第二章 転生初心者の勘違い

「ふ、ふふふ、ふふふふふふふふふ……」

 止まらない。笑いを堪えることができない。自分が特別な存在になれたような気がして優越感に浸っていた。異世界に転生するなんて誰もができることではないだろう。オレは選ばれたのだ、と。

 腕を前に出し、指先に意識を集中させる。異世界に来たならまず、あれをやらなければ始まらない。

「サラマンデルフレア!」

 オレは叫んだ。元の世界でこんなことをすれば、頭がイカレているのではないかと心配されるかもしれないが、ここは異世界。それならば、魔法という概念がある筈。オレにだって何もないところから炎の玉をつくって、それを飛ばすことができる筈なのである。名称は好きなゲームに出てくる魔法の名前を引用したのだけれど、それと似たようなことがオレにもできると思っていた。


 しーん……。


「……あ、あれ? なにも起こらないぞ……? やり方が違ったのか? ……も、もう一回! サラマンデルフレアっ!」

 頭の中で炎を強く、強くイメージする。できると信じて、念を手先に送り続ける。こうすることで火の玉が出現し――


 しーん…………。


「……っ。サラマンデルフレア……! サラマンデルフレア……っ! サラマンデルフレア! サラマンデルフレアッ! サラマンデル――」

 いくらやっても結果は同じ。ポーズを変えても、発音を変えても、どんなに指先に集中させても火の玉は出現しなかった。

「あ、あはは……。まだ覚えてないだけだよな! それにオレは火の属性って感じじゃないし……! そ、そうだよ! オレっぽいイメージの魔法じゃないと使えるわけがないって!」

 オレは万能ではなかったらしい。異世界に転生する小説やマンガでは全てを使いこなせる万能タイプになる主人公と、一つのことに長けた一点突破型になる主人公がいる。万能タイプの方が色々とできることが多く、異世界で生きていくのに不自由しなさそうだったので、これに外れたことは少しショックだった。

 オレは一点突破型なのだろう。万能タイプの方がよかったが、だからといって一点突破型が悪いわけではない。その長けているものに限れば万能タイプを上回ることができるということだ。それだけで無双の強さを誇れるものも存在している。

 今度は炎ではなく、水の玉をつくって飛ばそうと試みる。頭の中に水を強くイメージして意識を高める。

「アンディーンアクア!」


 しーん………………。


 しかし、何も起こらない。唱えた言葉が空しく空の彼方へと消えていった。

「アリエルウィンド! グノームアース! エンジェルライト! デビルダーク……!」

 火や水だけでなく、風、地、光、闇といった他の属性の魔法も試してみる。ところが、芳しい成果は得られない。どれをやっても反応はなかった。

「……っ! ま、まだだ! よく考えてみたら攻撃魔法がダメなのかもしれない……! サポート魔法ならきっと……っ!」

 なんでもいいから発動してくれ、それだけだった。折角異世界に来たのに魔法が使えないなんて考えたくなかった。思いつく限りやってみる。だが……。

「オフェンスライズ! ディフェンスライズ! マジックライズ! メンタルライズ! クイックライズ!」

 バフ系の魔法。

「オフフェンスフォール! ディフェンスフォール! マジックフォール! メンタルフォール! クイックフォール!」

 デバフ系の魔法。

「コンフュージョン! スリープ! パラライズ! バインド! ポイズン! シール!」

 状態異常付加の魔法。

「アンチコンフュ! アンチスリープ! アンチパラス! アンチバインド! アンチポイズン! アンチシール!」

 状態異常の回復魔法。

「ひ、ヒール……!」

 体力の回復魔法。


 ひゅぅぅぅぅ……………………っ。


 冷たい風が通り抜けていく。魔法が発動した形跡はこれっぽちもない。相手がいないのでデバフ系の魔法と状態異常を付加する魔法は使えたかどうか判断のしようがないが、魔力が消費されたとか、精神的な疲れが出たとか、そんな感じはなかった。ただただ立ち尽くしてしまう。

 オレには魔法が使えなかった。

「あ、あははははは。魔法、使えなかったかぁ、オレ! ……って、嘘だろ!? 魔法が使えないって、異世界に来た醍醐味が一つなくなるんですけど……っ!? 魔法がない状態で転生したオレは強いのか、これ!?」

 小説やマンガでは異世界に転生した主人公は最強になると相場が決まっている。これでオレは強くなれているのか不安になった。


 考えられる可能性は二つ。そもそも魔法なんて存在していない世界なのか。それとも、オレが魔法以外で強くなっているのか。自分の手を見詰める。

 特別な力、スキルが備わったのかもしれない。オレは近くにあった木を力の限りに殴りつけてみた。魔法でないならパワーが強化されているのではないかと考えたからだ。しかし――


――パキッ


「あいっつ……! いってぇェェェェッ!」

 幹はびくともせず、反対にオレの骨が鳴った。痛くて手を払い、フー、フーと息を吹きかける。折れてはいないみたいだが、力はついていなかった。おまけに傷がすぐに治る再生能力がないことも判明してしまう。オレはジンジンと痛む手の甲を抱えながら、暫くの間悶え苦しんでいた。

