令和・天宮町奇譚
井中 鯨
第1話 事件編
よく晴れた二月。透き通った東の空に上がるは、幾つもの建設用のクレーン。すーっと南に目を移せば、ふわふわと浮かぶ飛行船。下界の阿呆からでも読めるようにと、馬鹿に大きく「成功させよう。2024年東京オリンピック」の文字。西に目を移せば、仲睦まじく飛ぶ二羽の鸚鵡。鸚鵡?
そろそろ、下界とやらを見下ろそうか。ここは東京・天宮町。お上から町ごと強制退去を命じられている惨めな町。電車が轟音響かせ走る高架のすぐ近く。前世でよほどの悪行を重ねた者たちしか住まないような五階建ての雑居ビル。爆撃の後の瓦礫を寄せ集めて作ったような塊に店舗や事務所がひしめきあっている。一階の喫茶・コンゴの窓際の席でさほど美味しくもない珈琲をすする男が一人。そう、この男が主人公。長身痩躯で中途半端に伸びた髪。よれよれのシャツの上にどてらを羽織っている。如何にも・・
「探偵をやっています。三ノ輪と言います」
男は舐めるような目つきで女を見た。女も訝しげに男を見た。男の珈琲カップはもう空で、女のそれはまだ並々と黒く渦巻いていた。テーブルの一点を見つめながら、女は重苦しく話し始めた。
「私は田原ゆかりと言います。天宮町で骨董屋を営んでいます」
「えぇそれは知っていますよ。何度か田原骨董店の前を通りかかったことがありますからね」
「えぇそれはどうも。なんとも私事なことで恐縮ですが、五年前に夫をなくしまして、それ以来ずっと一人で暮らしております。寂しい日々ではありますが、去年の暮れに友人が買うようにと勧めてくれたこともあり、鳥を飼いはじめたのです。それで幾分が気分も晴れました」
「話はわかりました。で、鳥が逃げたんでしょう」
探偵は早合点した。そして落胆した。急に駆け出した犬。戸をすり抜けた猫。排水溝に消えた鯉。ジャングルへと帰ったイグアナ。天宮町は迷子の動物で溢れている。脚が生えている奴らはいい。羽を持った奴らは大抵見つからない。今までの勝率はゼロに等しい。(毛むくじゃらの屍体を見つけたのは二度ほど)
「いや、逃げるわけはないんです。だってその鳥、ロボットなんですもの」
諸君、探偵の十八番は一に浮気調査、二にペット探し、三、四がなくて、五は・・まぁよしとしよう。兎にも角にも、一番盛り上がらないのがペット探しである。地味な絵面に、乏しい成果。血も女もなし。カタルシスもミステリーもない底辺の仕事。さて、へっぽこ探偵・三ノ輪は機械の鳥を如何にして見つけ出すのか。それは機会がよろしい頃合いでまたお話しするとしましょう。
令和・天宮町奇譚 井中 鯨 @zikobou12
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