第十九話
「……何で結城の父上が?」
何も答えられずにいた俺の代わりに、中田が質問を投げかけた。
「仕事だ」
父の答えはあまりにもあっさりとしていた。しかし、嘘をついている訳でもないようだ。
「でも俺は……組織に連れて行かれたって」
符浦栞はそう言っていたはずだ。嘘をついていたとでも言うのだろうか。何を信じて良いのか分からない。
「それは嘘じゃない。それに、もともと符浦栞には嘘なんてつけない」
「じゃあ、どういうことだよ」
「何、簡単なことだ。私が組織の人間だった……それだけの話だよ」
「……は?」
驚きで開いた口が塞がらない。確かに、俺は父の仕事を知らなかった。だからといって、父の職場が超能力に対処する特殊組織の一員だった? やはり、どうしても信じきることができずにいる。
「信じられないというのも当然だ。今まで隠してきたからな。能力は自分の周囲から人を遠ざけることができるという地味な能力……この学校に関係者以外いないのは、俺が原因だ」
俺は改めて周囲を見渡し、耳を澄ませる。放課後と言えど、誰かがいるはずの校舎は実に静かだった。窓ガラスが割れても、誰一人反応しなかったことが思い返される。
「じゃあ、なんで家に帰ってこなかった?」
「組織に連れて行かれてたからさ」
「でも、父さんは組織の人間なんだろ?」
「由香里先生に息子の保護を頼んだ際の条件……いや、契約と言うべきか。息子とは全てが終わるまで会ってはいけない、ということになったんだ。もしもの時の保険って奴さ」
俺は下っ端なんだ、と父は天井を見上げつつ、今にも消え入りそうな声で語り始めた。逆らうことは許されない、待っているのは無残な死。そんな話を、俺と中田は何一つ口を挟めずに、ただ黙って聞いていた。
「最初の計画では、お前を組織に連れて行き監禁する計画だった……この話は符浦栞から聞いているんじゃないのか?」
「あぁ、聞いた」あれは一昨日の話だっただろうか。朝、学校に向かう途中で聞いた気がする。そんな計画は由香里先生の進言でなくなったと聞いたことを思い出していた。
「……監禁で済めば良かったんだがな」
吸い終えたタバコをポケットから取り出した携帯灰皿に押しつける。鼻につくタバコの匂いに、俺は思わず顔をしかめた。対して父は、一切表情を変えずに話を進める。
「上層部は能力が発現するための条件を調べたがっている」
そこでしばしの沈黙と共に、二本目のタバコを取り出した。怪しく光る金属製ライターの炎で、フィルターが赤く燃える。白い息が勢いよく吐き出された。
「……それで?」と中田は先を促した。
「そこで結城の出番だ。これから世界の敵と対抗しうる救世主になる男と言われていながら、調べてみるとどっからどうみても無能力者で、平凡な高校生……これから能力を覚醒させるサンプルとして、研究者が欲しがったのは無理もない」
能力者の大半は生まれながらに力を有している。しかし、ごくまれに生活していながら能力を覚醒させる者もいるらしい。その人間の肉体を調べれば、能力者の秘密に近づくのではないか。それが研究者達の考えのようだ。
「それを阻止するために、俺は由香里先生を頼った……俺のような下っ端では、上層部に話を持っていくことすらできないからな」
「自分の息子を守るために由香里先生を頼った話は分かったよ。それで? 契約とやらを破ってまで、今、ここに出てきた理由は何だ?」
中田は俺の代わりに父との話を進めていく。俺は黙って二人の動向を見届ける。
「二人を止めるためだ」
「止める? 何を?」
「二人の無駄な行為を、だ。中田君、君なら何となく分かってくれるんじゃないかな?」
俺は慌てて中田の顔を見た。その顔は真剣そのものだ。
「逃げても無駄……そう言いたいのか?」
「あぁ、そうだ。この組織は君たちの想像の百倍は下らない。逃げることは不可能だ」
「やってみないと分かんないだろ!」俺は声を荒げた。
「いや、分かるさ」
そこで父は口を押さえつつ、大きな咳をした。その手の隙間から血が滴る。
「父さん!」
中田に止められながら、俺は駆け寄る。そんな俺の姿なんて目に入っていないかのように、父は首を掻きむしり、目を血走らせた。爪で抉られた表皮、にじみ出す血。苦痛に歪む表情……あまりにも突然の出来事に理解が追いつかない。
俺は必死になって、その手を押さえた。もがく足に腹部を蹴られながらも、必死に声をかける。口から漏れる嗚咽と共に、吐き出される血の量は徐々に多くなっていった。何かを伝えようと動かされる父の口から出るのは、言葉ではなく唾と血の混じった液体。
「くそっ! どうなってんだよ!」
そして、唐突に動かなくなる。見開かれた目は真っ赤に充血し、血の涙を流していた。胸部に耳を当てるも、心臓の鼓動は聞こえない。
「……何なんだよ……何なんだよ!」
意味が分からなかった。そんな俺の叫びに、答えてくれる者はいない。自分が触れている父の体はまだ温かかった。
「やばい、符浦栞が来るぞ」
上階から、ゆっくりと誰かが階段を降りてくる音がする。
父が殺されたことを、何となく理解し考える。手も触れずに、何かしらの能力が振るわれた結果、父が死んだことは想像に難くない。組織には、そんな能力者が数多くいるのだろう。そして、あっさりと切り捨てる余裕すらあるようだ。
考えれば考えるほどに、体の力が抜けていくようだ。ついさっきまで逃げるために体を張ったことが嘘の様に思われる。
「桜庭!」
中田が俺を呼んでいる。肩を掴まれ揺さぶられる。その間にも、足音は近づいてくる。
「……ちくしょう! 桜庭、許せ!」
中田が俺の目を見つめてくる。俺も、彼を見つめ返した。
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