 体力が上がったわけでもない。魔法も使えない。こんな状態でどうやって異世界に送られた意義を見出せというのか。暗雲が立ち込めてくる。

「い、いや……、多分、レベルが足りないんだ。レベルを上げれば魔法を使えるようになるよ、な……? うん、きっとそうだ。異世界に来てまだ初日だし、まだ焦る時間じゃない……っ」

 涙が出そうになるのをぐっと堪える。そう信じないとやっていけそうになかった。震える声で大丈夫だと自分に言い聞かす。


 失望するのはまだ早い。オレにはやれることがまだ残っていた。

 この世界をゲームと同じように考えるなら、レベルという概念があるのではないか。レベルを上げるといえばスライムを倒すのが定石だろう。まだ自分の力でどのくらい通用するのかわからないのだから、一番弱い敵とされることの多いスライムを倒すことで経験値を稼ぐのが安全牌であると考えた。レベルを上げれば、なれる筈だ。小説やマンガの主人公のような、最強の力を持った存在に。

 早速、スライム探しを開始した。その傍らでダンジョンの探索もしてしまおう。どうせ動き回らなければならないのだからレベル上げもアイテム探しも同時にやってしまえば時間の短縮になる。今はこの刀以外何も持っていないので、どんなものを拾っても探す時間が無駄になることはない。この刀では重すぎて戦闘になった時不利になるため、武器を拾ったとしても儲け物なのだ。

 ここから見渡せる範囲にあるのはこの広い草原と湖、それと洞穴。一番何かありそうなのは洞穴だ。他の二つより難易度も高そうだが、お宝が眠っているとしたらここだろう。そう目星をつけて、オレは洞穴へ向かった、のだが……。

「うわっ、暗っ! これじゃ中を調べられないよ……!」

 中は真っ暗だった。どうにかしてこの中を進めないものかと考える。ポケットをまさぐるとスマホが入っていた。嬉々として取り出して、暗闇を照らそうとするも、バッテリーの残量が十パーセントを切っていた。

「……あ。残量、あんまり気にしてなかった……」

 オレにはスマホを常に使える状態に保っておくという習慣がなかった。働いていないので重要なメッセージが送られてくることがなかったのだ。それに連絡をくれる友だちもいないし……。そんなわけで、スマホは今、風前の灯火だったのである。

 このまま進んでいって、もし途中で電池が切れようものなら大変なことになる。何も見えないなか、モンスターに遭遇してしまったら、わけもわからないうちに死ぬことだってあり得るのだ。異世界に来て早々、殺されては転生した意味がない。オレは洞穴の調査を断念した。


 草原や湖の周りを一通り見て回ったのだが、使えそうなものは落ちていなかった。そのため、アイテムの入手は後回しにし、スライムを探すことに専念した。

 しかし、これがなかなか見つからない。早く強力なスキルか魔法を習得したいという思いが気持ちを焦らせる。もうこの際、レベルを上げられるのなら何でもいい。そう計画を変更して捜索を続けるも、一体も出てきてはくれなかった。敵がいないのだから、レベルを上げることも叶わない。

 なんて平和なのだろう。平和なのはいいことだ。けれど、今はそれがとてももどかしく思えた。

 諦めきれず、モンスターを探し求めた。その時だった。


「グウァシャウァヴォウァシャァアアアアアアアアアッッッ!」


 三度、けたたましく響くドラゴンの雄叫び。こうなったらドラゴンでもやってしまうか、などという発想に到達する。スライムがいなかったことにイライラしていたということもあったし、これだけ敵がいないのだから意外にもドラゴンは倒せる相手なのかもしれない、と思えてきたからだ。それならさくっと倒して経験値を頂いてしまおう。

 ドシン、ドシン、ドシンッ!

 巨大な生物が地面を踏みつける。音がする方にオレは武器を構えた。

 大きな木。その陰から姿を現したのはドラゴンではなかった。闘牛の頭とムキムキの人の身体、そして大きな斧を持っている、ドラゴンよりは小さくても人と比べると二、三倍の大きさがある生物、ミノタウロス。さっき探した時にはいなかったのに、一体どこにいたのか。

 ミノタウロスはその大きさからわかる通り、ゲームでは序盤で戦うようなモンスターではない。勝てるだろうか。そんなことを思いながら刀の柄を強く握り直した瞬間――


――バクンッ!


