わたしのパパは、パパであってパパでない!?

神原 怜士

第01話 エピソード1

 人は己が生きるために必ず通うところがある。


 デパート・スーパー・コンビニ。人は食べる事で生き、未来を紡いでいく。


 そんな衣食住のかなめであるスーパーマーケットのパンコーナーに、一人の少女がいる。少女は大小様々なパンをじっくり眺め、喉を唾液で潤す。周囲を確認する。手に取ったパンを…周囲に気付かれないようにカバンで忍ばせる。

 今、少女はをしようとしているのだ。


(大丈夫。誰にも見られてない)


 少女が万引きする理由わけ。それは、所持金が無い事に他ならない。何故なら少女は家出中。母親とその愛人からの虐待に、逃げるように家を出て3日目。ついに空腹に耐えきれなくなっての事だった。

 店の入り口までは順調だった。あとは逃げるのみ…。


「お嬢さん。ちょっとよろしいですか?」


 既に付近の店員が不信を感じ、少女をマーク済みだった。少女は店外へ走る。


「待ちなさい!!」


 店員が少女を追う。今捕まったら警察行きは決まる。母親が呼ばれ、またに戻されたなら、きっと今よりも地獄が待っている。そんな恐怖感から、少女は全力で走る。しかし、水分も食事もほとんど取れていない体が、残る体力をさらに削っていく。

 少女は走りながら後ろを振り返ると、店員が2人追って来る。


(嫌だ、嫌だ、嫌だ。)


 そう思いながら少女を前を向くと、少女は何かと衝突した。強い衝撃で倒れ込む少女。それは駐車場に止めてあった大型キャンピングカーの扉だった。


「大丈夫かい?」


 男性の声が聞こえる。


「あ、お客様。その子捕まえててください」

「え?え?」


 周囲が騒然となっている。原因は分かっている。


(終わった…私の人生)


そう思った少女は、痛みをこらえながら、ゆっくりと目を開ける。辛うじて見えてきたその姿に少女は思わず…。


「パ…パ…?」


 と呟き、そこで意識が途切れた。


… … …


少女は夢を見た。いつも夢に見る。毎日繰り返される"しつけ"と言う名目の虐待。


(嫌だ。こんな毎日。助けて。パパ…)


 いつもそんな夢を見て目が覚める。しかし、いつもと違うのは、目覚めた場所が全く知らないところだった。ベッドの天井は低く、カーテンが引かれ、奥まで見る事は出来なかった。

少女はカーテンを開き、微かにカタカタと響く音の方向へと進む。そこは狭いながらも一つの部屋のような佇みで、机には男性が一人、パンを食べながらノートパソコンを叩いていた。


「気がついたのかい?」


男性が声をかけてきた。少女は声を出さず頷く。よく見ると、パンは少女が万引きしたパンだった。


「大変だったんだぞ?君の持ち物検査やら、身辺調査とか。まぁこれと言った物が無かったから、“娘“って事で、謝って終わったけど、あとでちゃんとご両親にツケは払って貰うからな」


と、男性は話す。


「ありがとう…ございます。」


少女は深々と礼をする。


「君の名前を、聞いてなかったね。私は、東雲しののめつかさ。売れない小説家をやっている者だ。」


男はパソコンの入力を止め、少女を見る。


「私は、星野ほしの流星きらら


少女は自分の名前が嫌いだった。流星と書いてキララ。誰もが一度で読めた事がないし、小学生の頃はよく馬鹿にされたからだ。


「そうか、よろしくな。キララちゃん。」


と、司と名乗る男性は、そっけない返事でパソコンを打ち始めた。


「やっぱ、変…だよね。」


キララは肩を落とした。すると、司はパソコンのエンターキーをトンと叩くと、キララの方を見る。


「まぁ座りなさい。名前は親が決めるものだ。子供が好きになるかは、そこ子の感性によるものだ。私は小説家だ。人の名前に関しては、どんな名前だろうと、変だとは言わない」


キララは顔を上げると、言われた通り椅子に座る。よく見ると、司の座って席の奥には、車の運転席となっている。


「ああ、君の食べたかったを食べてしまってすまない。代わりと言ってはなんだが、今から何か作るよ」

「あ、いえ、私は…」


キララは慌てて手を振るも、お腹は正直に空腹の音を鳴らしてしまい、赤面しながらうつむいた。それを見た司は席を立ち、慣れた動きで土鍋やフライパンを引き出しから取り出していく。


「君も気がついたと思うけど、ここはキャンピングカーの中だよ。私はネタに困ると、こうして旅をしながら探すのさ」


会話をしながらも、司は次々と冷蔵庫や引き出しから、食材や調味料を出していく。


「君は、自分の名前が嫌い見たいだけど、私もね。この名前はペンネームなのね。本名は菅原すがわら道眞みちざねと言うのさ。親も酷いだろ?歴史上の人物とか、あり得ないだろ」

