第21話 傭兵になる

「それでは、傭兵として登録を済ませてしまいましょう」

 しばらくの後、コーデリアはメインホールの奥にあるカウンターにアルトを案内した。エントランスホールにある一般向けの受付ではなく、傭兵たちの仕事を管理するカウンターである。


「それでは、これに記入してください」

 カウンターの女性から受け取った一枚の紙と、ペンとインク壺を渡される。


 ペンは、村でよく使われていた羽ペンではなく、毒針鼠ウィレキヌスの毒針をペン先として木の棒の先に取り付けたものだ。毒針には毒を送り込むための細かい溝が刻まれていて、インクに浸すとその溝がインクを吸い上げるようになっている。


「アルトさん、字は書けますか? 無理なら私が代筆しますが」

「いえ、大丈夫です。読み書きは祖父に教えてもらいましたから」

 都市部はともかく、辺境の村では読み書きのできないものも少なくない。

 アルトの村は、今でこそ寂れているものの、昔は街道の要所となっていたことと、アルトの祖父バーナードの尽力もあり、村人の多くは読み書きができる。


「アルト・ソーンダイク……男……新王暦三年初冬の月二十二日生まれ、十七歳……リーフ公国プレア村出身……ヴェルリーフ居住、っと……」

 まずは氏名、性別、年齢、住所など、基本的なことを書き込む。


「職業……俺は、狩人になるんですかね」

 少し考えて、アルトはコーデリアに尋ねた。


「そうですねぇ……このあたりの職業というのは、大雑把に分けると、戦士、神官、魔道士、職人という感じになりますが……一つずつ簡単に説明しますね」

 少しだけ考え込むように視線をさまよわせた後、コーデリアはいくつかの例を挙げる。


「それで、まず戦士ですが、剣や槍だけでなく、飛び道具や体術など、主に自分の体を使って戦うタイプはすべてここに入ります。アルトさんが知っている人だと、キースさん、クロードさん、カリナちゃんが該当します。アルトさんも弓で戦えるので、戦士にも含まれると思いますよ」

 アルトはここで何も書き込まず、ひとまず最後までコーデリアの話を聞くことにした。


「ほかのタイプについてですが、魔道士と神官は、魔法が主戦力という意味では、ほとんど同じです。ただ、神官は神殿のネットワークの力を借りることができること、他の魔道士がほとんど使えない生命に関する魔法……回復の魔法を使えることなどから区別されています。私ももちろん、この神官に当たります」

「これは違いますね」


「はい。それから職人の方は、そうですね、今傭兵隊にいる人だと、鍛冶師、料理人、大工、裁縫士などですね。それから傭兵隊には商人、学者、御者、画家なども加わっています。その人たちは、主に非戦闘員の扱いですね。中には、それに加えて戦いの能力を持った人もいますが」

 自分の職業はと問われれば、アルトはもちろん迷いなく狩人と答える。


 しかし、その内容はきわめて多岐に渡る。


 一般的な狩人の能力といえば、弓による狩猟だけでなく、獲物をはじめとする動植物の知識、狩場の地形や天候を読む能力、獲物の肉や皮の処理、道具の手入れ、罠の設置などが含まれている。さらにアルトは、村の人手が足りないこともあり、弓矢の作成に肉の調理、皮の加工、製品の目利きなどもできるようになっていた。


 なかなか単純に割り切れるものではないのだ。


「これは、傭兵隊から仕事を受ける時や、誰かと小隊を作る時に目安となるものです。職業により向き不向きがありますから。でも、途中で武器を変えたり、新たな魔法を身に付けたりする人もいますからね。後で変更も可能ですよ」

 その言葉に、アルトはひとまず狩人として登録することにした。


 そこで、ふと気付く。


 まるで、森の中で獣たちに囲まれた時のように、気配を伴った視線がアルトに絡み付いていた。耳を澄ませば、ソーンダイクの名や、天魔軍師の孫という言葉が、喧騒の中から漏れ聞こえてくる。


 だがそれは、アルトも予想していたことだ。伝わりくる気配の中に、危害をもたらすようなものがないことを確認し、アルトは再び申込用紙に記入する作業に戻った。


「ええと、それから……」

「あっ、そこから下は、隊の方で記入することになります」

 さらにペンを動かしたアルトを、コーデリアの声が止める。


「この、等級というのは?」

「傭兵隊に所属する傭兵は、主に戦いに関する能力をもとに、六段階に等級分けされています。隊に入ったばかりの人が初級で、そこから数多くの依頼をこなすなどしてその力が認められれば、四級から三級、二級、一級と順に昇級していくことになります。これは、戦いに参加する人だけが対象で、職人などのほとんど戦えない人は対象外です」