 ミノタウロスが消えた。いや、食われたのだ。ドラゴンに。

「――ッ!?」

 一飲みだった。

「まさか――」

 ここら一帯にモンスターがいない理由を、オレはやっと理解した。


――みんな、コイツに食われたんだ! だからなにも見つけられなかったのか……ッ!――


 こんなのに勝てるわけがない。オレは逃げた。慌てふためいて逃げ出した。刀の重さも忘れるほど頭の中はパニックで。けれど、音を出さないよう、これ以上ないまでに注意を払っていた。


 安心したかった。安全がほしかった。だから、オレは街を目指した。

「ぜぃ……、はぁ、ああー……っ。お、落ち着ける場所で、や、休みたい……!」

 またいつドラゴンに襲われるかもわからない。こんな緊張の下に何時間も置かれては神経がすり減ってしまう。命がいくつあっても足りないと感じさせられるくらいに。しかも、日は傾きかけている。夜、こんな灯りのない場所でドラゴンと出くわすなんてことになっては一溜りもない。この場所はあまりにも危険だった。

 とはいえ、当然といえば当然、この世界に来たばかりのオレに土地勘なんてものはあるわけがない。完全に道に迷ってしまった。右を見ても左を見ても、あるのは所々に生えている木と草が茂っているだけの光景。それでも歩く他に方法はなかった。


 オレは歩き続けた。重い刀を杖代わりにして。そうしなければ前に進めないほど参っていた。体力のなさを痛感する。唸り声も上げていて、まるでゾンビのようだった。

 それにしても、ここまでへとへとになると、この刀の重さが恨めしくなってくる。

「ああー、ほかりてぇぇ……。けど、やっぱ持ってなきゃいけないよなぁ……。いざって時、手元になかったら困るだろうし。……でも、重いなぁーーっ!」

 何故、オレはこんな重たい刀を運んでいるのだろうと疑問に思う。重すぎて非常に扱いにくく、敵を斬るという本来の用途では役に立ちそうもないこの刀を。今、敵が飛び出してきたとしても、これでは対処できない。むしろ、捨てて身軽になった方が断然助かる確率が上がるのではなかろうか。けれど、手放すことはできなかった。こんなものでもほかってしまえばオレは丸腰になってしまう。異世界という安全が確立されていない空間にいる以上、これは持っておくべきなのだ。いつ襲われてもおかしくないのだし、武器があることで心の負担を減らせられる。この刀は精神的支柱の役目を担っていた。もし、この刀がなかったら不安に駆られて、とっくに精神を病んでいたことだろう。それくらい、この武器があるということの意味は大きかった。

 今の自分には合わないとはいえ、いつかは使える日が来ることだって考えられる。それに、この刀は石から変形したもので、何かしらの特別な力が備わっている可能性もある。それらを考慮すると、とっておいて損はないのではないか。


 オレは歩き続けた。背の低い草を踏みつけながら。そして、オレは草が生えていない地面を発見した。それは一定の幅を保ったまま左右に伸びていた。間違いない。道だ。これに沿って行けば必ず街に辿り着ける筈だ。問題は、どちらに向かうか。

 悩んだ末にオレは右を選択した。大した理由はない。ただ、左へ行った先がUターンをするような形になっていたので、これまで歩いてきた距離と時間が無駄になってしまうと感じたからだ。

 目には見えないけれど、街はある。もう少しの辛抱だ。そう信じて、オレは気持ちを奮い立たせて残った力を振り絞り、歩を進めていった。

 無心で、只管無心で足を動かす。道だけを見て。街までが遠いことを実感しないように。それを認識してしまうと、どっと疲れて足が上がらなくなりそうだったから。


 街を目指すことにしてからどれくらいの時間が経ち、どれくらいの距離を歩いたことだろう。不意に視界に入ってきた土ではない質の地面。それは大きな橋だった。顔を上げる。


「……あ、ああ、やっと……、やっと着いた……っ!」


 この世界に来て、初めて目にする人の手で造られた物。レンガ造りの橋と、これまたレンガが積み上げられて造られた高い塀。塀の周りは大きな堀に囲まれていて、橋を渡った先には立派な門。

 塀の中に入ろうとして立ち止まる。武器を持っていても入れるのだろうかと、ふと思ったのだ。しっかりと仕舞っていれば問題はないだろうが、この刀は鞘がなく、刀身が剥き出しになっている。これでは通り魔か何かだと思われて入る前に捕まってしまうかもしれない。オレは刀を隠すことを考えた。


 少し離れて、どこかに最適な隠し場所はないかと周辺を調べた。そこで、オレは塀の向こう、奥の一番高いところに豪華絢爛な西洋風の城らしき建物があることを視認した。塀から城までの距離がやたらと遠い。それでも建物は城であるとわかる大きさだった。規模の大きさが垣間見える。きっと城下町なんかもあったりするのだろう。だったら尚のこと、あのまま入らなくてよかった。不審者扱いされてしまったら、そこには行けなくなっていた筈だから。

 視線を塀の外に移すと近くに林を発見する。人はあまり立ち入っていなさそうな林だ。

 オレは林の入口へ向かい、木の陰に刀を忍ばせようとした。ところが、その奥からざわざわするものを感じ取る。誰かいるのだろうか。注意して目を凝らして見るも、その正体を掴めない。声をかけても返事はなく、不気味さを覚える。探すのは躊躇いがあった。

 武器を隠して城下町に入ろうと思っていたのだが、立て掛けておくだけでは不用心すぎる。奪われる恐れがあった。人かどうかは定かでないが、何かの気配はするのだ。だがら、刀は入口付近にある大きな木の根元に穴を掘って埋めることにした。土を掘ったり被せたりするところを誰にも見られないよう警戒を怠らなければ掘り起こされる心配は低くなる。後は落ち葉でカモフラージュすれば武器を失うことはないだろう。