「あ、いえ、そんな事ないです」


そんな雑談をしているうちに、司は次々と料理を完成させていく。その香りに、キララのお腹も音を鳴らして待ちわびているようだった。


「さ、出来たよ。見たくれはアレだが、味は保証するよ。」


土鍋で炊いた白飯に、豆腐とワカメのシンプルな味噌汁。そして、卵焼きに作り置きのほうれん草のお浸し、市販の漬物。

空腹のキララには、どれも美味しそうに見える。


「いただきます。」


キララは始めに、味噌汁を少しすする。暖かい味噌の少し塩っ気のある味が喉を通ると、ため息をついた。そこから胃袋を満たすのに時間はかからなかった。次々と出された食事が喉を通過していく。そんな様子を、我が子を見るような目で、司は見守っていた。


「ごちそうさまです」


白飯は1回、味噌汁は2回おかわりし、キララの胃袋はようやく、至福の時を迎えた。司はすぐに食器を下げて綺麗に洗い、水滴を拭き取ると、元の引き出しへと戻していく。その手際は、このキャンピングカー生活にかなり慣れているようにキララは思えた。


「あの…。」

「ん?なんだい?」


キララは気になっていた事があった。


「私、その、あ、どうして、警察とか、呼ばなかったのですか?」


その問いに、司は少し考えてから答えた。


「そうだね。万引きは確かに犯罪だ。してはいけない事だ。けどね、呼ばないといけないのは、これからなんだよ?」

「え?」


キララは万引き以外の事に気づいてはいない様子だった。


「あのね。私はこの車で移動しながら、小説を書いているのだけど、君は見たところ未成年じゃあないかな。そんな子を拾ったまま移動するとね、誘拐って事になるわけよ」

「あ…!」


キララは自分の事だけを考えていて、その事をようやく理解する。


「君の事情は知らないけど、このまま乗せていくわけには、いかないのです。」

「す、すいません。」

「謝ることじゃないさ。私も人の親。君のような子供が、ここまで切羽詰まった状態にまでなるのは、よほどのことがあったのだろう。」


そう言うと、司はキララの頭を優しく撫でた。すると、キララは急に立ち上がった。


「それでも構いません!おじさん!私を誘拐でも何でもしてください。」


声を荒げるキララ、司は動じずにをつく。


「はぁ。困ったね。君の持ち物には携帯も無かったようだし、ご両親には連絡のしようがない。警察に保護してもらうのが一番だと思う。」


そう言う司に、キララは首を横に振る。


「それじゃダメなんです。家には帰りたくありません。私を…私を、見てください!」


そう言うと、キララは急に着ていた服を脱ぎだした。


「こら!こんなところで急に…っっ」


キララを止めようとする司に見えてきたのは、可憐な少女の肌に似合わないほど、無数のあざだった。顔だけは辛うじてその被害を逃れているように見えたが、よく見ると前歯も1本無くなっている。

体は痩せ、か細くなった腕や足。司のも萎えてしまうほど、可哀想な姿がそこにはあった。


「虐待…か。」


呟くように小さな声で司が聞くと、キララは大粒の涙を浮かべながらうなずいた。


「わかった…。だから、服を着ろ。大分汚れてるようだし、まず着替えを買わないと…な」


その言葉に、キララの表情が少し明るくなった。


「ただし、警察は呼ぶし、そのうえで事情を説明して欲しい。私自身を保身するためでもあるし、君を保護するためでもある。最悪な事は…多分、言わなくてもわかるな」

「…はい」


 頼りないほど小さなキララの返事に、司は少し不安を抱かざるを得なかった。


(実の両親が逮捕ってことになれば、身寄りがいなくなってしまう…か)


司とキララは、近くのショッピングモールへやってきた。


「そういえば、君は私の事を一瞬、と呼んだように聞こえたけど、君のパパは私に似ているのかい?」


司の問いに、キララは頷く。


「そうか。それは一度お会いしたいものだ。まぁ私よりか若いのだろうな」


すると、キララは何かをぐっと堪えたような表情をして、司の腕にしがみついた。


「おいおい。いきなり腕組みかい?」


若い子に掴まれて、ちょっぴり嬉しそうな顔をする司だったが、キララの顔を見ると咳払いをして、ニヤけた顔を元に戻した。


「パパは…いない。ママは『死んだ』とか『別れた』とか。本当の事を話してくれない。写真もほとんど捨てられてて、私がこっそり持っている写真以外は…無いと思う」

「そうか…すまない。気が回らなかったようだ」


少し雰囲気が暗くなった司に、キララは首を振って否定した。


「ん~ん。いいの。知らなくて当然だから。」


ショッピングモール内の衣類店に入り、二人は下着から上着まで、一通りの衣類をを選んで回った。さすがにサイズまでは分からなかったので、店員に聞こうとする司を、キララが静止する。体のあざを見られるのが嫌だったようだ。


