第26話 九大隊長

「ああ、そうそう。アルテミシア棟は女子寮だから、男子禁制だよ。昔みたいに、うちに遊びに来たりできないからね」

 結局、アルトは弓を新調するのはやめて、もうしばらく今の弓を使うことにした。

 そして三人は、工房へ戻るダニエルに別れを告げ、アヴァロン棟を離れて再びバウンド棟の食堂へ向かっていた。案内ついでに中央棟であるバウンド棟の周りを一周する形で、八番棟であるアルテミシア棟の前を通過する。


 余談であるが、傭兵たちの中には妻子を持つ者もいる。彼らはたいていヴェルリーフの町の方に住んでいるのだが、中にはガイア棟の一部、家族向けに開放された部屋に住んでいる者もいる。


「わかったよ」

 カリナにそう答えた後、ふとあることに気付いた。

「あれ……? そういえば、カリナもここに住んでるのか?」

「うん、そうだよ」

 六年前、カリナが故郷の村を離れた時には、両親と、年の離れた二人の兄が一緒だったはずだ。


「…………」

 アルトは再び黙り込んだ。あの内乱では、一般市民にも多くの犠牲が出たと聞く。

 もしや、カリナの家族も……。そう考えると、そこから先は聞けなくなる。


「戦いが終わったらね。兄貴たちのところに赤ちゃんができたんだ」

 その沈黙の意味を悟ったのか、カリナは自分から実家のことを話してきた。


「そしたら、お義姉さんたちが働けなくなって、家計がちょっと苦しくなっちゃってね。せめて、自分の食い扶持ぐらいは自分で稼げって」

 大きな戦争や災害などの後で、生まれてくる子供の数が急に増えるのはよくあることらしい。それまで、子供を生み育てる余裕がなかった反動なのだろうか。

 実際、アルトたちの世代も同じようなものだ。というより、あの時代には世界中がそんな状況だったといわれる。


「でも、この前のドラゴンの一件で、私もちょっと多目に報酬が貰えたからしばらくは大丈夫だったけど、そろそろまた、仕事を探さないと」

「そうか」

 アルトは短くつぶやいた。やや苦手な相手とはいえ、幼馴染の窮状に手を差し伸べたいとは思う。とはいえ生活費の話となると、なかなか手を貸すことも難しい。さらにアルトの方も、村を離れたとはいえ、復興に時間のかかる故郷と縁を切ったわけではない。


「あーあ、私もセリナ様みたいに、もっと強くなりたいな」

「セリナ様?」

 歩きながら大きく伸びをするカリナ。その口から、アルトの聞き慣れぬ名が発せられる。


「旧王国軍の九番隊隊長で、『赤の聖女』の異名をとっていました。今でも、女性の傭兵たちの憧れですね」

「…………あっ!」

 コーデリアの話を聞いたアルトの顔に、一瞬戸惑いが浮かび、一拍置いて狩人の青年は短い叫びを上げる。


「な、何、いきなり!?」

「さっき、あの絵を見た時から、何かがおかしいと思ってたんだ。でも、何が原因なのか、さっぱりわからなかった。今、九番隊隊長なのに八番棟って言われて、やっとわかったよ」

 そしてアルトは、事情を知っていそうなコーデリアの方へと向き直る。


「うちの祖父は……九大隊長ではなかったですよね?」

 傭兵隊本部のエントランスに掲げられた、元隊長たちの肖像画。

 以前から感じていた違和感の正体に、ようやくアルトは気付いた。


「ああ、そういえば、誰か抜けてるって言ってたような……」

「うん。じいちゃんが軍師で、大隊長じゃなかったとすると、一人足りないんだよ、この絵」

 やはりカリナから詳しい話を聞くのは難しいようだ。助けを求めるかのように、アルトはコーデリアへと視線を送る。


「そうですね。あの絵には、元四番隊隊長が描かれていません」

 見れば彼女は、右手を口に当てて目を伏せ、考え込むようなしぐさをしていた。


「少し、長くなるので……食堂にでも行きませんか?」


    ◇


「じゃあ、こちらに……」

 コーデリアが二人を案内したのは、いつもの大食堂ではなく、その奥にある少人数の話し合いに使われる小部屋だった。


 アルトの疑問には、皆の前では話しづらいこともあるので、とだけコーデリアは答えた。


「それで、アルトさんの疑問についてですが……内乱の最後の戦いでいろいろあったみたいで、真相を知っているのは生き残った隊長、副隊長クラスの人たちだけです。キースさんやクロードさんもその中にいるのですが――ただ、意見を異にした、現在は生死不明としか、聞かせてはもらえませんでした」


 九人の大隊長が揃った後の、旧王都における最後の戦いについては、吟遊詩人の詩の中でも語られている。旧王国軍に参加していなかったコーデリアの持つ情報も、ほぼこの域を出ない。


 危機に陥った旧王国軍を救うため、六番隊隊長、『天弓』ブライアン・ゴートは単身囮となり、全身に無数の矢を浴びて息絶えた。


 旧王都を覆う嵐の結界を破るため、七番隊隊長、『蒼炎の勇者』ホルツ・ラック・クレメンスは単身空へと飛び立った。複数の上位魔族と交戦、これを打ち破り、嵐を鎮め……そして、二度と戻って来ることはなかった。


 海より旧王都に迫る巨大な魔獣を食い止めるため、五番隊隊長、『海獅子シーライオン』ディエゴ・ガリバルディは荒れる海へと乗り出した。そして、敵を道連れにして自らの船とともに暗い海へと消えた。


 三番隊隊長、『傭兵王』エドガー・アヴァロンは軍を率いて敵の軍勢を迎えうち、残る五人の大隊長は、少数の精鋭をまとめて王城へと突入した。

 敵の暗殺部隊の襲撃を受け、深い傷を負いながらも軍の指揮を続けたエドガーは、旧王国軍の勝利を最後まで見届けた後、静かに眠りについた。


 そして、王城と、その地下に存在した迷宮の中では……。


 そこで起こったことについては、寡黙で知られる一番隊隊長、『紫電槍』リチャード・ガイアならずとも、皆多くを語ろうとしない。


 ただ、わかっていることは……八番隊隊長、『神算剣士』ロバート・シーカーと、九番隊隊長、『赤の聖女』セリナ・アルテミシアが敵の魔法に飲み込まれて消え、二番隊隊長、『鉄人』アーロン・バウンドが戦いの中、その左足を失った、ということ。


 旧王家のただ一人の生き残りだった王子と、『天魔軍師』バーナード・ソーンダイク、そして四番隊隊長の最期については、謎に包まれたままだ。


 そして、終戦後。国外で四番隊隊長の姿を目撃した、との情報がもたらされ、やがてそれは彼がこの国を裏切ったという根拠のない噂へと変化する。


「どうも、真実を隠すために、意図的に流された話もあるようです。そしてしばらくの間、色々な噂が数多く飛び交った末に、やがて、あの方の事は少しずつ忘れ去られていきました」

 あの方、というコーデリアの言い方が少し引っかかったものの、アルトにはそれ以上を聞くことはできなかった。


 なぜならば、その話をするコーデリアの表情に、明らかな陰りが見えたからだ。

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