Lullaby Box

水城たんぽぽ

Reach out for sunset sky

00、

 金色の、小さくギザギザした円形のペンダントを幼い自身の手が握りしめている。手を照らしている日差しは燃えるように赤く、だからこれは夕方なのだろう。


 いつの頃からだったかは覚えていないが、夕焼け空を見ると必ずその景色を思い出すようになった。手に持ったペンダントと、それを照らす赤い日差し。それから、自分の向かいには優しく笑う女の子がいる。

 けれど、まゆずみイツキが思い出せるのはその「景色」だけだった。


 その場所がどこなのか、いったい自分が何歳の頃だったのか、目の前の女の子は一体誰なのか。どうして女の子は笑っているのか。

 そのどれもこれも、濃いもやがかかった向こう側にあるようではっきりとしない。


 それでいて、その景色が自分の中で決して軽いものではないということだけは間違いないと分かる。

 その光景を思い出す度、胸の少し上の当たりがざわついて、見えない何かに軽く締め付けられるような。

 少し苦しく、けれど居心地のいい何かを否応なく自覚させられるのだ。一応、その感覚が何なのかを理解できないほど無垢な人生は歩んでいない。


 たかが子供の頃の記憶の断片、と切り捨てるには思い出す頻度の多いその光景を幻視するたび、無意識に手を夕焼け空に伸ばす癖がついた。それを癖と認識したのは高校の頃からで、今になっても変わらない。

 さすがに人の目を気にして往来の真ん中ではやらないが、人気の少ない通りを歩いていたり休日に何気なく窓から夕焼け空を目にしたり、ふと気を抜いた拍子には必ず行う仕草になっていた。


 伸ばした手で、靄のかかった記憶の景色を掴もうとして、何も思い出せずに手を下ろす。

 そんな、酷くもどかしい気持ちと仕草。イツキにとってそれはもう日常の一環で、そのくせ慣れて薄れていく事だけは絶対にない。


 自分は一生、この奇妙な記憶と感覚を抱えながら生きていくのだろうか。

 それともいずれ、思い出すようになったのがいつだったかわからないのと同じように、いつの間にか思い出さなくなっていくのだろうか。


 その答えは出ることのないまま、その日イツキは二十五回目の誕生日を迎えた。

 良く晴れて真っ赤に染まった、夕焼け空の綺麗な日であった。

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