世界のルール

とある少女の話4

 望むも望まぬも関係なく進んでいく時間の流れに身を任せ、皆大人に近づいていく。少女も例外ではない。父と母の愛を一身に受け、すくすくと成長する。

 幼かった肢体は年相応になりながら、小学、中学へと進学していく。

 様々な経験をした。楽しかったことはもちろん、嫌なことだってあったに相違ない。

 しかし、失敗は一度もなかった。全てが彼女の思惑通りに回っている。

 運がよかった……それでは片づけられないような奇跡も一度や二度ではない。奇跡といわれるようなことだって、繰り返されれば必然と同義。幼いころにはただ嬉しかっただけのことに違和感を覚え始める。

 言葉を知り、知ることができる世界が広がっていく。

 するとますます自身の奇怪さを知ることとなる。常軌を逸した運の良さ。いや、ただ運がいいだけではない。確率の壁というものを易々と超えてくる……まるで世界のルールから、自分だけが外されたかのように。

 少女は自身が見た夢を時々思い返す。

 父が首を吊り、母が薬を飲んで死んだ夜のことだ。あれは夢ではなかったのでは、と。

 しかし、すぐさま否定する。そんなはずはない。父も母も今日も家にいて、元気に過ごしている。そんなはずはない、ないんだ……何度も心に言い聞かせる。漠然とした不安が少女を蝕む。

 そんな少女も高校生となって、少女と呼ぶには無理がある齢となる。

 彼女が通っている高校はオンボロの木造建築であり、走れば軋み音を立てる。駐車場には野生動物が行きかい、可愛らしい猫の子育てを観察できる。そんな学校が彼女は大好きだった。

 そして、これまで恋というものを知らなかった彼女が、恋というものを知る。

 相手は同じクラスの男子。名前は桜庭結城と言う。最初は冴えない人だなぁ……と思っていたが、いざ話してみると楽しい。いくらかの静寂すらも、彼と一緒ならばどうとでもなった。

 そんな彼の好みのタイプが、彼女と似通っているらしい――その噂が耳に入ったとき、素直に嬉しいと思った。

 どうすれば一緒に過ごせるだろう?

 どうすれば距離を詰められるのだろう?

 どうすれば二人きりの時間が増えるのだろう?

 彼女は恋という初めての感情に戸惑いつつ、色々なことを考えた。

 そんな彼女の思いに応えるかのように、彼女の席の後ろに彼が座り、クラスの係も彼と一緒になった。自然と、誰にも邪魔されない二人の時間が増える。

 ある日、右後ろの席の男子がプリントを忘れ取りに帰った。三十分で戻ってくると行ったが、一時間が経過しようとしている。その間、彼女と彼の二人きりの教室……。

「神様の殺し方って知ってる?」

 そんな彼女の唐突な話題に、彼は面倒くさそうな顔をするけれど、きっちり聞いて考えて応えてくれる。

 プリントを職員室に届けに行く過程で、由香里先生に捕まる。ありがたいお説教を受けながら、彼が帰ろうとしているのが横目に見える。窓の外にはきれいな夕焼け空が広がっている。

 お説教を聞きながら、このまま一緒に帰りたかったなぁ……と考えた。すると、

「あ、雨降って来たか……仕方ない、今後はちゃんと落ち着きをもって生活するように」

 気を付けて帰れよ、と言いながら先生は帰り支度を始める。彼女は急ぎ足でげた箱へと向かった。

 彼はきっちりと待っていてくれていた。傘がないのかと思ったが、どうやら自分の傘は持っている。彼は自分の顔を隠すかのように、そそくさと傘を開き帰路に就く。

 雨の勢いはそれなりに強く、地面の凹みにはすでに雨が溜まっている。

 彼は彼女の歩幅に合わせた。赤い傘と透明なビニール傘が並んで揺れている。雨の勢いはいくらか落ち着いたように見える。その間の静寂が、彼女は好きだった。

 分かれ道。楽しい時間はあっという間に過ぎ去って、「また明日」の言葉を交わした。……。

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