 刀を隠し終えたオレは橋を渡る。門番なのか、武装した人たちが左右に一人ずつ立っていたが、止められることなく通過する。無事に門を潜ることができた。

 塀を越えた先、そこはまさしく――


――ファンタジーの世界。


「お、おおーーー……っ!」

 思わず感嘆の声が漏れる。入ってすぐ目に飛び込んできたのは丸い形をした広場のような場所。石畳でできた地面、中央には水瓶を手にした女性を象った像と一体になっている大きな噴水、円をつくるように並べられた数多くの店。掲げられた看板には見たこともない文字が記されている。看板に描かれた絵からここにはアイテムの市場や武器屋、防具屋、薬屋があることがわかる。他にも色々あったが、何を取り扱っている店なのか判断はつかなかった。

 広場には噴水を中心として九十度ずつの角度にそれぞれ通路がある。他のところも見て回りたかったけれど、オレは暫くの間この場所に留まっていた。動くことなんてできなかった。


――エルフにドワーフに獣人に妖精。


 彼らのような人間に近いファンタジーの生き物を生で見られたことに、オレは感極まっていたのだ。

「ほ、本当に転生したんだな、オレ……! よ、よーし、あの人たちと仲良くなりたいな……っ!」

 ファンタジーの世界に来たのだ。折角なら、転生する前には絶対に叶わなかったことを体験してみたい。エルフのお姉さんやケモ耳少女とお近づきになりたい。そう望むのはファンタジーを愛する紳士なら正常な思考ではないだろうか。今、オレはそれが実現できる立場にいる。

 ……それなのに、オレというやつはこんな絶好の機会を取り逃がしていた。


「……っ、……っ!」


 対人恐怖症とコミュニケーション障害。話しかけることはおろか、目を合わせることすら叶わない。それがオレの悲しい実情だった。

「……くそぅ。ここまで来てこんな体たらくでどうすんだよ……っ」

 すぐ近くにいるのに姿も見られないなんて、これでは元の世界でイラストを検索していた時の方がよっぽど充実していたではないか。自分の精神状態が悪い所為で異世界に来た大きな利点を失ってしまった。治ればいいのだが、そう簡単に治るなら元の世界で死ぬことはなかった。人生に悲観することはなく、元いた世界でどうにか生きていた筈だ。それができなかったからこの異世界に来ているわけで……。

 空を見上げると、月が顔を出していた。日が沈む前にこの街に来れたのはよかったが、夜の訪れが街の賑わいを閑散とさせたため寂しさを煽られる。今日はもう、宿屋を探して寝てしまおう。


 泊まる場所を探していると、どこからかいい匂いが鼻孔を擽ってくる。食べ物の匂いだ。それにつられて腹の虫が鳴った。こっちに来てから何も口にしていなかったことを思い出す。身体が求めている。涎が止まらない。その匂いのする方へ導かれていく。

 行き着いたのは裏の狭い路地にある店。その前に誰かが立っていた。少しつり気味の目、長い睫毛、整った眉毛、スーッと通った鼻梁、ふっくらした唇、そして、尖った長い耳。長い金色の髪をアップで纏め、露出度の高い漆黒のドレスに身を包んでいる。目を奪われるような美しい容姿、抜群のスタイル、艶めかしい褐色の肌。ダークエルフのようだ。ゲームなどの設定では悪い森の精霊とされることが多い。緊張が走る。彼女の細い指がオレの方へと伸びてきた。何かされると感じて身体が強張る。警戒するオレに彼女がとった行動はきょとんとしてしまうようなことだった。オレの手を取って、その両手で包み込み、子どものような笑顔を向けてきたのである。

 彼女の笑顔からは悪いエルフという感じはしてこない。誰が褐色肌のエルフを悪い存在だというイメージにしたのだろう。そいつに訂正してやらなければなるまい。

 ダークエルフの彼女に腕を引っ張られる。どうやらお店に連れて行こうとしているみたいだ。

「ちょちょちょちょちょっ! ま、待って! オレ、お金とかあんまり持ってない……! っていうか、お、オレがいた世界のお金って使えるの……?」

 裏の路地といっても、全てが寂れた場所というわけではない。彼女が入ろうとしていたのは高そうな店だった。看板に酒の絵が描かれていることから酒場のようだ。酒場というより高級感漂うバーと言った方が適切な外観だったが。

「お、お酒……? おおお、オレ、お、お酒はダメなんだ……、よよよよよ、弱くて……!」


「6x*t@k/うえk?」


「……なんて!?」

 外国人なのか。何を言っているのか全く理解できなかった。オレが受けた印象だが、どこか機械っぽい感じだった。

 言葉が通じないとなると、一気に不安になってくる。こんな美人に手を掴まれたことなど今までに一度もなかったものだから、こういうシチュエーションに大いに憧れを抱いていたのだけれど、いざ体験するとなるとオレには難しいものがあった。それだけならまだ何とかなったかもしれないが、心を通わせられないかもしれないという心配がオレの対人恐怖症を悪化させる。これ以上一緒にいるのは堪えられなかった。手を放してもらおうとした。そうしたら、何かを伝えようとしてきた彼女。

