第27話 最初の仕事
「あ、コーデリアさん、ここにいたの」
話が終わって別室を出たのち、コーデリアは受付の女性から呼び止められた。
「はい、私が何か? あ、アルトさんは少し待っていただけますか?」
「ああ、そちらが、アルト・ソーンダイクさんですか」
コーデリアの声を聞くと、受付の女性は彼女ではなくアルトの方へと向き直る。
「僕がアルト・ソーンダイクですが……」
「総隊長からあなたに、特別依頼が出ています。詳しくは教育係のミルズさんからお伺い下さい。それでは後はお願いします」
「はい。お任せ下さい」
「ありがとうございます。承知しました」
首肯するコーデリアに続けて、アルトも受付嬢に例の言葉を述べた。
「総隊長から依頼って……そういうのはよくあるんですか?」
「いえ、普段は掲示板の張り紙をもとにして、ホール奥のカウンターから仕事を受けるのですが、今回だけは特別ですね」
アルトの疑問に、コーデリアは首を軽く横に振ってから答えた。それに合わせて、艶のある長い黒髪が揺れる。
「特別?」
「新しく傭兵隊に加入するとき、その力を試す意味で隊の方から直々に仕事が依頼されるんです」
「それは……試験みたいなものですか?」
「ええ。でも村での様子を見る限り、アルトさんなら大丈夫ですよ」
不安げに曇るアルトの表情を和らげるかのように、コーデリアが微笑みかける。
「あ、ありがとうございます」
黒曜石にも似たその瞳に見つめられ、アルトは頬が熱くなるのを感じた。
「じゃあ、私も一緒に行くね」
そのまま総隊長の執務室に向かう二人の後に、カリナもついて来る。
「な、何でカリナまで一緒に?」
「ん? 私はアルトの付き添いだよ」
「付き添いって……もう子供じゃないんだから」
「いいじゃないの。村でもずーっと一緒だったんだから」
「あ、あの、コーデリアさん?」
それは、隊として問題のない事なんだろうか。アルトは救いを求めるかのようにコーデリアに視線を送る。
「一応確認してみますが、この前も一緒に仕事をしていますし、まあ大丈夫だと思いますよ」
彼女の言葉通り、特に問題もなく許可は下り、アルトたち三人は傭兵隊総隊長の執務室に通された。
アルトにとって、ここへ来るのは春の仕事の依頼に次いで二回目、傭兵としてはこれが初めてだ。
今回執務室で彼らを迎えたのは、総隊長のアーロン・バウンドと秘書のエリザベス・シェリングの二人だった。
「おお、来たか。まずはそこに掛けなさい」
「はい。失礼します」
アーロンの口調も、前回の依頼人に対するものから、傭兵隊の構成員に対するものに変わっている。
「さて、前置き抜きで進めよう。本来、隊の加入希望者には、実力を見極めるための試験として簡単な依頼を受けてもらうのが恒例となっていることは、すでに聞いているかと思う」
そこでアーロンは一度言葉を切り、手元の書類に目を落とす。
「だが今回は、プレア村での一件について、キースとクロードから報告を受けている。その結果、我々は君が入隊の資格を十分備えていると判断した」
その言葉に、アルトも安堵する。
「よかったね、アルト」
「おめでとうございます。アルトさん」
「は、はい! ありがとうございます!」
カリナとコーデリアから祝福され、反応に困りながらも二人に頭を下げる。
「とはいえ、だ。君には軍師殿の孫という事情がある。特別扱いと周囲に思われては、後々都合の悪いこともあるだろう。そこで、名目上でも試験を受ける、という形にする必要がある」
「はっ、はい!」
「まあ、そう構えることはない。試験と言っても、実力を知るためにはそれを存分に発揮したもらった方がよい。だから、通常は各人の得意分野の仕事があてられることが多いのだ」
そしてアーロンは、手元の依頼書の写しをアルトの方に差し出した。
「そこで狩人の君には、建設準備中であるリーフ公国の施設を襲う獣の討伐を依頼したい」
「それでは、詳しい内容については私から説明します」
そこで、秘書のエリザベスが話を引き継ぐ。彼女は資料を手にすることもなく、すらすらとその内容を述べてゆく。
その依頼とは、要約すると次のようなものであった。
内乱が終わり、新たに王国から生まれ変わったリーフ公国では、いくつかの新しい施設の建設が始まっていた。
その目的のひとつが、旧王国軍の兵士や、戦火により仕事を失った人々に、新たな仕事場を提供すること。この傭兵隊本部の建設もその一つである。そしてそれらの施設の中に、塩田があった。
生活必需品の一つである塩を、もともとリーフ王国は他国との交易により手に入れていた。しかし近年、街道の閉鎖に伴い北の国からの岩塩の輸入が停止、さらには内乱の影響により交易ルートが変化し、塩の価格は高騰しつつあった。
そこで、リーフ公国は新たな塩田の開発を決定、候補地の選定や施設の建設を傭兵隊が請け負うこととなっていたのだ。今年の春には、公国領の南端近くの砂浜が候補地として選ばれ、施設の建設が始まっていた。
ところが最近になって、夜の間に建設途中の施設が獣に破壊されるという事件が相次いだのだ。
「というわけで、仕事の内容は塩田を襲う獣の討伐、もしくは原因の究明、となります」
「さて、以上の仕事、受ける意思はあるかな」
説明を終えたエリザベスに続けて、再びアーロンがアルトに声を掛ける。
「はい! よろしくお願いします」
決意と緊張で、アルトの体が引き締まった。
「それでは、これで登録します。参加者はひとまずアルト・ソーンダイクさんと、立会人として教育係のコーデリア・ミルズさんということでよろしいですか」
さらにアーロンの言葉を引き継いで、エリザベスが二人の顔を見回す。
「はい、はい! 私も行きます!」
後ろでカリナが手を上げた。少々不安を覚えるアルトだが、それでもきっぱり断るほどの理由はない。
「じゃあ、この三人で行きましょうか。もしそれで手に負えないようであれば、後で救援要請を出すこともできますし」
コーデリアの言葉に、アルトはゆっくりとうなずいた。
「あ、でもミルズさん……もう、大丈夫なんですか?」
不意に、エリザベスが疑問の声を投げる。そしてコーデリアの肩がビクリと震えたのが、アルトの眼にも映った。
「あの、コーデリアさん?」
その様子に不安を覚え、アルトは思わず彼女に声を掛ける。
「は、はいっ、何でしょう?」
コーデリアはかなり動揺した様子で、それに答えた。
「もし、何か問題でもあるようだったら、他の方に代わっていただいても……」
「いえっ、大丈夫です!」
彼女にしては珍しく、アルトの言葉を遮るようにして声を掛けて来る。
「わ、私は……去年ちょっと……体調を崩してまして、しばらくは本部で受付と回復役をしていたんですが……あ、でも、もう心配は無用ですよ!」
よくわからないのだが、そのことにはあまり触れられたくないらしい。女性の扱いをよく知らないアルトにも、それくらいのことは分かった。
もしアルトの方に問題があるのなら、そもそも教育係など引き受けなかっただろう。他の面々もいたとはいえ、村の一件でも彼女は手を貸してくれた。
ただ、彼女の様子には気に留めておこう。そう心に決めたアルトであった。
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