「むぅ…結構な…お代になったな…」


キャンピングカーに戻って来た司は、財布の中身を確認しながら呟く。


「大丈夫ですか?えっと…その、つかさ…さん」

「二人きりなら『パパ』でいいよ。言っただろ。私も"人の親だ"と、そう呼ばれるのは慣れてるからな」

「っ…は、はい。パパ」


キララは、その言葉に初めて笑顔を見せた。


(こんな初心うぶを、ここまでできる親って…)


司はそう思った。


「エンジンも温まってるし、シャワーで体を洗って来るといい。銭湯とか、公共の施設も、その体じゃあな…。タオルも用意しとく。」

「ありがとうございます。パパ。お借りします」


キララはどこで覚えたのか、警察の『敬礼』のような仕草をすると、キャンピングカー内のシャワールームへ入って行った。


「さてと…」


司は携帯電話スマホを取り出し、電話を掛ける。


「あ~もしもし、すいません。ご相談したい事があるのですが…はい。場所は…」


10分程で、キララはシャワーを終えて出てくる。


「お…似合うじゃあないか」

「えへへ」


濡れた髪は本来の若い艶を取り戻し、キララの表情も少し明るくなったように司は感じる。


「そこにドライヤーとくしがあるから、乾かしてきなさい」

「はぁい。」


しばらく車内にドライヤーの音が響いている。すると、ドアをノックする音が聞こえた。


「あ、はい。」


キャンピングカーのドアを開くと、そこには男女の私服警察官が来ていた。そう、司は最寄りの警察を呼んでいたのだ。


「すいません。お忙しいところ無茶なお願いをしまして…」

「いえ、仕事ですから。保護したと言う女の子は?」

「少々お待ちを、先ほどシャワーを浴びさせていたので、すぐ来ます」


そこへ、髪を整えたキララがやって来た。


「あ…」


なんとなく察したキララは、二人の警察官に一礼する。


「キララ、こちらはXX県警の斎藤さん(女性)と安藤さん(男性)。君の事をここで、お二人に説明して欲しいが…いいかい?」


そう言う司に、キララは無言で頷いた。


「すいません。女性警察の方をお呼びしたのは、彼女の現状を見て欲しかったのです。男性ですと…その、年頃の女の子ですからね」

「分かります。じゃあキララ…ちゃん。東雲さんから少しだけ聞いているので、体を見せてもらえる?」

「あ…はい。よろしくおねがい…します」


キララと女性警官は、シャワールームへ入る。狭い空間なので、中の会話が少し聞こえてくる。


「あ~酷いね。誰にやられたの?」

「…ママ…の、彼氏…」


(なるほど、離婚して愛人作ったけど、そいつがゲス野郎だったわけだ、よくニュースでも出てくる話だな)


会話の流れから、恐らく体の痣を見せているのだろうと司は思ったが、同時に一瞬でもキララの下着姿が浮かんでしまい…。


(あ~いかんいかん。あの子は子供…あの子は子供…)


と自分自身に言い聞かせるのだった。


そこからが長かった。キララは素直にありのままを全て、二人の警察官に話して聞かせた。しかしその中で不審な点もいくつか出てくる。

キララは自分自身の生年月日を知らなかった。しかも、学校に通った事が無かった。言葉は母親が教えたり、テレビや他の知らない男性との会話で覚えたのだと言う。暴力はここ数か月の間、自宅を訪れる母親の新しい彼氏によって行われた為、耐えきれずに自宅を飛び出したのは良いものの、親戚も友人もおらず、彷徨ってたところを救われた。と、ちょっとだけウソをついていたのを、司は聞き逃さなかった。


(まぁ…万引きは犯罪だしな…)


最後に二人の警察官は、司との連絡用に携帯番号を交換、司自身も今後の移動予定を伝えて、事情聴取は終了した。


「はぁ~~疲れた。」

「お疲れ様です。パパ」


ぐったりとする司の背後で、キララは司の肩を揉む。二人は司の本来宿泊予定だったキャンピング施設に到着していた。


(何と言うか…小さいながらに壮絶な人生歩んでるんだな…。それに比べて俺は、社会不適合な生活してて、何やってんだろうな)


司にとって久しぶりとも言える"長い一日"が、ようやく終わるのだった。


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