第二夜 異世界に飛ばされた僕は探偵家業で食っていく~アレシボメッセージ②


時間はたっぷりある。せっかくだから、この世界の話をしようと思う。



「この世界は狂っている。」



 電卓が二本足で立ち、セロハンテープが浮気をする。人ではない存在が、まるで自身が人であるかの如く振る舞う。

そしてこの世界で、この世界の異常性を感じているのは僕しかいない。実に不思議な話である。

その異常性が日常であるならば、そこに異常性などは存在するはずがないだろう。まったく……自分でも言ってて頭が痛くなってきた。

この頭痛は果たして酒のせいか、それとも別の何物かのせいなのか。


しかし、僕は自信をもって宣言することができる。

「この世界は狂っている」のだと。

なぜならば、僕には正常な人間だったころの記憶が残っているからだ。


かつての僕は、大学生だった。

独り暮らしに憧れて、あえて実家から離れた大学を選択し。暇さえあれば、友達と居酒屋で詭弁を投げかけ合い。

何となく付き合い始めた恋人と、ちんちんかもかもして過ごし。その合間に、ほんの少しだけ本業の勉強に勤しんだ。

曖昧で漠然としていているが、そんな青春の記憶が僕には確かにある。


さて、酒に酔った男が一人ですることNo.1と言えば過去の栄光に思いを馳せることだという。(僕調べ)

そのランキング調査に則って、酒のせいかグアングアンと耳鳴りのする僕の頭の中から過去の栄光を掘り起こしてみよう。

そうあれは、いつのことだったか。


僕は、あの日もやはり二日酔いに苦しんでいた。

何か二日酔いに効くものは無いかと冷蔵庫をまさぐっていたら、突然、冷蔵庫に怒鳴られたのだ。



「人の腹の中を、勝手にまさぐるな!」



「まだ酔いが抜けていないせいか幻覚が見えるぞ。なんて恐ろしい幻覚だ!冷蔵庫に何も入っていないなんて」



「何を言っている。現実が見えているじゃないか」



「そのうえ冷蔵庫が喋っている」



「ラジカセのお前だって喋っているじゃないか」



……違った、これは昨日の思い出だ。しかも過去の栄光とは程遠いではないか。

ちょっとチューニングをいじってみようか。ぴぴーがーがーがー。お、なんか音をとらえたぞ。これかな。

おお、これだこれだ。これこそ僕の過去の栄光だ。



「ねぇ、キミの研究テーマってなんだったけ?」



かつての恋人が、僕の耳元で優しく囁いている。いや、たとえ異世界に飛ばされたからと言って僕は未だ彼女と別れたつもりはない。

急に消えた僕のことを、それはそれは心配しているに違いない。



「僕の研究は……簡単に言うと『愛』さ」



「やーん、ステキ」



まてよ……これは本当に僕の過去の栄光か???

しかも今更だが、僕はこんな馬鹿っぽい女と付き合っていたというのか?

ひと時の時間と物質的な距離が離れたせいか、なんとも自分が愚かしい選択をした気がしてきたぞ。

いや、僕は既に異世界に転移した身。彼女との縁など既に切れているに等しい。過去は全て向こう側に置いてきた。



「それで、その『愛』ってどういうのなの?」



「……『愛』というのは比喩表現さ。実際のところ、僕の研究しているのは『あらゆる人種、あらゆる言語圏で通じる新言語』についてなんだ」

「かつて、ザメンホフが考案した世界語『エスペラント』というものがあるが、僕の研究はそれをさらに超える言語を作り出すものなのさ」

「僕が目指すのは、空の上、太陽系の外、銀河系の彼方。要は、宇宙人にも僕たち地球人の意思が伝えられる言語なんだ!」

「それを僕なりに『愛』と表現したまでさ」



「うーん、よくわかんない」



「それじゃあアレシボメッセージは?」



「なにそれ?」



「1974年にプエルトリコにあるアレシボ電波望遠鏡から宇宙に送信された電波によるメッセージのことさ」

「僕の研究の最終目標は、僕が作り出した『愛』によって宇宙人と交信をすることなんだ!」



「ふーん、やるじゃん」



……そう「アレシボメッセージ」だ。

響きが格好いいからと、そこから広げていって僕の研究テーマは定まったんだ。

それから、どうしたんだったけ。僕の研究は、どこまで進んだんだ……?

記憶をたどろうとするが、どうもうまくいかない。まるで切れた糸を手繰り寄せるがごとき手ごたえのなさだ。

これは断じて酔いのせいではない、なにかそこに僕が異世界転移してしまった理由があるのではなかろうか。

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