュースです。今朝未明、S県S市にて、当時付き合っていた女性の子供に虐待を加え、怪我をさせたとして、市内の無職、赤羽根弘之、32歳を暴行の容疑で逮捕しました。更に母親からも任意で事情を聞いており… … …。』
「あ~あれだな…ここからそんなに遠くないところだな」
ニュースを聞きながら、司がそう言ってキララの方を向くと、キララが顔を
「ま…ママ…」
「ええ!?」
昨日の今日で、まさかの展開。いや、司自身、こうなるであろうとは予測していたが、あまりの早さに驚きを隠せなかった。
「いや、だって。早くないか?警察からも何の連絡も…」
慌ててスマホを確認すると…朝4時32分過ぎに、着信が入っていた。
「早えぇぇよ。ってか俺…寝てるし!」
司は慌てて連絡を入れる。
「もしもし、はい。東雲です。ええ、ニュースで見ました。すいません。全く気付きませんでした―――。」
「――――。あ…はい。すいません。失礼します。」
電話を終えると、司はため息をついた。
「…分かってます。こうなるってことくらい…」
開口一番、キララが口を開いた。
「すまん。キララ。あまりに対応が早かったので、つい動揺してしまった。で…だ。また、署の方に来て欲しいそうだ。母親の面会と共に…ね」
司の言葉に、キララはうっすらと涙を流しながら頷く。
(まぁ…仕方ない…よな。)
「とりあえず、
そう言って、司はキララの頭をやさしく撫でた。キララもまた、涙を拭って司の行動に答えるように笑顔を見せた。
二人はその後、指定された警察署へ訪れた。
「電話でも聞きましたけど、こんなにも早く逮捕状が出るなんて思いもよりませんでした」
「ええ、彼女の証言と肉体的な証拠。それだけでも十分な逮捕理由に至りましたけど、詳しくはお話できませんが、複数の犯罪が関わった犯人でもあったのです。」
安藤(警察)はそう話した。
「つまり…報道的には虐待でも、薬物とか窃盗とかが絡んでるってわけか…」
司の問いに安藤は首を縦に振るだけだった。
「キララちゃんにはこれから、身体検査参加してもらう事になります。」
その言葉だけで、司は大体何が絡んでいるのかを察する。午前中はほぼ検査が中心となっていった。
「キララ、身体検査で何があった?」
「えっと、神の毛を何本か…取られて、あと、おし…っことか…」
「あ~すまん。大体ここでする検査なんて、そんな感じだよなぁ…」
司は自分で聞いたのに、ちょっと恥ずかしくなって途中で話題を変えることにした。
「お母さんには会えたのかい?」
「ん~ん。まだ。お話が終わってないんだって」
「そうか…。」(取り調べ中ってやつか…)
二人はしばらく待つことにした。
… … …待つ事20分。
「お待たせしました。」
キララが呼ばれ、取調室へ入って行った。
「…お母さん… …。」
司は取調室の外で、二人の会話が終わるのを待っていた。
「はん。すっかり悲劇のヒロインのような顔しちゃってさ。あんた、誰がここまで育てたと思ってんのさ」
「そんな…言い方無いでしょ!私は…私は…」
「落ち着いて、二人とも。」
司の耳には、そんな生々しい親子の会話が聞こえてくる。
(どっちも同じだろう…。何と言うか、『悪役』の決まり文句みたいな言葉で、娘を罵る親がいるか?)
司は、二人の会話を聞きながらそう思っていた。
「ところで、貴女の娘さん。キララさんはお誕生日を知らないとの事ですが、お話していただけますか?」
「えっといつだったかなぁ…」
「お母さんも知らない?」
「キララは私が17の時に産んだ娘だから、そうそう2005年なのは間違いないわ。」
(2005年!?)
司は頭の中で、計算してみる。
(今が平成31年…2019年だから…14歳ってところか…ってかお母さん若っ!31歳ってことか!?)
司はキララの年齢よりも、母親の年齢に驚いた。
「自宅で産んだから、日付まで覚えてないなぁ…写真とかあったかな?」
(おいおい…)
「分かりました。では、ご自宅を調べさせていただきますが、よろしいですか?」
「ちょ…まったまった。勝手に散らかされるのは嫌よ。私も家に帰らせてもらえない?」
「では、現場検証と言う形でよろしいですか?」
(なんだか生々しいやりとりが…)
司は一連のやりとりを聞きながら、一人でツッコミを入れていたが、しばらくやりとりが続いたあと、キララ母の問いかけで、事態が一変することになった。
「ところであんた。3日も家出して良く生きていられたね。誰んとこにいたんだい?」
「…」
「ま…連絡しようにも、私は親戚一同から勘当されちゃってるから、アテなんて無いか。はははは」
高笑いする母親に、キララは重い口を開く。
「パパに…助けてもらったもん!」
「は?何言ってるの?あんた。パパは居ないって言ったでしょ?」
「いるもん!」
「いないよ!」
「ちょっと落ち着いてください。お母さま」
「はぁはぁ…ならここに連れて来ればいい。どうせあんたも色目使って男を手玉に取っただけなんだろ?私の娘なんだからね!それくらいわかるわ」
キララは、同席していた警察官を凄い剣幕で睨みつける。
「パパ…一緒に来た人をここに入れてください。」
「彼は部外者ですが?」
「いいの!お母さんに証拠を見せてやるんだから」
そう言うと、警察官は取調室のに付いている小窓を開けると、司を呼んだ。
「あ…はい。私?入っていいんですか?」
司はすっかりリラックスしていたので、呼ばれてドキッっとする。
「失礼します」
司が取調室に入ると、張り詰めた空気が一変し、急に静かになった。
「ん?キララ。俺の事呼んだ?」
「パパ!」
キララは司の元へ駆け寄ると、右腕に軽くしがみつく。
コソコソ((君、この子にそんな呼ばせ方をしているの?))
