第11話 辺境の村プレア
「カリナちゃん、キースさんたちは?」
「村長の家に挨拶に行ってるよ。コーデリアさんも行こ? ああ、アルトはうちに帰っていいよ。泊まりの準備もあるだろうし」
ようやくたどり着いたプレア村の入り口近くで、アルトとコーデリアは二人を待っていたカリナと合流した。
「いや、俺も行くよ。村長たちに報告しなければいけない事があるんだ」
「うん、わかった」
そういうとカリナは、先頭を切って村の広場に向かった。
プレア村の村長は、カリナの家族が引っ越した六年前から変わっていない。村長の家もカリナが覚えている通りだ。
「でもアルト……ここの村も、寂しくなったね」
しかし、そこに至るまでの町並みは、カリナにとって昔通りではなかったのだ。
「アルトたちを待っている間に、昔住んでた家に行ってみたんだけどさあ……」
「うん……」
「私の家も、ディアスの宿屋も、なくなっちゃったんだね」
ここ数年の間、カリナの家族と同じように、多くの村人たちが去って行った。
初めのうちは、人の住まなくなった家は取り壊されていたのだが、残されたものが少なくなるにつれて、そのまま放置されるようになった。
今、アルトたちが歩いている通りもそうだ。家々の中に、手入れのされていない家や、かつては家の建てられていた更地が目立つ。
「ん……」
「ねぇアルト、ちょっと、聞いてる?」
先ほどのコーデリアの話があったとはいえ、やはり完全には不安を拭いきれない。話しかけてくるカリナに対して、ついつい生返事を返してしまう。
「さっきから様子が変だよ? もしかして……森でコーデリアさんと何かあったの?」
「「えっ?」」
その言葉に、アルトだけでなくコーデリアまでもが、不意を突かれたような反応を返す。
互いの反応に、二人は顔を見合わせると、すぐに目をそらす。その頬はどちらも、少しばかりとはいえ赤く染まっていた。
「ちょ、ちょっと、何っ? ほんとに何かあったの!?」
アルトが思い出したのは、あの抱擁だ。といっても、実際には恐怖にかられて互いに縋り付いてしまっただけなのだが。
「だ、大丈夫よ。カリナちゃんが考えているようなことはなかったから……ねえ、アルトさん」
「ああ、うん。と、とにかく、村長の家で全部話すから」
コーデリアの言う、カリナが考えていることというのはアルトにはよくわからなかったのだが。うまく言い訳もできず、コーデリアの呼び掛けに肯定の返事を返すことしかできない。
その言葉だけでは不満だったか、カリナはしばらくアルトの方を睨みながら何かぶつぶつ言っていた。
そんなことをしているうちに、三人は通りを抜けて村の中心となる広場に入った。村長の家も、この広場の周りにある。
「おお、無事だったか。傭兵隊のお二方も来ているぞ」
玄関で村長がアルトたちを迎える。もうすでに初老といえる年齢の、小柄な男だ。
「よく傭兵隊の方々を連れてきてくれたな。最近では、祭りも近付いているというのに森に入れないので、皆の不満が溜まってきたところじゃった」
「そうですか……それは、不幸中の幸い……といったところです」
「何じゃ? 何かあったのか?」
アルトが幸い、といったのはもちろん、村人たちが森に入っていないことについてだ。
とはいえ、誤解を招く言い方であったのは確かで、村長の顔には怪訝そうな表情が浮かんでいた。
「まずは、傭兵隊の二人のところへ。詳しい話は、そこでします」
◇
「と、いうわけで……今回の異変の原因は、そのルビー・ドラゴンだと思われます」
アルトの話が終わると、いつ終わるともしれぬ沈黙が訪れた。
今、村長宅の客間には、主である村長の他、四人の傭兵たちがいた。
村に滞在中は、傭兵たちはアルトの暮らすソーンダイク邸を宿とする予定だった。しかし、家人不在では勝手に使うわけにもいかない。アルトたちが来るまで、キースとクロードは村長宅で待機していた。
さすがに彼らも、驚きですぐには言葉が出せないようだった。
「何にせよ、ですな」
どれほど時間がたっただろうか。一同を見回しながら静寂を破ったのはキースだった。
「依頼を受けた以上、仕事は最後まで遂行します。たとえドラゴンが相手でも」
キースの言葉に、村長が安堵の声を漏らす。
「そこで、具体的な対策ですが……」
そこまで話したところで、キースはアルトに目を向ける。
「それならまず、家の書庫に来ませんか? ドラゴンについて書かれた本もあったはずです」
巨漢の言葉を引き継ぐように、アルトは答えた。
◆
「と、いうわけだ。リチャードに連絡を。それから、他にも戦える連中をかき集めて……」
ソーンダイク邸に向かう道すがら、キースは右手に握りしめた水晶玉に話しかけている。
「何、リチャードの奴、また行方不明だと? 他の副隊長連中はどうした」
これは、
◇
「やれやれ、連絡はしておいたが、人手が集まるまで時間がかかりそうだ。それまでわしらで何とかするしかあるまい」
しばらく話した後、キースは通信玉を懐にしまい込むと、後ろを歩いている四人に顔を向けた。
「村長の前ではああ言ったものの、相手が中級龍族となるとな。今の傭兵隊では、まともに戦えるものはリチャードぐらいじゃないか」
「しかしキース、敵は空も飛ぶし、火も吐いてくるぞ。リチャードでも難しいんじゃないか。せめて、ブライアンかホルツがいればな」
それに答えたのはクロードだった。内乱終結からしばらくして傭兵隊に加わったコーデリアやカリナは、隊の構成員について知らないことも多いのだ。
しかし、クロードの口にした名は、わずかにだがアルトの記憶に残っている。確か、先の動乱で命を落とした大隊長の名だったはず。
「……否定はせんが、もういない奴らのことを言っても仕方あるまい。それより、リチャードの奴は以前、ドラゴンと戦ったと言っていたぞ」
「とはいえ、あいつはまた、どこにいるかわからなくなったんだろう?」
「ああ、奴さんの放浪癖にも困ったものだ」
余談であるが、通信玉を使うためには、使用者自身の魔力が必要となる。
そのため、リチャードは通信玉を使えない。
よく彼に同行しているノーラは、魔法こそ一種類のみ使えるが、それは生きてゆくためにやむなく身につけたようなもの。正式に魔力や魔法の使い方を学んだわけではなく、本人にそんな気もないので、やはり通信玉は使えない。
それゆえに、傭兵隊最強の戦士が肝心な時に捕まらない、というのは実はよくある話なのである。
しばらくの間キースとクロードは、ドラゴンへの対策についてああだこうだと話し合っていた。
ソーンダイク邸に向け歩くうちに、道沿いに建つ家の数も徐々に少なくなる。
「あっ、見えてきたよ、アルトの家!」
前方に鎮座する村で一番大きな建物を指差し、カリナがアルトを呼んだ。
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