とある少女の話7

 中田と由香里先生が生き返っている。そんな現状を、坂本杏は「あぁ、やっぱりそうなんだ」と諦めの面持ちで眺めていた。信じたくないけれど、自分の持っている力は本物だということを知ってしまった。もうただの日常には戻れないと悟った。

 親友を失って、あれほどまで打ちひしがれていた桜庭結城も、何事もなかったかのように――いや、実際に何もなかったことになっているのだろうけど――いつも通りに学校に来てくれた。事故死したはずの中田も、由香里先生も。

 坂本杏は自分だけが取り残されているような気がして、喧噪に包まれたクラスにいてもなお寂しさが拭えずにいた。それでもいつも通りを演じる。これでいいんだと、心に言い聞かせる。私が選んだ世界なんだ、これが正しいんだと、何度も。何度も……。

 その日、彼女は符浦栞の真似をして、手製のおにぎり何てものを作ってみた。しかし、結局渡せなかった。昼休みはただ、すぐに忘れてしまいそうな会話を交わす。わざわざ持ってきたことを確認してから、机の中に入れたというのに。

 ――私は何がしたいんだろう。

 彼女は考える。しかし、答えが出ることはない。思考が巡れば巡るほど、迷宮に迷い込んでいく。果たして正しいゴールはあるのだろうか。それすらも分からない。

 放課後、彼女は急いで帰路につく。特に急いで帰るべき用事もないのだが。

 桜庭結城の父が、能力を使って学校の生徒達を帰らせたなんて、彼女が知るはずもない。

 彼女が一人で帰る中、唐突に足が止まる。そして、鞄を漁って気付く。

「おにぎり、学校に忘れた」

 明日から土日に突入する。そうでなくとも、この湿気が多い夏の日に、生ものを閉め切られた教室に置いておくとどうなることか、あまり考えたくない。彼女は駆け足で学校へと戻っていく。

 その時、学校では皆を帰らせていた能力者である桜庭結城の父が死んだことを、坂本杏が知るはずもない。

 学校へと戻ると信じたくない光景が広がっている。そこでついさっきまで、由香里先生と中田が戦っていたなど、夢にも思うまい。

「嘘でしょ……」

 中田が玄関前に倒れている。しかし、ただ倒れているのではない。首はへし折られ、奇怪な方向に曲がっている。首だけではない。足も腕も、関節とは逆方向に折れている。目は恐怖に見開かれ、口から泡を吹いていた。

 それは明らかに殺されたことによる死体だった。

「きゃあああああああ」

 彼女は尻餅をつき、足をガタガタと震わせながら悲鳴を上げる。ふと視線を上げると、校舎からは火の手が上がっていた。どうして? と小声で呟くも、答えてくれる人はいない。

 その火を放った犯人が、桜庭結城であることを彼女は知るはずもなかった。

 彼女はその場から逃げ出した。走って、走って……家へと帰り、自室へと飛び込んだ。温かいはずの布団が冷たい。目を瞑っても、中田の死体が思い浮かぶ。

 生き返ったはずなのに。彼が死ぬのは運命なのか。でも、彼は誰かに殺されていた。もしかして、先日も誰かに殺された?

 いくら考えても答えは出ない。しかし、彼女には力があった。彼を生き返らせて、犯人に同様の報いを受けさせるだけの力が。布団の中にくるまって、彼女は願う。

 中田が生き返ることと。

 犯人に無残な死を。

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