第4話 もう一人の幼馴染
「ごめんね、アルト。久しぶりだったから、つい」
「もう、カリナちゃん。あなたも子供の頃とは違うんだから、気を付けないと」
「うん。コーデリアさん、ありがとう。ほら、アルトもちゃんとお礼言って」
「あ、ああ……ありがとうございました」
もとはと言えば全部カリナのせいじゃないか。そう思うものの、アルトはコーデリアへの礼を優先する。
「どういたしまして。それよりも……二人とも、お知り合いだったの?」
アルトと、その隣の席に腰を下ろしたカリナの顔を見比べながら、コーデリアはどちらにともなく問いかける。
「うん! 子供の頃は同じ村に住んでたの!」
「へぇ……じゃあ、幼馴染みたいなものね」
「でも、会ったのは四年、いや五年ぶりかな」
どう答えようかとアルトが考えているうちに、カリナが勝手に話を進めていた。
「いや、たぶん六年ぶりだと……」
「いいの。そんな細かいことは! せっかく久しぶりに会えたんだから、もっと楽しい話をしようよ」
そう言いながらカリナは、横からバシバシとアルトの背中を叩いてくる。
「あ痛っ!? 昔から変わってないな。カリナは……」
「それで、アルトは何で傭兵隊に来たの?」
「仕事の依頼だよ。村の方で色々あったんだ」
「ふうん……ここにはよく依頼に来るの?」
幼馴染の瞳には、何かを期待するような輝きが宿っていた。
「いや、今回が初めてだ」
「じゃあ、町の方には?」
「こっちまではほとんど出てこられないよ。今回だって、村から五日近くかかったんだから」
彼女がどんな返事を期待しているのか。それがよくわからないまま、アルトは淡々と答えを返す。
「そっか……ヴェルリーフによく来てるわけじゃないんだね」
カリナの表情から期待の色が消え、急にがっかりとしたものへと変化した。子供の頃から喜怒哀楽が激しかったのだが、それは今でも変わっていないらしい。
「それじゃあ、お爺様ともあんまり会えなかったんじゃない?」
「あんまり、と言うか……俺も四、五年は会っていなかったんだ。お爺様の方も色々と忙しかったみたいだしね……」
言葉少なに、その声に答える。できれば、他人の前で祖父の話はしたくないのだが、この場で口止めとかそんなことの通じる相手ではない。他の人間に気付かれないように合図を送っても、まず当のカリナがそれに気付かないのだ。少なくとも、アルトの知る子供の頃のカリナはそういう相手だった。
「私も、隊に入ったのはあの内乱が終わってからだったから、結局会えなかったんだよねぇ……」
子供の頃にはほとんど見せることのなかった遠い目をして、カリナは続ける。
「もう一度会いたかったなあ」
「う、うん……」
「ねえカリナちゃん、そのお爺様って……」
ここまでの話で思い当たることがあったのか、コーデリアが横から声を掛けてきた。
幼馴染の再会に気を使ってか、しばらく口を挟まなかったようだが、さすがに聞き捨てならないことがあったらしい。
あの肖像画の中で、お爺様と呼ばれ得る人物は二人。しかしそのうち一人は存命で、しかもこの傭兵隊本部にいる。さらに、カリナの出身の村について、コーデリアは聞いたことがあった。
先ほどのアルトの様子も考え合わせれば、「お爺様」の正体を推測するのは難しくない。
とはいえ、それはそれで傭兵隊にとっては大ごとになりかねないのである。
「もちろん、あの『天魔軍師』バーナード・ソーンダイク様よ! アルトはバーナード様の、自慢の孫だったんだから!」
まるでカリナ自身もアルトのことを自慢するかのように、鳶色の瞳を輝かせて声を上げる。
「ま、待った! 声が大きい!」
思わず立ち上がり、アルトは制止の声を上げた。
しかし、時すでに遅し。もうすでにアルトたちは、周りの客から注目を浴びていた。それもこれも、先ほどからカリナがさんざん騒いでいたせいだ。
「ソーンダイク様の……」
「天魔軍師の……孫……?」
食堂や酒場も兼ねているメインホールに、ざわめきが広がってゆく。祖父の事は隠しておきたかったのに、あっという間にカリナに大ごとにされてしまった。
だからアルトは、昔からこの少女が苦手なのだ。見た目の方は少しばかり大人になったかもしれないけど、中身のほうは成長していないんじゃないか。ため息をつきながら、再び椅子に腰を下ろす。
「アルトさん、彼女の言ったこと……あなたがソーンダイク様のお孫さんというのは本当のことですか?」
カリナの話が信じられない、というわけでもないだろうが、さすがに簡単に聞き流すことはできなかったらしい。コーデリアまで、アルトの祖父のことを話題にしてきた。
「ええ……まあ……その通りです……」
さすがに嘘をつくわけにはいかない。しぶしぶコーデリアの言葉に頷く。
「ごめんなさい。ちょっと総隊長に報告してきます」
わずかな間、目を伏せて考え込むようなしぐさをしたのち、そう言い残してコーデリアは硬い表情で席を立った。
「あっ、ちょっと待っ……ぐえっ!?」
「ねえ、アルト!」
ホールの奥、総隊長の執務室の方へ向かうコーデリアを止めようとしたアルトだったが、逆にカリナに襟を引かれて引き止められる。
「痛いな! もう子供の頃とは違うんだから……」
「ああごめんごめん、それで……」
アルトの抗議を簡単に流し、カリナは妙な期待感に満ちた瞳で見つめてくる。