 用紙から目を上げると、まっすぐ自分を見ていたコーデリアと目が合った。


 儚げな、それでいて力強い何かを秘めた不思議な光を湛えた真っ黒な瞳で、真直ぐにアルトを見つめながら話しかけてくる。気恥ずかしくなり、アルトは再び用紙に視線を落とした。


「今は、元王国軍の大隊長だったリチャードさんだけが特別扱いの特級で、副隊長クラスの人たちが一級または二級になっています。アルトさんも、最初は初級からのスタートですね」

「あ、はい」


「これは、仕事自体が戦いを伴うものが多いためです。力の及ばない人が仕事を受けてしまうと、傭兵自身が危険なだけではなく、依頼人の方にも迷惑がかかることになります。そこで、依頼を受けることが可能となる目安として、傭兵個人と依頼の両方に隊の判断で等級付けを行い、その依頼にふさわしい力を持つ人だけが仕事を受けられるようになっているわけです」

 そこまで話した後、コーデリアはふっと表情を緩める。


「でも、アルトさんならばすぐに上の級を目指せますよ」

「ありがとうございます。ところで、コーデリアさんはどの等級になるんですか?」

「私です……か?」

 そう答えたコーデリアの表情に戸惑いが浮かんだのを、アルトは確かに見た。いや、むしろ不安や、怯えといった方が近かったかもしれない。ただ、ほんの一瞬で消えてしまったので、それが何だったのかはアルトには判断できなかった。


 ただ、彼女に何か声を掛けた方がいいのではないか。アルトがそう考えた時には、すでにコーデリアは話し始めていた。


「私は……武器や魔法を使った攻撃はほとんどできませんが、回復や支援は多少できるので、三級として扱われています。ほんとは、私一人だとほとんど戦えないんですけどね」


「あれ、でも、コーデリアさん……」

 不思議そうな声を上げたのはカリナだった。


 コーデリアは、それを遮るかのようにかぶりを振ると、アルトに向き直って続ける。

「まあ、私は少し前に体調を崩してしまったので、最近は本部で受け付けや医務室で働いていたんですが」


「えっ、そうなんですか。それじゃあ、この前の春の時も……」

「いえ、それはもう大丈夫でした。だから、一緒について行ったんですよ。まあ、ちょっと頼りなく感じたかもしれませんが」

「いえ、そんなことは……」

 アルトはコーデリアの弱気な言葉を打ち消すように言うと、さらに励ますように言葉を続ける。


「じゃあ、コーデリアさんも、一緒に等級を挙げられるようにがんばりましょう」

「そうですね……そうなったらいいですね……」

 コーデリアの表情は、未だに硬いままだ。


「あの、俺、何か失礼なことでも言いました?」

 村では、長い間同年代の女性がいなかったせいで、異性の扱いはわからないことが多いのだ。


「ごめんなさい、変なことを言って。私は大丈夫です。それよりも後は仕事についての基本的なことですが……」

 コーデリアの様子に疑問を抱いたアルトだが、無理に話を聞くのは避けた。この先、もっと自分のことを認めてもらえたら、彼女の悩みを聞き、そして解決することもできるのだろうか。


 そして、仕事の受け方や報告の仕方など、初歩的なルールの説明が続く。


「ここまではわかりましたか?」

「あ……はい」

 少しだけ考えて、アルトはうなずく。


「まあ、一度にたくさん言っても、覚えきれないこともあるでしょう。これから経験を積んで、少しずつ覚えていきましょう。私もそうでしたから」

 アルトの逡巡を和らげるかのように、コーデリアは微笑んで立ち上がる。


「それでは、リーフ傭兵隊、ヴェルリーフ本部をご案内します」


 コーデリアはアルトたちを先導するように食堂を抜け、受付のあるエントランスホールを通る。


 初めてここを訪れた時と同じように、壁に掛けられた英雄たちの肖像画が目に入ってきた。そこで一瞬、かすかな違和感を覚えたアルトは首を傾げる。


 何かが……足りない……?


「アルトー! 何やってんの? 行くよー」


 カリナの呼ぶ声に、アルトは違和感の正体に気付かないまま、二人の後を追ってバウンド棟を後にした。

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