第二夜 異世界に飛ばされた僕は探偵家業で食っていく~アレシボメッセージ①
みんなは誤解している。殺人事件なんてものはそうそう起きるものではないし、誘拐事件や爆破テロに至ってはもはや可能性はゼロであると言ってもいい。
……なんか最近、誘拐事件に近いものがあった気がするが気のせいに違いない。なあ、シュレ?
「にゃあ」
先日の一件以来、僕の相棒という地位を獲得した黒猫は律儀に返事を返してきた。
自称神曰く、この黒猫は無限の可能性を秘めているという話であるが。
その可能性の中に、人の言葉を話すという選択肢はないようだ。
いや、「恋は当然フィフティフィフティ」と何処かの誰かが歌っていたこともあるし、これは色恋沙汰ではないものの僕からの歩み寄りが意思疎通の一歩となるかもしれない。
というわけで、猫の立場になって考えるために、また加えて言えばお腹がすいたところでもあるのでシュレ用に購入した鯖の缶詰を食べることにした。
ふむ、なかなかいけるじゃないか。動物用だからか塩気が全くない気がするが、そこはまあ健康志向ということで問題あるまい。
「にゃあ……」
シュレが抗議めいた鳴き声をあげた。
おお、僕の歩み寄りは大きな成果を生み出したぞ。
シュレの気持ちが少しだけわかったぞ!彼は今、少しだけ怒っている!ごめんよ!
さて、話を戻そう。
そう、現実の探偵事務所に持ち込まれる案件なんてタカが知れてるという話だ。
ではどのような事件が持ち込まれるかというと、一にも二にも浮気調査の依頼である。
もはや探偵とは浮気調査。浮気調査と言えば探偵と言ってもいいほどである。
つまるところ二つは切っても切れない関係ということだ。当の依頼人の夫婦関係が切れているというのに、皮肉なものだ。
どうだろう、今のは少し巧いこと言えたんじゃないかな。どう思うシュレ?
ふむ、眠たげにあくびをしている。どうやら、それほど巧いこと言えたわけでは無さそうだ。
実のところ、僕はこの浮気調査の依頼が嫌いではない。
むしろ、僕が探偵として最も力を入れるのは浮気調査である言っても過言ではないほどだ。
なぜかって?それは、僕が正義の味方であるからだ。
みんなは考えたことがあるかい?
世に女は星の数ほどいるというのに、僕の隣で笑いかけてくれる女性は塵芥ほどもいない。
「にゃあ」
お前は男だろう、すっこんでろ!
いや、すまん気を使ってくれてるんだよな、ありがとうシュレ。
何故、そのような不遇に僕は溺れているのであろうか。
答えは明白だ、悪意ある何者かによって女性の流通が妨げられあまつさえ女性の独占すらも行われているのだ。
その何者かとは、女性を独り占めしてる輩、社会悪、クズ野郎、すなわち浮気男のことである。
彼らこそ僕の、否、世界の敵なのだ。
探偵稼業とは社会正義の代行という側面があることは皆さんもご存じであろう。
であるならば、この悪との戦いに何を恐れることがあろうか。
僕は、女性の供給不足が解消される日を夢見て今日もまた正義を執行するのである。
というわけで、現在の僕は浮気調査の張り込みを開始して二日目にあたっている。
といっても、調査対象を尾行して車中泊してアンパン食べてというわけではない。
むしろ快適の一言である。
だって、僕はいま旅館の一室に部屋を借りて布団に横になりながら仕事をこなしているのだから。
テレビのチャンネルを一通り回し、特に面白そうな番組もなかったために僕は手慰みにと調査依頼書を引きずり出した。
依頼者であるポケットティッシュ夫人は、夫であるセロハンテープ氏を全く信用していない。
過去にも数度、浮気をしていたことがあるようだが明らかな証拠が揃わず離婚することができなかった。
そして今回、浮気の兆候を見て取った彼女は確実な証拠を押さえるべく探偵である僕に依頼をしてきた。
まとめるとこんなところである。
しかしまあ、女の感というものはよく当たるもので。
セロハンテープ氏の出張に張り付いてみたら、どんぴしゃで不倫温泉旅行だったわけで。
夫人から頂いた前金を使って、対象が泊っている隣の部屋を借りて浮気調査を実行中というわけなのである。
尾行という仕事は、その性質上非常に神経をつかい肉体精神問わずに疲労に苛まれるものであるが。
二日目ともなれば慣れたもので、僕の傍らには当然のようにジョニーウォーカーが転がっていた。
前金をもってして温泉旅館に宿泊できるという好機についはしゃぎ過ぎてしまった。
布団からは、既に胃液とアルコールが混じった匂いが発せられている。前夜からしてこれである。ちなみに今は昼だ。
だが、これもまた仕方のないことなのだ必要悪であるとすら言ってもいい。
だって昨晩は、隣でギッタンバッタンうるさくて眠れやしなかったんだ。お酒で安眠が買えるなら安い物さ。
シュレディンガーは事務所で、お留守番をしているはずであったが。
どういうわけか、僕のリュックサックの中に忍び込んでしまっていたらしい。
「気を抜くなよシュレディンガー」
戯れに黒猫の頭をガシガシ撫でる。
今回は、初めての共同作業だ。うまくやろうぜ相棒。
シュレディンガーは、まるで「任せておけ」と言わんばかりに少し強めに「なーご」と鳴いた。
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