驚いた安藤が司の耳元で囁く。
コソコソ((ああ、いや。彼女がそう呼びたいと…ね))
そう告げると、司はキララ母の顔を見る。初めて見るキララ母は、キララをそのまま大人にしたような顔立ち、髪は茶髪に染め、風俗をやってそうな派手な衣服を身に着けていた。
キララ母は、司の事をずっと見ている。しかし、その形相はまるで幽霊を見ているかのように目を見開いている。
「お母さん…?どうかした?」
キララの問いかけにも、母親は何も返答しなかったが、肉体的には変化が著しく、小刻みに体が震え出し、汗も吹き出し、顔は今にも泣き出しそうになっている。
「ぅ…そだ、嘘…だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ」
司は錯乱状態に陥ったキララ母を見て、何か引っかかる事があった。
(これは、何か秘密がありそうだな…そういえば、キララに父親の事をあまり話してなかったようだし。よし…それなら…)
司が口を開く。
「どうした?その反応は。まるで、俺が既に死んでいるような目をしているね」
「え??」
司の発言にキララは、すぐに司の顔を見上げる。
「ええ!そうよ!確かにあの時、確実に殺したはずよ!」
二人の会話が取調室に響き、安藤を含め、全員が凍り付く。
「どういう事かね。詳しく事情を聞かせてもらおうか」
安藤がキララ母に問い詰めると同時に、司とキララは取調室から退室させられてしまった。
「どういう事なの!?パパ!パパって本当は幽霊なの?」
涙目になって、キララは司を問い詰める。
「ああ…ごめん。私は…私なんだよ。キララ。」
「わかんないよ!」
「これは…私の想像上の事だから、実際はどうかは知らないけど、いいかな?」
その言葉にキララは首を縦に振る。
「残酷な話ではあるけど、多分…君の父親は…、母親か、もしくは、その他第三者の手によって…既に殺されている。小説ではありがちな話だし、私の事を君が見て、父親と見間違えるくらい似ているのなら、あの反応もわかる気がした。」
「本当の…パパは…いない…?」
そう呟くと、キララは膝からガクリと崩れ落ちる。司がすぐにキララを抱きかかえ、近くの長椅子へと運ぶ。
(やっぱ、ショックが大きかったか…)
「大丈夫!?ホント、私の想像なだけだから。」
司は慌ててフォローを入れる。するとキララは、すぐに首を横に振る。
「分かってます。分かってますけど…どうしたらいいか分からなくって…」
「…確かに…14歳の女の子に、父親の死をどう受け入れれば良いかなんて、私にも上手く伝えられるかどうか…」
「違います!」
「え?」
司はてっきり、キララが父親の死で悲しんでいると思っていた。
「本当のパパは、確かに居ません。それは分かりました。でもでも、会った事が無いのでそれはどうでもいい事です。
「いや、どうでもいいって…」
「お母さんが、パパの事を見て、見間違えるなら…。パパ(司さん)が本当のパパであっても良いんじゃないかって、ちょっと安心したら、緊張が抜けちゃって…」
キララは、清々しいほどに眩しい笑顔で、司に微笑んだ。
「なんだよそれ…」
(なんだ、予想してたよりもずっと強い子じゃないか)
司はホッと胸を撫で下ろし、キララと同じ長椅子に座った。
「ところで、今度は私がパパに聞く番です。」
「何かな?」
そう言うと、司はキララの目線が一瞬、下に向いている事に気付く。
「パパは…その…結婚されてるんですか?」
司は、キララのその質問に、目線の先が自分の左手だったと感じた。
「私の左手薬指に指輪が無いのは見たんだね。ん~まさか私のプライベートに質問をしてくるとは…」
不意打ちな質問に、司は少し悩んだ様子だった。
「まぁ…バツ1ではあるよ。子供は男二人。どちらも成人しているよ」
その答えを聞いて、キララの表情は更に明るくなった。
「じゃ…じゃあ!私をお嫁さんに」
「こらこら。歳の差いくつだよ。」
「むー」
キララは頬を膨らませて、怒った表情をした。それを見た司は、少し笑いを堪えているようだった。
「見ての通り、私は社会不適合者だ。収入も無い私について来ても、ロクな事ないぞ」
「でも…私を助けてくれました。社会…なんとかじゃあないですっ」
急に大胆な行動をするようになったキララに、司はちょっと戸惑うのだった。
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