わたしのパパは、パパであってパパでない!?
神原 怜士
第01話 エピソード1
人は己が生きるために必ず通うところがある。
デパート・スーパー・コンビニ。人は食べる事で生き、未来を紡いでいく。
そんな衣食住の
今、少女は万引きをしようとしているのだ。
(大丈夫。誰にも見られてない)
少女が万引きする
店の入り口までは順調だった。あとは逃げるのみ…。
「お嬢さん。ちょっとよろしいですか?」
既に付近の店員が不信を感じ、少女をマーク済みだった。少女は店外へ走る。
「待ちなさい!!」
店員が少女を追う。今捕まったら警察行きは決まる。母親が呼ばれ、またあの家に戻されたなら、きっと今よりも地獄が待っている。そんな恐怖感から、少女は全力で走る。しかし、水分も食事もほとんど取れていない体が、残る体力をさらに削っていく。
少女は走りながら後ろを振り返ると、店員が2人追って来る。
(嫌だ、嫌だ、嫌だ。)
そう思いながら少女を前を向くと、少女は何かと衝突した。強い衝撃で倒れ込む少女。それは駐車場に止めてあった大型キャンピングカーの扉だった。
「大丈夫かい?」
男性の声が聞こえる。
「あ、お客様。その子捕まえててください」
「え?え?」
周囲が騒然となっている。原因は分かっている。
(終わった…私の人生)
そう思った少女は、痛みを
「パ…パ…?」
と呟き、そこで意識が途切れた。
… … …
少女は夢を見た。いつも夢に見る。毎日繰り返される"
(嫌だ。こんな毎日。助けて。パパ…)
いつもそんな夢を見て目が覚める。しかし、いつもと違うのは、目覚めた場所が全く知らないところだった。ベッドの天井は低く、カーテンが引かれ、奥まで見る事は出来なかった。
少女はカーテンを開き、微かにカタカタと響く音の方向へと進む。そこは狭いながらも一つの部屋のような佇みで、机には男性が一人、パンを食べながらノートパソコンを叩いていた。
「気がついたのかい?」
男性が声をかけてきた。少女は声を出さず頷く。よく見ると、パンは少女が万引きしたパンだった。
「大変だったんだぞ?君の持ち物検査やら、身辺調査とか。まぁこれと言った物が無かったから、“娘“って事で、謝って終わったけど、あとでちゃんとご両親にツケは払って貰うからな」
と、男性は話す。
「ありがとう…ございます。」
少女は深々と礼をする。
「君の名前を、聞いてなかったね。私は、
男はパソコンの入力を止め、少女を見る。
「私は、
少女は自分の名前が嫌いだった。流星と書いてキララ。誰もが一度で読めた事がないし、小学生の頃はよく馬鹿にされたからだ。
「そうか、よろしくな。キララちゃん。」
と、司と名乗る男性は、そっけない返事でパソコンを打ち始めた。
「やっぱ、変…だよね。」
キララは肩を落とした。すると、司はパソコンのエンターキーをトンと叩くと、キララの方を見る。
「まぁ座りなさい。名前は親が決めるものだ。子供が好きになるかは、そこ子の感性によるものだ。私は小説家だ。人の名前に関しては、どんな名前だろうと、変だとは言わない」
キララは顔を上げると、言われた通り椅子に座る。よく見ると、司の座って席の奥には、車の運転席となっている。
「ああ、君の食べたかったパンを食べてしまってすまない。代わりと言ってはなんだが、今から何か作るよ」
「あ、いえ、私は…」
キララは慌てて手を振るも、お腹は正直に空腹の音を鳴らしてしまい、赤面しながらうつむいた。それを見た司は席を立ち、慣れた動きで土鍋やフライパンを引き出しから取り出していく。
「君も気がついたと思うけど、ここはキャンピングカーの中だよ。私はネタに困ると、こうして旅をしながら探すのさ」
会話をしながらも、司は次々と冷蔵庫や引き出しから、食材や調味料を出していく。
「君は、自分の名前が嫌い見たいだけど、私もね。この名前はペンネームなのね。本名は
「あ、いえ、そんな事ないです」
そんな雑談をしているうちに、司は次々と料理を完成させていく。その香りに、キララのお腹も音を鳴らして待ちわびているようだった。
「さ、出来たよ。見たくれはアレだが、味は保証するよ。」
