龍を食べる

日月中

龍を食べる

 私は所謂浮浪者である。

 金もなく、家もなく、家族もなく、先もない。

 今日は特にやりたいこともないので、高架下をぷらぷらと歩いては川を眺めている。

 ただ腹はどうしても空くので、川で魚でも釣ることにした。まあ、こんな汚い川、外来種のザリガニや鯉しかいないだろうが。この際、腹の足しになればなんでもよい。中毒を起こしたら、それまでだ。

 なんとなく釣れそうな場所に行き、よいしょと座った。そして気づいた。釣ろうにしても、竿と餌がない。

 どうしようかと悩んだ末、ブルーシートの小屋にあった小瓶に、私のズボンを腰からずり落ちないようにしてくれていたなんのかわからない紐をくくりつけて川の中に放った。

 しばらく何も釣れず、居眠っていたが、小瓶がふよふよと流れていく感覚がして目が覚めた。慌てて引き寄せ、川から上げる。

 何かが釣れている。まさかこんなやり方で釣れるとは。

 私はブルーシートの小屋に急いで戻り、小瓶の中身を盥にぶちまけた。泥とともに出てきたのは、魚でもなく、ザリガニでもなかった。細長いなにか。うねうねと、盥の中でのたうちまわっている。泥鰌にしてはどこか細すぎる。うなぎ?こんな川で釣れるはずがない。

 よく洗ってみれば、何かわかるかもしれない。私は盥を持って近くの公園に向かった。早朝なので、人っ子一人おらず静かだった。

 水飲み場の蛇口をひねり、盥に水を満たす。半分ほど溜めて、私はそのうねうねを手で洗った。

 触ってみて、発見があった。このうねうねには“鱗”がある。さらに洗っていくと、うねうねが白い体をしていることがわかった。

 蛇。そう思ったが、違う。

 うねうねには、細長い髭が二本と、ふたつの

でっぱりがあった。

「龍だ」

そう私は呟いた。

すると、

「龍だとも」

返す声があった。

私は驚いて、びえっと情けない声を出して後ろに倒れた。

声は、確かに私の手の中から聞こえた。私の手の中の龍が、喋ったのだ。

私は再び盥の中を覗く。やはり中には白い龍がいた。そして私はおそるおそる話しかけてみた。

「・・・・・・本当に龍なのですか?」

 これで返す声がなかったら、幻聴である。

「如何にも。我は地球最後の龍である」

幻聴ではなかった。

「其方、我を食べようと捕まえたのか?」

「え、ええ。でも、龍だなんて思いもしませんでした」

「良い。食べろ」

驚くことに、龍は私に食べられることを望んだ。逃してくれないかと言われると思っていたので、私は少し心配になった。地球最後の龍なのだから、食べてしまっては絶滅してしまうと思ったからだ。その旨を述べると、龍はこう言った。

「番もおらぬ龍が一匹生き残っていても、なんの意味のなかろう。潔く、死に絶えたいのだ」

こう言われてしまっては、断れなかった。どうしてだかこの龍の望みを叶えてやりたい。そう思えてきた。

 ついに私はこの地球最後の龍を食べることにした。

 龍は己を、「鮎を焼くが如く丸焼きにするが良い」と言ったので、そこらへんのちょうどいい長さの枝を使い、串刺しにした。串刺しにした時点では龍はまだ生きており、痛みで暴れるのではないかと思ったが、龍はまったく冷静で、「焼いていればそのうち死ぬ。放っておけ」と言った。

 私は火を起こして、串刺しにした龍を焼いた。

 焼いていると、とても香ばしい匂いが漂ってきた。龍ももの言わなくなったので、きっと死んだのだろう。良い頃合いであろうと思い、私は龍の丸焼きを火から取り出した。

 不謹慎であるのだろうが言わせてもらおう。ものすごく美味しそうである。

 「いただきます」

 私はそう言って、龍の丸焼きを口に運んだ。

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龍を食べる 日月中 @atsuki_05

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