静寂

「しばらく走ったりするのはやめた方がいいですね。早く完治させるためにも、今は安静にしていてください」

 というのが、医者からの言葉だった。

 自室のベッドに腰かけて、自分の膝を眺める。

 先生にやってもらった丁寧なテーピングが目に入る。

「走るのはもういいかな……」

 ぽつり、そう呟いてみる。

 静かな部屋にはもちろん誰もいなくて、結局その言葉は自分だけしか聞いていない。

 走るのは別に好きじゃない。得意なだけだ。

 好きと得意は全くの別物。

 好きでもできないことはあるし、得意でも好きじゃないことだってたくさんある。

 少し前までも自分は、好きと得意はほぼイコールだった。

 でも最近は違う。

 色々疲れてきた。

 自分のキャラにも、人間関係にも、部活にも。

 綺麗な言い方をすれば、考え方が変わって一歩大人に近づいたといえるのだろうけれど。

 私にとってはこれは退化だ。

 なんとなくスマホを手に取って、メッセージアプリを起動させる。

 私の親友であるさやっちに、今日あったことと、陸上をやめようかや何でいることを伝えた。

 すると返信はすぐに帰ってきた。

 曰く、私が陸上をやめるなんてことはあり得ないと。認められないと。また明日ちゃんと話そう、と。

 別に陸上をやめることを肯定する言葉が欲しかったわけではないけれど、なんだかカチンときた。

 心が興奮していても、身体は疲れている。

 ぽふっという音を立ててベッドに倒れこむ。

 漠然とした不安を抱えたまま、その日は眠りについたのだった。

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