第二十三話
「神様の殺し方って知ってる?」
俺は息を飲む。夏が近い癖して、どうにも冷たい風が吹く。符浦栞の黒髪の一本一本が風に揺れに揺れている。あぁ、そうだ。坂本杏にも、同じ質問をされたことがあった。あの時は陽が沈もうとしている夕暮れ、時計の音が耳にこびりつくような教室。無理矢理にでも身体を向けて、彼女は聞いてきたんだ。そして俺は、
「知っている訳がないだろう」
そんな俺のぼやきを一切無視して、彼女は話を続けていくんだ。いつまでも、どこまでも。手の届かない場所にいて、理解できない領域に、電波的な青髪乙女はいる。口を開けば電波を発して、知らない世界を見ているんだ。
「そう、分かるわけがないんだよ」
「え?」
「世界のルールを塗り替える神様を殺すためには、常識なんて通用しない。だってあいつら理不尽だから」
そんな言葉が彼女の口から出ることに驚く。
「だから……私は人であることを辞めたの」
俺は何も答えられない。ただ黙って、彼女の顔を見つめる。
「私はカミサマを殺す秘密兵器」
〇
「死にたいと思わせればいいんだ」
あぁ、そうだ。彼女は確かにそう言った。もう数日前の彼女の言葉を、どういう訳だが覚えている。雨が降って二人で並んで帰った光景までも、昨日のように思い出せた。
符浦栞は小首を傾げてこちらを見ている。「精神攻撃?」
坂本杏の考えは分からないが、少なくともそんなゲーム的な発想ではないだろう。
「いや、すまん。思い出しただけだ。気にしないでくれ」
「いえ、良いかもしれない」
しかし、彼女の反応は完全に予想外のものであって、目も真剣そのものだった。
「誰が世界を変えたのか。それを確定させるためにも、能力を使わせる必要がある」
「……それで?」
「能力が使われた際に発生する揺れ……それを計測する器具を使う」
彼女は淡々と説明を続けた。
計測器を用いるとしても、それはあくまで使われたことを検知、簡単な距離を図ることしかできずであり、能力者が誰かの特定はできないらしい。場所を絞るにしても、複数の機械を用いることでしか知ることができないようだった。しかし逆に言ってしまえば、繰り返し計測し、場所を絞ることができれば、能力者を判別することは不可能ではない。
「今回の相手は能力が分からない。世界をまるごと変えてしまうなんて……戦ったとしても勝てるかどうか」
「だったらどうするんだ」
そこで彼女はしばし目を瞑り、深く長く息を吐いた。
「……例えばの話よ」
彼女が俺の首筋に触れた。とても冷たい手だ。身体が思わずびくりと跳ねる。
「好きな人が何度も、何度も、何度も殺されるとしたら……あなたはどうするかしら?」
全身の血の気が一気に引いていくのを感じた。彼女のささやき声。首筋から頬に這い寄る指。背筋に冷たいものが走る。
「助けても助けても、見えない相手に殺される彼。誰か分からない犯人を殺そうとしても、私は能力では殺されない。ねぇ、彼女はどう思う?」
彼女の電波が俺を襲って、心臓が痛いほどに脈打つ。この鼓動は、彼女にも聞こえているのだろうか。こんな時に救世主という言葉が、脳裏に浮かんでいた。
こういうことなのか。何も知らない俺が、世界を救うという意味は。世界は俺に死ねと言うのか。
脳が理解を拒んでいた。そうだ、彼女の言葉はどう考えても電波だ。理解できる方がおかしい。なのに何故、俺はこれほどまでに恐怖や焦りを感じている?
「大丈夫。彼女なら、あなたを絶対に生き返らせるわ」
ハハハと気の抜けた笑い自然と口から漏れた。喜び? 諦め? 自分でも分からない感情が渦巻く。上手く唾が飲み込めない。
大切な人が何度も死ぬ世界で、俺は生きていけるだろうか? そんなことを考える。
「そんなのは……無茶だろ。めちゃくちゃだ」
「大丈夫。私、殺しには慣れてるの」
面白い冗談だと思った。
「あの理不尽なカミサマ達に、常識で挑んでは駄目。それでは世界を守れない」
彼女の爪が肌に食い込んだ。対して俺は悲鳴の一つもあげられない。
「さぁ、一回死んでみましょ」
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