・仲間たちと駆け抜ける夏 

第20話 はじめての傭兵隊

「というわけで、コーデリア・ミルズ、アルトさんの教育係を承りました。改めてよろしく」

「は、はい! よろしくお願いします」

 その日、傭兵隊本部の受付に顔を出したアルトを出迎えたのはコーデリア、そしてカリナだった。


 いつもの朝と同じように、傭兵隊本部の中央棟であるバウンド棟の食堂は、早い時間から多くの人々で賑わっている。


 これから仕事に出かける傭兵と思われる人たちや、夜の仕事を終えて戻ってきた者たち。傭兵たちだけでなく、町の人々も朝食をとりに来ているようだ。

 中には、朝から酒を飲んでいる人もいたりする。


 寂れた村での暮らしが長かったアルトにとっては、この混雑ぶりはなかなか見慣れぬ光景であった。


「って、教育係なら私の方がよかったんじゃない? 村でも子供の時から一緒だったんだから」

「教育って言っても、おとといは何もわからなかったじゃないか」

 横から会話に割り込んできたカリナの声に、アルトは呆れた顔をする。


 アルトがこのヴェルリーフにたどり着いたのは二日前。だが、傭兵隊に登録する前に、町に移り住むための手続きを色々と済ませる必要があった。


 しかし、こういうことに関しては、アルトの数少ない友人であるカリナはほとんど役に立たず、結局本部で再会したコーデリアに頼ることになったのだ。


「ごめんねカリナちゃん。隊の都合もあって、なかなか希望通りにはいかないの」

「うぅー」

 まだ不満があるのか、カリナはアルトの方を睨みながら、不満そうな声を上げている。


「でも、コーデリアさん。教育係って、みんな誰かが付くようになっているんですか?」

「決してそういうわけでもないのですが……例えば、内乱が終わって新しい傭兵隊ができた時に入ってきた人たちは、元からいた人と小隊を組むようにしていたみたいですね」

「それに、教育係って言っても今さらですけどね」

「そうですねぇ……」

 アルトの言葉に、コーデリアも苦笑いで答える。


「まあ、希望すれば武器の使い方などの訓練を行うこともできますし、小隊を組む相手を紹介することもできます。ただ、アルトさんの場合……」

 そこでコーデリアは、言葉を探すかのように一瞬黙り込む。


「結局、キースさんやクロードさんが総隊長と話し合った結果、アルトさんに弓の指導ができるような人はいない、という結論に達したようです」

「はあ……」

 どんな返事をすればいいのかよくわからないまま、アルトはとりあえず相槌を打っておいた。


 とはいえ、春の一件で行動をともにして、ごく一部かもしれないが彼女のことは知っている。アルトからすれば、世話係として異論も不満もない。


「さて、最初はこの傭兵隊について説明すべきなのですが……それにはまず、この国で起こった内乱のことを知っておく必要があります」

「その話ですが……実は、村の方まではほとんど情報が届かなかったので、詳しい話は知らないんですよ」

 そう言いつつアルトは、隣に座ったカリナをちらりと見る。


「わ、私も、そのあたりはほとんど知らないよっ」

「カリナは傭兵隊に入る時に聞かなかったのか?」

「ううん、聞いたけど……何か、話に出て来る人が多くって、覚えきれなかったのよね」

「何だよ……それじゃ、教育係どころじゃないだろ」

「で、でも、戦いの方なら大丈夫だよ!」

「まあ、そうかもしれないけどさ……」

 アルトは再び呆れ顔になる。戦いの方ならカリナもある程度頼りになることは春の一件で分かっていたが、獣神拳を習うわけでもなし、教育係としてはあまり関係なさそうな気がする。


「さて……それでは、長い話になりますが、聞きますか?」

「はい。ぜひお願いします」

「私も、内乱に参加していたわけではないので、又聞きですが――」

 アルトの言葉に頷いたコーデリアは、語り始める。


    ◇


 その発端は三年前の、とある貴族の反乱だった。


 最初の戦いにおいて、敵の魔法、そして夜陰に乗じた急襲により旧王都は陥落、国王と王妃も命を落とす。


 残された王子は、当時騎士団長だったアーロンや、たまたま旅の途中で王都に居合わせたリチャードらとともに落ち延びた。


 その後、彼ら旧王国軍は、多くの人々に助けられ、共に戦うことになる。

 中でも、大きな力となったと言われる三人の人物がいた。


 現在のリーフ傭兵隊の基礎を作ったと言われる、後の旧王国軍三番隊隊長、『傭兵王』エドガー・アヴァロン。

 反乱を起こした貴族と対立していた大貴族であり、現在のリーフ公国の元首でもある、ヴェルティス公テオドール・シェリング公爵。

 そして、かつては王国の国政にも参加していたこともある旧王国軍軍師、『天魔軍師』バーナード・ソーンダイク。


 彼らを中心に、旧王国軍は九つの大隊を編成、反乱軍と戦うことになるのだが――。


「反乱軍には強い力を持つ黒幕がいた、と言われています」

「黒幕……ですか?」

「そうです。私たちのような内乱に参加していない者には……いえ、一般兵士の皆さんにも明らかにはされていないようなのですが……」

「敵には魔族もいたという話は聞きましたが……」

 魔族とは、アルトたちの住むこの世界とは別の世界の住人、その中でも特に高い知能や強い魔力を持った者たちの事を指す。多くは魔法によりこの世界に喚び出され、主に戦いのための援軍として利用されている。


「ええ。しかし、反乱を起こした貴族たちに魔族を喚び出すほどの力があったのかは疑問とされています。最後の戦いがかなり激しいものとなり、旧王国軍から多くの犠牲が出たのも、他に力を貸す者がいたからではないかと。まあ、あくまでもそれは噂ですが」

 再び旧王都を舞台とした二年前の最終決戦。旧王国軍はそこでからくも勝利を収めるものの、王子や七人の大隊長をはじめとして多くの犠牲を出すこととなった。


「王子も……亡くなられたんですか?」

「ええ。一連の戦いで旧王都も壊滅状態となってしまいました。そこで、シェリング公爵を新たな君主として、首都もそのお膝元である、ここヴェルティス……その時に改名されたヴェルリーフに移されました。そしてリーフ公国は再び歴史を刻み始めた、というわけです。」

「そう……ですか」

 アルトは言葉少なに呟くと、視線を伏せる。戦没者の中には彼の祖父も含まれているのだ。


 そんなアルトに気を使ったのか、コーデリアは、そしてカリナもしばし話を止め、彼を見守るかのように静かに視線を送り続けていた。

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