ラストオーダー 勇者根性スピリッツ
射止められた心臓
窓から差す月明かりが、舞い上がった埃を綺麗に照らしている。周囲を見渡すが、薄暗く部屋の全容を見渡すことはできない。
唐突に、部屋の中にカツーンカツーンと乾いた音が広がった。音の反響具合を聞くに、相当に広い部屋だということがわかる。
いや、いまはそれよりも、この乾いた音だ。一定の間隔で鳴り続けるこの音は、間違いなく何者かの足音であり。それも、少しずつ俺の方に近づいてきている。
正面をジッと見据えていると部屋の奥から、黒い影が進んできた。
「なんで来ちゃうのかなぁ」
月明かりに照らされた彼女のあまりの美しさに、俺は息をのむ。赤いストールを首に巻き、黒白のチェック柄という派手なワンピース。まるで道化のようなその恰好は、姿を消したあの日から何一つ変わっていない。ただ、胸のあたりまで伸びた髪が彼女と離れ離れになった時間を如実に表している。
「心配したんだぞ」
声が震える。
喜びと不安が混じり合い、言葉に詰まる。
「会いたかった」
ようやく、その一言を絞り出すと彼女の瞳からは一筋の涙が零れ落ちた。
「だめだよ勇者……もう我慢できないじゃないか」
彼女の声もまた震えていた。
どうやら、俺と彼女は同じ気持ちを抱いているらしい。俺は、捨てられたのではなかった……みっともなく情けない心配は徒労に終わったのだ。
彼女が、俺に向かって歩を進める。俺もまた、彼女をお迎えする準備は万端だとばかりに、両手を広げ一歩、また一歩と前へ進む。
さぁ、力強く抱きしめ合おうというその瞬間、彼女の手元に月明かりで照らされたナイフが煌めいた。
俺の手と彼女の手が重なる。
……ついロマンチックな言い方をしてしまったが、その実、彼女の手に握られたナイフを必死に抑え込んでいるだけである。ナイフの先は、まっすぐに俺の心臓を向いている。
「あの……遊び人。我慢できないってのは?」
「キミを殺さずにはいられないってことだよっ!!!」
その手に込められた力が、それが冗談ではないことを物語っていた。
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