「アルトは今、村で何をしてるの?」
もはやコーデリアには追いつけそうにない。執務室にまで踏み込むわけにもいかないので、アルトは再び椅子に腰を下ろし、しばしカリナの話に付き合うことにした。
「今は狩人をやってる。肉だけじゃなくて、毛皮なんかも集めたりしてるな」
「狩人、かぁ……じゃあ、町まで獲物を売りに来たりしてるの?」
「いや、そのへんは村に来る商人の人たちに任せてる」
「それじゃあ、この後はもうこっちには来ないの?」
少しさびしげな雰囲気を纏い、首をわずかに傾けてカリナが訊ねてくる。
「傭兵隊に依頼しないといけないような問題なんて、そんなにあるもんか。今回は特別だよ」
幼馴染の真意を測りかね、アルトの表情はいぶかしげなものに変わる。
「別に仕事なんかなくても、遊びに来るだけでもいいんだよ」
「だから、そんな気軽に来られるような距離じゃないんだって」
彼女の考えていることはともかく、村からここまで片道でほぼ五日。護衛の仕事を兼ねていた今回はともかく、普通は旅費だって馬鹿にならないのだ。
「それより、カリナ……今、仕事中だったんじゃないのか?」
逆にカリナの方が心配になってきた。昼食時は過ぎたとはいえ、食堂も兼ねているメインホールにはまだまだ多くの人々がいる。傭兵たちだけではなく、明らかに一般市民と思われる人の姿も少なくない。なかには昼間から酒を飲んでいる人も。
「お客様のお相手も仕事のうちだよ。ちょっとくらいなら、大丈夫!」
「ほんとか……?」
アルトは半ばあきれたような声を上げた。そこでアルトの方からも、気になっていたことを尋ね返す。
「そういえば、カリナはここで働いているのか?」
「ん? ここでというか、私も傭兵だよ」
「傭兵? 給仕の仕事が?」
「違うよ! これは傭兵の仕事がないときだけだから! 仕事の時はちゃんと、敵と戦ったり、みんなを守ったりしてるよ!」
「戦う……?」
その言葉に、アルトは首をかしげる。
子供時代のカリナは、よく言えば天真爛漫で元気が良くて、悪く言えばがさつで、時に喧嘩っ早い、良くも悪くも男の子のような子供だった。
それでも、あの頃には誰かを守って戦えるほどの力は持っていなかったはずだ。
カリナが家族とともに村を離れて六年。徐々に大人へと近付くこの年になると、彼女にも色々なことがあったのだろう。
「私はね、村を離れた後、アールギランさまの神殿に通ってたんだよ」
「神殿?」
獣神アールギラン。
カリナが口にしたその名は、コーデリアの信仰する海神マールと同じく、十二神の一柱である。そういえば昔、カリナは神官になりたいと言っていたことがあった。
しかし、神殿に通っていたというならば、カリナの方も神授魔法を使えそうなものだが。一瞬そう思ったアルトだが、すぐにその考えを否定する。アルトも魔法のことはよく知らないが、もっと知的で繊細なもののはず。はっきりいって、カリナのイメージには似合わない。
「カリナは、魔法は使えないのか?」
「うん。私には魔力が足りないみたい。でもやっぱり、私には頭を使うより体を動かす方が向いてるのよね」
距離感は昔の、男とか女とかそんなことを意識しなかった頃のまま、成長した姿で体を寄せられ、アルトは思わず身を引いた。
しかしカリナは、そんなアルトの様子も気にせず言葉を続ける。
「獣神拳、使えるようになったんだ。だから、もうアルトと喧嘩しても負けないよ」
神々が信仰と引き換えに人間に授けたのは、神授魔法だけではない。
英知の神ラグナスは言語を、樹神ミリーサは農業の技術を人々に授けた。戦いにおいても同様に、剣神キルドールは閃刀術と呼ばれる剣技を伝えている。
ただし、神々が人の暮らしに干渉していたのは遥かな神代の話だ。今では、神官の祈りに応えて神授魔法に力を与える程度で、人間とは距離を置いている。
それは遥かな昔、人間が神に逆らい戦いを挑んだため。そんな言い伝えがあるが、正確なところを知るものはもはや存在しない。
カリナが自慢げに言う獣神拳も、獣神アールギランが人間に教えたといわれる徒手空拳の格闘術だ。それはアルトも聞いたことがある。ただ、実際に目にしたことはなかった。
「喧嘩って……。いまさらそんな事、しようとも思わないけどさ」
やっぱりカリナの中身の方は、子供の頃と変わっていないようだ。アルトの苦手意識が刺激され、心の中に苦く重たいものが広がる。
「それで、アルトはいつまでここにいるの?」
「依頼さえ済ませればすぐ帰るよ。村の方も心配だしな」
「そっか……じゃあ、もう会えないかもしれないんだ……」
カリナは不意にうつむき、しばらくの間ぶつぶつと口の中で呟いていた。それから意を決したかのように、顔を上げてアルトの方を見る。
「ね、ねぇ……アルト……もしよかったらアルトも傭兵隊に……」
アルトの知る、子供の頃の彼女からは想像のしがたい歯切れの悪い声。あの頃には、アルトの返事も聞かずに手や足を引っ張って外に連れ出されることも多かったのだが。
しかし、彼女の言葉の続きは、結局その時には口に出されることはなかった。
「お待たせしました。アルトさん」
メインホールの奥に向かったコーデリアが戻ってきたのだ。
「総隊長から、お話があるそうです」
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