家のインターホンを押すのに、少しだけためらう。

 今まで何度もやってきたはずなのに。

 考えてみれば、私とさやっちが喧嘩(?)をしたのは今回が初めてかもしれない。

 いやさすがに軽口をたたき合う、みたいなのはあったけどね。

 こう、なんていうんだろう、ガツンとぶつかり合うのは初めてだった。

 意を決してインターホンを押すと、すぐにドアが開いた。

「あ……」

 多分誰が来たのかを確認せずに、すぐ出てきたのだろう。

 さやっちは私の顔を見るなり、明らかに目を逸らした。

 私はいつも通りの笑顔を浮かべて、わざとらしいんじゃないかってくらい明るい声を出す。

「お邪魔しまーす。ねえねえ、オレンジジュース飲みたい。ある?」

「あるけど……」

 さやっちは少し面食らった様子だった。

 そりゃ確かに喧嘩中の相手に、オレンジジュース飲みたいからくれ、なんて言われても困るよね。

 でもまあ、このくらいの図々しさが私らしいっていうか。

 もちろんそれを気に入っているわけではないけれど、こういう、ちょっと重たい雰囲気の時には、いつも通りを装った方がいいから。

 さやっちの部屋に入って、ストローでオレンジジュースを飲みながら、私はあくまでフラットに話を切り出す。

「あのさあ、陸上の事なんだけどさあ、私、続けることにした」

「……うん」

「先生にめちゃ説得されたわけよ。でね、さやっちに言われたことも思い出して、あー、じゃ、続けよっかなーって思ったの」

「……うん」

「だから、出られるかどうかは怪しいけど、とりあえず大会まではやることにした」

 さやっちは私から目を逸らしたまま、黙ってしまった。

 なんだろう。あんなに続けろって言ってきたのに、なんだこの反応は。

 それから数十秒たってからさやっちは口を開いた。

「いや、ごめん。なんていうの? 続けろって言ったけど、あの時衣緒、走るの好きじゃないって言ったでしょ?」

「うん、言った」

「衣緒がそう思うならやめてもいいのかなって、あの後思った。だから、本当に続けていいのかなって」

「なにそれ。簡単に意見変えないでよ、らしくもない。あと続けるのもやめるのも私の自由だから。これ以上何か言って私を迷わせないでよ」

 私が言うと、さやっちは困ったように笑った。

「それ、正論に聞こえるけどちょっとおかしいやつ」

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