「q@えd@)42@、q@えd@)42@、ええ6x*q@とgZsk/>9? c+い、ちゅいqてゅえと3ydydw?」

 案の定、言葉ではさっぱりだったが、彼女が指差した物を見て、その意図を推測する。指先を辿っていって目についたのは看板。そこにはゼロの数字が書かれていた。

「え? ゼロってことは無料ってこと……?」

 言葉が違うなら然もありなん、文字も異なるわけで、この〇がオレの知っている〇と同じ意味を持っているとは限らない。それに無料なら商売をやっていけなくなる。これは〇に似た形をした別の文字なのではないか。訝しがるオレだったが、彼女が目で訴えてきた。寄っていってくれなければ困ってしまうと言わんばかりの目で。それを目の当りにしてしまったら、逆らえなくなる。オレは彼女についていってしまった。


……

…………

………………


「ああっ、寒い……! 寒いなぁ……っ、くそぅ……っ!」

 夜も更け、空には数多の星が煌めいている。そんなロマンチックな光景さえ気にも留められないほどオレの心は荒んでいた。

 異世界の夜は冷える。だというのに、オレは何故かパンツ一丁で堀に架けられた橋の下にいた。身体をさすって必死に暖を取る。こうなったのも全てあの店とオレの意思の弱さが原因だ。そう、オレはぼったくりに遭ったのである。

 あの店で飲むことになったのだが、酒が苦手なオレはすぐに眠ってしまった。気がついたら目の前にはスーツを着た屈強な男が立っていて、その背後にダークエルフのお姉さんがテーブルに足を組んで鎮座していた。オレは男に服を掴まれて揺すられたのだ。お金を差し出すも、やはり元の世界の通貨は使えないのか捨てられ、オレはサンドバックになる羽目となる。それから服を剥ぎ取られて店の外に放り出された。所持金も所持品も全て失った。それなのに、ダークエルフのお姉さんはというと助けてはくれずにずっと笑っていた、というのがことの顛末だ。

「……なんで断れなかったんだ……」

 無一文なのだから宿に泊まることもできない。こんな恰好では人前にも出られない。だから、オレは今、堀に架けられた橋の下で寒さを凌いでいる。座ることができるほどのスペースしかなく、堀の底には水が溜まっている。踏み外したら落っこちてずぶ濡れになる危うい場所なのだが、人目を避けられるため、こんなスペースでもないよりはずっといい。

「ダークエルフはやっぱり悪だったか……。もう、騙されないぞ……っ」

 もう一度、あのダークエルフと会って文句の一つや二つくらい言ってやりたいものだが、またカモられるかもしれないし、何より、スーツの男とは二度と関わり合いたくなかった。だから、これは諦めた。

 今回のことは人を簡単に信じてはいけないという教えなのだろう。しっかりと胸に刻み込んでおかねば、また悔しい思いをすることになる。


 眠れない。眠れるわけがない。空腹だし、寒いし、ドラゴンがいる草原なので危険と隣り合わせだし。睡魔はやってきたけれど、寝たら最後。もう起きれなくなるくらい危険なレベルだった。

「くらくらする……。ずっとさすり続けるってつらいよぅ……」

 何とか朝を迎えることはできたが、気分は最悪だった。身体が重い。怠くて仕方がなかった。それでも動かないわけにはいかない。どうにかしてお金を稼ぐ方法か食べられそうなものを見つけなければ、お腹が空きすぎて倒れてしまう。食料を求めて視線を忙しなく動かす。目に林が飛び込んできた。食べられそうなものがあるとするなら、きっとあそこだ。そこに賭けるしかない。林に入るなら装備を整えた方がいいと思ったオレはフラフラする足取りで武器の回収へと向かった。


 林の入口に行く。一瞬、幻覚が見えるほど弱っているのかと自分の体調を危惧した。求めているものがそこにあったから。

「服……、コート?」

 都合がよすぎて怪しく思えてくる。何回目を澄まして見てもコートはそこにあった。幻ではない。それでは罠なのではないかと疑って慎重に辺りを窺ってみるが、何か仕掛けられているという様子もなかった。まだ躊躇いはあったものの、ずっとパンツ一丁でいるわけにもいかず、拝借させてもらうことにする。

 初めて身長が低くてよかったと感じた。コートの丈が長くて足首まで隠すことができたのだ。襟の部分も詰襟型になっていた。中は変質者みたいになってしまっていたけれど、これなら直に着ていると見破られない筈だ。

 服の問題は一応どうにかなったとして、問題は食べ物だ。眠気も重なって視界がぼやけてきている。睡魔と空腹のダブルパンチだ。一刻も早く調達しなければ身が持たない。

 不穏な気配を覚えた林だ。自分の身を守るためには武器があった方がいいのに、もう、刀を掘り出すのも持っていく余力もない。仕方なく、武器なしで林の中に突入していった。


 大きな木の群生地帯に入って、それほど時間は経っていなかった。またしても運のいいことに、オレはそこで食べられそうな植物の実を見つけたのである。本来であれば、安全かどうかまず皮膚に貼布して反応を観察するパッチテストをすべきなのだけれど、その試験をしている心のゆとりはない。何が何でも食べたかった。否でも応でも、是が非でも、どんなことをしてでも絶対に食べたかった。他のものに取られてしまう前に、オレはすぐさま頬張った。

「こ、これは……! う……っ!」


――美味い!