土鍋で炊いた白飯に、豆腐とワカメのシンプルな味噌汁。そして、卵焼きに作り置きのほうれん草のお浸し、市販の漬物。
空腹のキララには、どれも美味しそうに見える。
「いただきます。」
キララは始めに、味噌汁を少しすする。暖かい味噌の少し塩っ気のある味が喉を通ると、ため息をついた。そこから胃袋を満たすのに時間はかからなかった。次々と出された食事が喉を通過していく。そんな様子を、我が子を見るような目で、司は見守っていた。
「ごちそうさまです」
白飯は1回、味噌汁は2回おかわりし、キララの胃袋はようやく、至福の時を迎えた。司はすぐに食器を下げて綺麗に洗い、水滴を拭き取ると、元の引き出しへと戻していく。その手際は、このキャンピングカー生活にかなり慣れているようにキララは思えた。
「あの…。」
「ん?なんだい?」
キララは気になっていた事があった。
「私、その、あ、どうして、警察とか、呼ばなかったのですか?」
その問いに、司は少し考えてから答えた。
「そうだね。万引きは確かに犯罪だ。してはいけない事だ。けどね、呼ばないといけないのは、これからなんだよ?」
「え?」
キララは万引き以外の事に気づいてはいない様子だった。
「あのね。私はこの車で移動しながら、小説を書いているのだけど、君は見たところ未成年じゃあないかな。そんな子を拾ったまま移動するとね、誘拐って事になるわけよ」
「あ…!」
キララは自分の事だけを考えていて、その事をようやく理解する。
「君の事情は知らないけど、このまま乗せていくわけには、いかないのです。」
「す、すいません。」
「謝ることじゃないさ。私も人の親。君のような子供が、ここまで切羽詰まった状態にまでなるのは、よほどのことがあったのだろう。」
そう言うと、司はキララの頭を優しく撫でた。すると、キララは急に立ち上がった。
「それでも構いません!おじさん!私を誘拐でも何でもしてください。」
声を荒げるキララ、司は動じずにため息をつく。
「はぁ。困ったね。君の持ち物には携帯も無かったようだし、ご両親には連絡のしようがない。警察に保護してもらうのが一番だと思う。」
そう言う司に、キララは首を横に振る。
「それじゃダメなんです。家には帰りたくありません。私を…私を、見てください!」
そう言うと、キララは急に着ていた服を脱ぎだした。
「こら!こんなところで急に…っっ」
キララを止めようとする司に見えてきたのは、可憐な少女の肌に似合わないほど、無数の
体は痩せ、か細くなった腕や足。司の男も萎えてしまうほど、可哀想な姿がそこにはあった。
「虐待…か。」
呟くように小さな声で司が聞くと、キララは大粒の涙を浮かべながら
「わかった…。だから、服を着ろ。大分汚れてるようだし、まず着替えを買わないと…な」
その言葉に、キララの表情が少し明るくなった。
「ただし、警察は呼ぶし、そのうえで事情を説明して欲しい。私自身を保身するためでもあるし、君を保護するためでもある。最悪な事は…多分、言わなくてもわかるな」
「…はい」
頼りないほど小さなキララの返事に、司は少し不安を抱かざるを得なかった。
(実の両親が逮捕ってことになれば、身寄りがいなくなってしまう…か)
司とキララは、近くのショッピングモールへやってきた。
「そういえば、君は私の事を一瞬、パパと呼んだように聞こえたけど、君のパパは私に似ているのかい?」
司の問いに、キララは頷く。
「そうか。それは一度お会いしたいものだ。まぁ私よりか若いのだろうな」
すると、キララは何かをぐっと堪えたような表情をして、司の腕にしがみついた。
「おいおい。いきなり腕組みかい?」
若い子に掴まれて、ちょっぴり嬉しそうな顔をする司だったが、キララの顔を見ると咳払いをして、ニヤけた顔を元に戻した。
「パパは…いない。ママは『死んだ』とか『別れた』とか。本当の事を話してくれない。写真もほとんど捨てられてて、私がこっそり持っている写真以外は…無いと思う」
「そうか…すまない。気が回らなかったようだ」
少し雰囲気が暗くなった司に、キララは首を振って否定した。
「ん~ん。いいの。知らなくて当然だから。」
