衝撃

 ピロリン。

 スマホが音を鳴らす。

 私は勉強の手を止めてちらりと時計を見る。

 時間は午後八時半。

 きっと衣緒からだろう。いつも衣緒はこの時間にラインをしてくる。

 ちなみにありさからはあまり連絡はこない。

 だから、家出のこの時間は、今までと何も変わらない、私と衣緒だけの時間だ。

 スマホを手に取って、衣緒からのメッセージを表示する。

『ねえ、ちょっと相談があるんだけど』

 衣緒にしては珍しい文面。いつもはどうでもいい近況報告ばかりよこしてくるのに。

『何? 聞いてあげる』

 返信はすぐに返ってきた。

『うん。あのね』

 これは中々真剣な雰囲気じゃないか。

 やっぱり衣緒が相談する相手は私なのね。ちょっと嬉しくなる。

『陸上の事なんだけど』

 陸上の事。私は衣緒の練習をずっと見てきたけれど、専門的なことは分からない。

 ちゃんとしたアドバイスができるかどうか、少し不安が生まれる。

『やめようかなって思ってて』

 ん?

 私には、衣緒が何を言っているのかが理解できなかった。

 だって、あの衣緒だよ?

 走るのが好きで、早くて、得意な、あの衣緒が。

 私は驚きで動きが鈍る指で返信した。

『急にどうしたの? 走るのが嫌になったとか?』

 返事はすぐに帰ってきた。

『そういうのじゃなくて。

 怪我したの。次の大会には間に合わないから』

『でも、その後にも大会はあるんじゃない?』

『それはそうかもだけど。でも私、走るの疲れたし、ここらが潮時なって思ったんだけど、どう思う?』

 どう思うと言われても困る。

 私の中では衣緒=陸上のイメージが固まっているのに。

『衣緒が陸上をやめるなんてありえない。私は認められない。また明日、話そう?』

 反射的送ったその言葉は、少しとげとげしいものになっていた。

 認められない、なんて、私が言えることではないはずなのに。

 でも、それだけ、衝撃だった。

 もう、相談されて嬉しいとかじゃない。

 これは、衣緒の今後にかかわることだから。

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