 こんなおいしいものを食べたことはなかった。形はサクランボのようだが、大きさはリンゴくらいあり、色と味はブドウに似ている。瑞々しくてみるみる元気が湧いてくる。

 オレの人生でこんなについているわけがない。ついていたら自死なんてしない。きっとこれは劇物に相当するほどの猛毒なのではないかという懸念が頭を過った。とはいえ、食べなければどうせ死んでしまうのだ。オレは開き直って周りになっていた同じ実を摘み取って貪るように食らいついた。

 コートが拾えていてよかった。大きなポケットがついていて、実を仕舞えるのだ。もし、この実に毒性がなく、無事に生き長らえた時のことを視野に入れ、その時のためにと沢山収穫する。大きな実を六つ、仕舞い込んだ。


「偶々見つけた実がこんなにおいしいなんて……。多分、死ぬな、オレ……」

 オレは毒によって死ぬんだと思っていた。しかし、それは違った。毒なんかよりも前にオレは窮地に立たされることになる。


「ギュイィィィィィィィィッ!」


 嫌な感じがした。

 この感覚をオレは知っている。

 物音だとか人の声だとか、そういったものではない。

 これは生物の鳴き声だ。

 ドラゴンで嫌というほど体験している。

 今のはドラゴンというには声量が小さかったけれど。

 ただ、ドラゴンよりも禍々しい声だった。


 音は真後ろから発せられている。ぎこちなく振り返った。すると、そこにあったのは縁にギザギザの歯がついた人よりも大きな花。SF映画に登場するエイリアンのよう。植物のモンスター、マンドレイクだ。

「い……っ! こ、この実ってまさか、キミの……?」

 震えながら尋ねた。オレの声に反応したのか、返事をする代わりに花弁ががばっと大きく開かれる。

「うぎゃあああああああああっ!」

 確実に狙われていた。マンドレイクはその実で獲物を誘き寄せ、近寄ってきたものを逆に捕食してしまう性質を持つモンスターだった。

 にじり寄ってくるマンドレイク。オレは後退る。その花弁が僅かに仰け反った。直感した。あれは勢いをつけるためにタメをつくっているのだと。不味い、来る……! オレは踵を返した。助かりたくて駆け出そうとする。だが、慌てすぎた。自分の足に躓く。

 ただ、このことが功を奏す。マンドレイクの花弁は頭上ギリギリのところを通り過ぎていった。倒れて姿勢が低くなっていなければ植物の体内に取り込まれていただろう。

 転んだ拍子に落としてしまった実をかき集め、オレは猛ダッシュした。

「はぁ……、はぁ……っ!」

 植物モンスターは地面と繋がっている。走るのはあまり得意ではないオレだが、相手が一定の範囲しか動けないなら離れてしまえばこっちのものだ。ある程度遠ざかって息を整えようとする。安心して休むために後方の様子を確かめた瞬間、そこには予想外の展開が待ち受けていた。蔦を使ってずるずるとその身体を引き摺ってくるマンドレイク。追い駆けてきたのだ。しかも、意外に速いスピードだった。

「ギュギュアアアアアアアアアッ!」

「のわぁああああっ! なんで動けるんだよぉおおおおっ!」

 やばい、詰められている。相手は手の力で這ってきているようなものなのにオレよりも速かった。どれだけ命懸けで走っても距離が開かない。このままでは食べられてしまう。

「あがっ!」

 足が引っかかった。地面から露出した大きな木の根っこに。派手に転倒させられる。持っていた実が散らばった。今度は集めている余裕なんてない。脅威はすぐそこまで迫っていた。その蔦が足に絡みつく。

「ひぃ……っ! い、嫌だ、や、やめてくれ――ッ!」

 抵抗も空しく、ぐいぐい引き寄せられる。近づけさせられる。昨日会ったダークエルフの腕よりも太い蔦に。引き擦り込まれる。ぐぢゅぐぢゅと不快な音を発する化け物に。

 目を閉じて、助けを求める。もう、神頼みをすることしかできなかった。


 ……祈る……。


 …………祈る…………。


 ………………祈る………………。


 急に締めつけられていたのが緩んだ。何が起こったのかと疑問に思う。謎を解明できないでいると、地面が揺らぎ始めた。突如として発生した地震は地鳴りを伴っていた。いや、これは地震ではない。空気の振動だ。こんな離れ業ができる存在の心当りなんて一体しかいない。