ショッピングモール内の衣類店に入り、二人は下着から上着まで、一通りの衣類をを選んで回った。さすがにサイズまでは分からなかったので、店員に聞こうとする司を、キララが静止する。体の
「むぅ…結構な…お代になったな…」
キャンピングカーに戻って来た司は、財布の中身を確認しながら呟く。
「大丈夫ですか?えっと…その、つかさ…さん」
「二人きりなら『パパ』でいいよ。言っただろ。私も"人の親だ"と、そう呼ばれるのは慣れてるからな」
「っ…は、はい。パパ」
キララは、その言葉に初めて笑顔を見せた。
(こんな
司はそう思った。
「エンジンも温まってるし、シャワーで体を洗って来るといい。銭湯とか、公共の施設も、その体じゃあな…。タオルも用意しとく。」
「ありがとうございます。パパ。お借りします」
キララはどこで覚えたのか、警察の『敬礼』のような仕草をすると、キャンピングカー内のシャワールームへ入って行った。
「さてと…」
司は
「あ~もしもし、すいません。ご相談したい事があるのですが…はい。場所は…」
10分程で、キララはシャワーを終えて出てくる。
「お…似合うじゃあないか」
「えへへ」
濡れた髪は本来の若い艶を取り戻し、キララの表情も少し明るくなったように司は感じる。
「そこにドライヤーと
「はぁい。」
しばらく車内にドライヤーの音が響いている。すると、ドアをノックする音が聞こえた。
「あ、はい。」
キャンピングカーのドアを開くと、そこには男女の私服警察官が来ていた。そう、司は最寄りの警察を呼んでいたのだ。
「すいません。お忙しいところ無茶なお願いをしまして…」
「いえ、仕事ですから。保護したと言う女の子は?」
「少々お待ちを、先ほどシャワーを浴びさせていたので、すぐ来ます」
そこへ、髪を整えたキララがやって来た。
「あ…」
なんとなく察したキララは、二人の警察官に一礼する。
「キララ、こちらはXX県警の斎藤さん(女性)と安藤さん(男性)。君の事をここで、お二人に説明して欲しいが…いいかい?」
そう言う司に、キララは無言で頷いた。
「すいません。女性警察の方をお呼びしたのは、彼女の現状を見て欲しかったのです。男性ですと…その、年頃の女の子ですからね」
「分かります。じゃあキララ…ちゃん。東雲さんから少しだけ聞いているので、体を見せてもらえる?」
「あ…はい。よろしくおねがい…します」
キララと女性警官は、シャワールームへ入る。狭い空間なので、中の会話が少し聞こえてくる。
「あ~酷いね。誰にやられたの?」
「…ママ…の、彼氏…」
(なるほど、離婚して愛人作ったけど、そいつがゲス野郎だったわけだ、よくニュースでも出てくる話だな)
会話の流れから、恐らく体の痣を見せているのだろうと司は思ったが、同時に一瞬でもキララの下着姿が浮かんでしまい…。
(あ~いかんいかん。あの子は子供…あの子は子供…)
と自分自身に言い聞かせるのだった。
そこからが長かった。キララは素直にありのままを全て、二人の警察官に話して聞かせた。しかしその中で不審な点もいくつか出てくる。
キララは自分自身の生年月日を知らなかった。しかも、学校に通った事が無かった。言葉は母親が教えたり、テレビや他の知らない男性との会話で覚えたのだと言う。暴力はここ数か月の間、自宅を訪れる母親の新しい彼氏によって行われた為、耐えきれずに自宅を飛び出したのは良いものの、親戚も友人もおらず、彷徨ってたところを救われた。と、ちょっとだけウソをついていたのを、司は聞き逃さなかった。
(まぁ…万引きは犯罪だしな…)
最後に二人の警察官は、司との連絡用に携帯番号を交換、司自身も今後の移動予定を伝えて、事情聴取は終了した。
「はぁ~~疲れた。」
「お疲れ様です。パパ」
ぐったりとする司の背後で、キララは司の肩を揉む。二人は司の本来宿泊予定だったキャンピング施設に到着していた。
(何と言うか…小さいながらに壮絶な人生歩んでるんだな…。それに比べて俺は、社会不適合な生活してて、何やってんだろうな)
司にとって久しぶりとも言える"長い一日"が、ようやく終わるのだった。
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