カミサマの殺し方

とある少女の話6

 桜庭結城の昼食は、いつも決まって売店で買ってきた焼きそばパンだった。たまに別のパンに変わることはあったけれど、惣菜パンであることには変わりなかった。パンは何にでも合うというのが彼の意見である。

 対して彼女の食事は自炊によるお弁当。プラスチック製のお弁当箱に彩り良く盛り付けられた昼食は、彼女の小さな自慢だったりする。そんな彼女の弁当を、彼はいつも物欲しそうに見ていて、その視線を隠しているつもりでいるらしいことを坂本杏は知っている。彼は隠し事が下手なのだ。

 彼自身、そんな食生活で困ったことはないと口では言っている。焼きそばにも野菜が入ってるという彼の主張は、かなり無理があるものだったけれど、解決策もないのだし、とくにそれ以上話が広がることもなかった。そんな日々が何事もなく続き、

「お弁当を作ってあげよう」

 と彼女が思い立ったのは、何の変哲もないある日の夕食、つまりは唐突だった。彼女が何の前触れもなく発言することは珍しくなかったので、両親共々「そうかい」と食事を続けている。

 その時から彼女の脳内では、頻繁に対策会議が行われることとなる。

 最初に思ったのは、いきなり弁当を持っていって渡すというのは色々とハードルが高すぎるということだった。彼女自身、いきなり男の人から弁当を渡されればかなり引く。それに話の流れというものもあるだろう。最近見た面白い映画の話から一転して、手作り弁当を差し出されたところで、困惑すること間違いなしである。

 彼女は彼女なりに考えて、彼に引かれず、そして自然な形で手作りを渡せるギリギリを攻める策を思案した。

 しかし結局の所、彼女が心の底から納得するような案が出ることはなく、サンドイッチという案に落ち着いたらしい。パンには何にでも合うという彼の意見を尊重しつつ、野菜も取れる。決して悪くない案であり、ナイスじゃん! と声高らかに宣言する。

 さて、そこまでは悪くなかった。どんな作戦も実行しなければ意味はない。自分の弁当に加えて、少しばかりのサンドイッチを作った。彼女は意気揚々と学校へと向かう。

 その日の学校は、いつもと少し違っていた。一限の数学の授業にて、望先生が記憶を失っていた。世界のルールを乱す超能力という存在を知らない彼女は、ただただ困惑する。しかし、何ができる訳でもなく、ただ過ぎていく時間を椅子に座って過ごす。

 そして迎えた昼休み。後ろの席にいるはずの桜庭結城は、符浦栞にどこかに連れて行かれた。すぐに戻ってくるだろうと思っていたが、二人が戻ってくる頃には、午後の授業が始まるまで二十分を切っている。中田ですら、どこかに消えているため、昼食の大半を一人で食べることとなった。

 彼が席に着けば、彼女は後ろに席を向ける。クラスメイトからしてみれば、見慣れた光景。いつもと違うといえば、彼の手には何も握られていないことだろうか。

「……もしかして二人で食べちゃった?」

「まだ食べてない」

 食堂に行って食べずに買うだけ買って帰ってきたということだろうか。

「結城の今日の昼飯は何かな? いつもの焼きそばパン」

「……あ。そういえば買い忘れた」

「……ふぅーん、どうやら昼飯はないようですね」

 彼女の目が怪しげに光る。にやけてしまいそうな口をごまかすように、「ククク」と悪役じみた下手な演技をかます。これを読んでいたのですよ、と読んでもいないのに心で思う。鞄を漁り、入れたはずのサンドイッチを……。

「あれ、確かに入れたんだけど」

 彼女は記憶をたぐり寄せる。まさか、作ったという記憶が間違いということもないだろう。となると――忘れた? いや、でも……と諦めきれず鞄のさらに奥に手を伸ばす。

「結城。昼飯がないなら、これを食べて」

 符浦栞が桜庭結城におにぎりを差し出していた。

 ……。

 彼との距離感が中途半端なのは、全て自分が引き起こしたことであり、自分が選んだことだった。それでも、どうしても拒みきれない自分がいる。だから、こんなことをしようとする。気にすべきではないことも気にしてしまう。

 彼女はそんな自分がどうしようもなく嫌いだった。それはもう殺して欲しいと願うほどに。……。

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