あ、遊び人の投げるナイフ……気持ちいい……

 


 彼女の膂力は、俺のそれを僅かにではあるが確実に凌駕していた。

 ナイフを逸らそうと、もしくは押し返そうと渾身の力を込めているというのに彼女は微動だにしない。


 ならばと、俺は自身の腕に全力を注ぎこむ。



「ぬおおおおおおおおおおお!」



 雄たけびをあげ、腕の力だけで彼女を持ち上げる。たとえどんな力を持っていようが、踏ん張りがきかなければ意味はない。持ち上げてしまえば、こっちのものだ。俺は、そのまま体を一回転させ遠心力を味方に彼女を放り投げた。


 宙に舞った彼女は、くるくると回転し、まるで最初からそういった演舞をしていたかのように見事な着地を見せた。その衣装も相まって、まるで本物の道化師のように見えた。


 間合いをとれたことに気を緩めるのも束の間、次はナイフの雨が俺に襲い掛かってきた。



「なんなんだよもう」



 沸き上がってくる感情のせいか、視界がにじむ。俺は、ごしごしと袖で涙をぬぐった。


 ナイフを避けるつもりは毛頭なかった。どうせ、刃物耐性を持った俺の肌にナイフがささるわけもない。それよりも今は、彼女の全てを感じたかったのだ。たとえ、それが明確な殺意をこめて放られたナイフであったとしても例外にはならなかった。ナイフは、吸い込まれるかのように俺の急所へと的確に当たり、そして俺の肌に弾かれ乾いた音をたてて地面に落ちた。


 その様子を彼女は呆然と眺めていた。

 


「なんで避けないのよ。刺さったら怪我するじゃない!」



 自分からナイフを放っておいて何て言い草だ。だが、彼女の目には輝くものが見て取れる。どうやら、心の底から俺のことを心配しているらしい。一体、今の彼女はどういう心境なのだろうか。見当もつかない。



「俺に、普通の刃物は通らない。だからもうやめてくれ」



 俺の言葉を無視し、彼女は地面に向けて手を振るう。何処に隠していたのか、何本ものナイフが地面に突き刺さった。

 そして、振るった右手をそのまま前へと伸ばす。すると、地面に映る彼女の影から漆黒の柄が浮かび上がってきた。彼女が、それを握ると柄はグネグネとうねり、見る見るうちにその形を大鎌へと変えていった。


 どうやら、彼女は俺の言葉の前半分だけ聞いていたようだ。

 


「ねえ、これが何でできているかわかる?」



 彼女が見せびらかすかのように、大鎌をクルクルと振るって見せる。月明かりの下でも、輪郭がはっきりとしないそれは、まるで影がそのまま実体化したかのように見えた。



「実は私も知らないの……だからお願い。これは受け止めようなんて思わないで」



 やはり妙だ。彼女の言動は、ちぐはぐ以外の何物でもない。


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