谷
放課後。
教室は、外からの部活をしている子たちの声が聞こえてきて、そこまで静かではなかった。
でも、そっちの方がいい。
あんまり静かすぎると緊張してしまってうまく話せる自信がない。
「陸上やめるって、どういうこと? 怪我したから?」
「まあ、そんなとこ」
「怪我をしても続けてる人はいる」
沙耶っちのまっすぐな視線に、思わず目を泳がせてしまう。
「衣緒は速いんだから、続けるべきだよ」
「そんなこと言われても、私別に走るの好きじゃない」
「……」
「得意だからって好きなわけじゃない。本当は走るのなんて嫌い。嫌いなことを続けるのって、大変だよ」
言った。ついに言ってしまった。
私がこの気持ちを人に話したのは、これが初めてだ。
誰にも言うつもりはなかったこの気持ち。
だって、その方が私には合っているから。
『やー、怪我しちゃって。やめちゃおっかなー、みたいな』
そう言って笑っている方が私っぽい。
その方がみんなのイメージに合っている。
でも、本当の気持ちをさやっちに話した。
さやっちなら分かってくれると思っていたから。
でも、現実はそう甘くはないみたいだ。
「信じられない。私帰る」
「え……」
さやっちはガコンと音をたてながら椅子を机にしまい、大股で教室を出ていった。
呼び止めようかと思ったけれど、その背中からは話しかけるなオーラが出ていて、呼び止めることができなかった。
私の本心が、一番信頼していた人に受け入れられなかった。
受け入れられないどころか、否定された。
これは私にとって大きなショックだった。
目から何かがこみあげてきて、視界がぼんやりと歪む。
今は怪我をした膝よりも、心の方が痛かった。
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