「グウァシャウァヴォウァシュアアアアアアアアアアアアアッッッ!」


 ドラゴン。その叫び声が鳴り響く。轟音に恐れをなしたマンドレイクが逃げ出した。

「……た、助かった、のか……?」

 オレは難を逃れた。まさかアイツが助けてくれるなんて思ってもみなかった。昨日の敵は何とやらというやつか。味方をしてくれたのならお礼を言っておいた方がいいだろう。お礼をしなかったことを根に持たれて追い回されたりしたら敵わない。

 木の枝の隙間から、飛び翔けているドラゴンを見つける。オレは謝意を表そうとした。ちょうどその時だ。大口を開け、口内にエネルギーを集約し、光の玉を形成しているドラゴンの姿を視界に収めたのは。一体何をしようとしているのか。確証なんて何もない。ただの勘でしかないのだが、途轍もなく嫌な予感がばんばんする。よもや、その玉をこの林目掛けて放つつもりではあるまいな。


 悪い予感というものほど的中するもの。ドラゴンの光線がこの林へ発射された。オレには当たらなかったものの、立っていられないほどの衝撃を受ける。薙ぎ倒される木々の音、辺りに充満する熱気と焦げ臭さ。ドラゴンによって林は大変なことになった。

 萌える緑が燃える赤へ染め上げられた林を目にし、オレは呆然とさせられる。アイツはオレを助ける気など毛頭なかったのだ。偶々そういう形になっただけで、アイツは「昨日の敵は今日の友」なんかにはなっていなかった。

 こうしてはいられない。逃げなければ火事に巻き込まれてしまう。何も持たないで走り出そうとして、ふと立ち止まった。実を忘れては大変だ。折角怖い思いをして穫ったのだから持っていかなければ勿体ない。オレの生命線なのだから。集められるだけ集める。二つをポケットに入れ、二つを手に持ったまま、オレは燃える林からの脱出を計った。


 メキメキッ、ドゴォォォンッ


 地面に近い幹の部分を焼かれた木々が立っている力を失い、次々と横転していく。すぐ後ろでも大きな音がして振り返ると、今まさに通ってきたばかりの道がなくなっていた。倒木に塞がれたのだ。火の回りが思ったよりも早い。これは急いで脱け出さないとやばいかもしれない、などと思った直後。バキバキと木の悲鳴が聞こえてくる。泣いていたのはこれから通過しなければならない場所に聳え立っている大木だった。

 傾く大木。林の出口はその先にしかない。炎と倒木に阻まれて他に道はなく、引き下がることもできないのだ。ここに閉じ込められては食料を手に入れたこともモンスターから逃げ切ったことも、全てが水泡に帰す。オレは全速力で走った。

 間一髪だった。滑り込みセーフ。背中からドシーンッという響きが伝えられる。あと一歩遅かったら倒れた大木に道を遮られて林の中に閉じ込められていたか、大木の下敷きになっていたところだった。冷や冷やさせられる。無事に戻ってくることができたわけだけれど、生きた心地がしなかった。暫くの間、放心していた。


 最早、林と呼べるものではなくなったそれ。木々は炎を纏い、その姿を黒や灰色へと変えていく。

 逃げ惑うモンスターたちが十数体、草原へと飛び出してきた。オレがいる場所からは離れたところに。オレが通ったところは一本道だったが、林にはまだ先が続いていた。奥に別のルートがあったのだろう。

 モンスターたちから見つからないようにして様子を窺う。マンドレイクにミノタウロス、それに初めて見た巨大なカニのようなモンスターという三種類。多くても六体、少ないものは二体という数だった。あれだけしか残っていないのか。モンスターとはいえ少し可哀想だと愁えていると、そこへ林の上を旋回していたアイツが向かっていった。林を業火の海にした元凶が。

 そいつは口を目いっぱい開け、モンスターに飛びつく。口の中に放り込むと咀嚼することなく一気に飲み込んだ。離れていてもモンスターが嚥下されていくのが見て取れた。

 ドラゴンは止まらない。一匹、また一匹と腹の中へ収めていく。気づけば他のモンスターの姿は見えなくなっていた。

「まさかアイツ、食べるものほしさに林を燃やしたんじゃないだろうな……」

 燃え盛る林に目を向ける。あの巨体で林の中に入るのは至難だ。だから、火を放ち、パニックになって飛び出してきたモンスターを捕らえようとしたのではないか。ただ、食事をするためだけに一つの自然をまるごと破壊するなんて規格外すぎる。モンスターの中には襲ってきた種類のものもいたけれど、同情するのを禁じ得なかった。

 食べ終えたドラゴンは飛び立った。それをオレは黙って見続ける。戻ってこないことを確認すると、オレの足はそいつが食事をしていた方へ向けられた。


 凄惨な状況だった。そこにあったのはモンスターの残骸。マンドレイクの蔦や巨大なカニモンスターの脚がいくつか地面に転がっていた。ドラゴンに齧りつかれて口の中に押し込められた際、もがいて、もがいてやっとのことでそれらを外へ伸ばしたのだろう。必死に足掻いていたことが伝わってくる。けれど、どれだけ抵抗してもドラゴン相手には無力だったようだ。口からはみ出した、アイツにとって邪魔な部分はこうして食い千切られてしまったのだから。後の部位は見ていた通り、飲み込まれてしまっている。オレも一歩間違えていたら、今頃はドラゴンの胃袋の中だったことを想像すると遣る瀬無い気持ちになる。オレはモンスターたちの亡骸を供養することにした。

