第17話 傭兵隊へのいざない
夜の村には、明かりはほとんどなかった。
無数の星々を従えた月の明かりと、アルトの掲げるランタンだけが、村を貫く旧街道を照らしている。
春とはいえ、日が暮れるとこの高原の村はかなり冷え込む。外套を着込んだアルトは村の広場の見回りを終えて、ソーンダイク邸へ続く道を歩いていた。
すでに夕食も終わり、傭兵たちはソーンダイク邸の客間に引き上げているはずだ。もうすでに、眠りについている頃かもしれない。
自宅が近付いて、はたと気付いた。門のあたりが、妙に明るい。
太陽の輝きにも似た光が、ソーンダイク邸の門を照らしている。光の中では、瑠璃色の法衣を纏う神官がアルトを待っていた。
「お帰りなさい。アルトさん」
「ただ今戻りました、コーデリアさん。待っていてくれるにしても、家の中でよかったんですよ。寒かったでしょう」
「いいえ、大丈夫です」
アルトも、近づいて気付いた。
コーデリアの神授魔法だろうか。その光は明るさだけでなく、春の日差しにも似た暖かさを伴っている。
「見回りはどうでしたか?」
「家を失った人も、無事だった人のところに間借りしているようです。多少不自由とはいえ、しばらくは何とかやっていけそうですね」
「でも、大変ですね。いつも、こんなことをしてるんですか?」
「ええ、まあ」
それは、嘘である。
基本的に村人は、暗くなれば家に戻り眠りにつく。夜の見張りなど、よほどのことがない限り普段は行われない。
自己満足とわかってはいても、じっとしていられなかったのだ。
今回の一件では、不用意にドラゴンを傷つけて怒らせ、そのために村に大きな被害を出すことになった。
リチャードに槍を習おうとしたのも、それと同じ。
過ちを再び繰り返さないためには、もっと強くならなければいけない。
「アルトさん?」
ふと気付けば、黙り込んだアルトの顔をコーデリアがのぞきこんでいた。
「わっ、な、何です!?」
驚き、体を引くアルトに、コーデリアは柔らかな笑顔を向ける。
「このまま、少しだけお話しませんか?」
◇
「ノーラ! 起きて! 二人の様子がおかしいの!」
「なに……何なのよ、いきなり」
ソーンダイク邸の客間の一つに、カリナの叫びがこだまする。
ベッドの中で眠りにつきかけたところをたたき起こされたノーラは、不機嫌な声をカリナにぶつけた。
カリナに手招きされて窓から下を見れば、門の内側に、魔法の明かりに照らされたアルトとコーデリアの姿が見える。
「外に行くよっ!」
「ちょっとちょっと、引っ張んな! 痛いって!」
腕を引かれたノーラが、声を抑えながらも抗議する。
カリナはそれを聞きもせずに階段を駆け下り、玄関へと走った。ノーラもしぶしぶその後を追いかける。
「落ち着きなって。慌てると、二人に見つかるよ」
焦るカリナを押さえると、ノーラは静かに玄関の扉を開いた。最小限だけ扉を開くと、そこから滑り出すように外に出る。
ここから門に至るまでの前庭は、小さな家ならすっぽり入るぐらいの広さがある。コーデリアの魔法の光が届かないため、今のところは姿を見られずにすんでいた。
しかし、二人の声もまた聞こえない。
「駄目、何言ってるかわからない。もっと近づかないと。ノーラ、力を貸して」
「ちょ、待てってば! だいたい、あたしの魔法は盗み聞きに使うものじゃないんだから」
前庭には、身を隠すようなところは何もない。声が聞こえるところまで近づけば、たちまち二人に見つかってしまうだろう。
「まったく……そんな痴情のもつれみたいなのに、あたしを巻き込むなよ」
ノーラは呆れた声で愚痴をこぼす。
「ち、痴情って……そんなんじゃ……そんなんじゃ……」
「はあ……しょうがないなあ」
ため息とともにノーラの手が伸び、その指がカリナの額に触れた。
「これじゃ、足りないか……」
「ノーラ……?」
冷たいその指が、体だけでなく心にまで触れてきたような、そんな気がしてカリナは戸惑う。
「もとはいえば、あんたが悪いんだからね」
そういうと、ノーラはカリナの目を覗き込むように顔を近づけてきた。
「自分の男を取られるのが怖いかい? コーデリアのものになるのが怖いかい? もう会えなくなるのが怖いかい?」
ノーラは、急に恐怖を煽るような言葉を繰り返し始めた。
「えっ? えっ?」
急に雰囲気の変わったノーラから身を引こうとするが、その指はカリナの額を離れない。その言葉と振る舞いが、心の中の不安を恐怖に変えてゆくのを感じた。
「こんなもんか……それじゃ、あんたの恐怖、使わせてもらうよ……」
その言葉と共に、湧き上がった恐怖が急速に消えてゆく。いや、まるでノーラの指に吸い取られるような、そんな感触があった。
そして、二人の少女の姿は、闇に溶けるように消え始めた。
「落ち着いた? なら、静かに行くよ。私の魔法じゃ、音までは消せないからね」
先ほどとは逆に、ノーラに手を引かれ、足音を立てないようにしながらアルトたちに近付く。
いつしか恐怖は消えていた。そして、恐怖に塗りつぶされた不安も。カリナは何だか、心が軽くなった気がした。
-傭兵隊に来ませんか-
かすかに、そんな声が聞こえた。
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