 手に持っていた実をポケットに移し、埋葬するために遺骸を運ぶ。そうしていると、この場所にミノタウロスが持っていた斧も落ちていたことを発見する。切れ味のよさそうな刃をしていて、武器として使えそうだ。オレはこの斧を貸してもらおうと考えた。しかし、拾おうとしても持ち上げられない。あの刀も大概だったが、これはそれ以上だった。ムキムキなボディのミノタウロスが所持していた斧なのだ。彼らが扱いやすいように造られているに決まっている。何でこの世界の武器はこうも使用者を選ぶのか。何でオレが扱おうとすると、どれもこれも武器としての様相を呈さなくなるのだろう。

 ミノタウロスたちもドラゴンに食べられていたことを思い出す。武器として持っていけないのならマンドレイクの蔦やカニモンスターの脚と一緒に葬ろうと思った。けれど、どうやっても移動させることができない。やむを得ず、一緒に埋めることを諦めた。

 カニモンスターのハサミがあったので、それを利用して墓を掘る。刀を埋めた時もそうだったが、柔らかい土だったのですぐに充分な窪みをつくることができた。そのスペースに遺骸を入れている時、中が空洞になっているカニモンスターの脚を見つける。固い殻を手にして閃いた。これは刀の鞘に使える、と。それにマンドレイクの蔦。これも丈夫で、紐として利用できる。これらを材料にして鞘を作成すれば、あの重い刀を持っての移動が大分楽になる筈だ。オレはドラゴンに復讐することを素材にしてしまうモンスターたちに約束して、その蔦と脚を使わせてもらうことにした。

 その他の蔦や脚は土の中に収める。その上に、近くにあった大きめの石を墓石の代わりとして置き、それに向かって手を合わせた。


 脚の殻と長い蔦を手にして、オレが出入りをしていた林の入口へと持ち帰る。大きな木は燃えてなくなってしまっていたが、大体の場所は覚えていたため、他とは色が変わっている土を見つけることができた。オレは刀を掘り起し、それを使って殻に穴を開け、そして、蔦の長さを調整する。固くて加工するのに一苦労したが、これだけ頑丈であれば刀の重さにもきっと耐えてくれるだろう。

 穴に蔦を通し、縛って鞘が完成する。刀を収めてみると少しばかり鞘の方が大きかったけれど、この程度なら蔦で固定すれば問題なく使えそうだ。鞘を作るのに要した時間と手間が無駄にならなくてほっとする。ちなみに、鞘は背負うタイプにした。利便性を追求すれば腰に吊るすタイプになるのだが、重い刀を常に持って移動することを踏まえると背負うタイプが一番だと判断したのだ。


 武器の持ち運びも楽になったし、次はどうしようかと思案する。

「昨日に続いてスライムを探そうかな……。いや、待てよ? これならお金が手に入るかも……!」

 今、オレは林の中でゲットした実を四つ持っていた。食料として採取したが、この実を売ることができればお金が手に入るのだ。お金があれば装備やアイテムが充実する。宿に泊まることだってできる。オレは逸る気持ちで城下町へ向かった。

「えーっと、アイテムを売るにはアイテム屋に行けばいいのか?」

 オレは看板に袋が描かれている店の扉を開ける。店内には羽根や石版など何に使うのかよくわからない商品が陳列されていた。ダンジョンで役に立つものであることは何となく察せられるけれど、この世界の文字が読めないオレには商品に添えられている説明らしき文章を解読することができなかった。店の人に聞かなければ使うことはできそうにない。

 いけない。異世界っぽいものに目を奪われてしまった。現を抜かしている場合ではない。今はこの実が売れるかどうかを聞かなければ。

「す、すみませーん! こ、これを売りたいんですけど、い、いくらになりますか?」

 オレは実を二つ、レジのようなカウンターの上に置いた。やっと異世界らしい体験ができるのだとウキウキ気分なオレ。しかし、ことはそう上手くは運ばなかった。


「ういえZwyq@、3yq……?」


「――ふぁい!?」

 店主の言っていることがわからない。あのダークエルフと同じような言語を使っていた。


 気づくのが遅かった。

 いつから錯覚していた?

 小説やマンガでは当たり前だったから。

 普通に話せるものだと思い込んでいたのだ。


 考えればわかることだった。

 多くの小説やマンガでは外国人が普通に異国の言葉を話せている。

 主人公が海外の主要人物と当たり前のように会話している。

 物語では「あるある」だ。

 でも、現実は違う。

 母国語が世界の共通語でもない限り、会話なんて殆ど成立しない。

 ましてやここは外国とはわけが違う。

 文字が読めない時点で気づくべきだった。

 ここは、異世界なのだ。

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