違和感を覚えまして
とある少女の話3
「朝よ、起きて」
母の優しい声で、少女は目を醒ました。寝ていたはずなのに、こめかみの辺りがズキズキと痛む。「うぅ」
窓から光が差してきて、部屋を暖かく照らしている。布団はつい最近、干したばかりなのだろうか。いまだ太陽の光を一杯に浴びて、フワフワとしており、暖かなそれは少女の体を離してはくれない。端っこをぎゅっと握っている。
母の指が少女の頬をつつく。「起きないと、もっとつついちゃうぞー」
少女は布団に潜り、逃げようとする。しかし、大人の力で布団を剥がされ、丸まった少女が部屋の空気に晒された。
「……寒いよぉ」
「おはよう! 今日の朝食はねぇ――」
母の言葉を聞きながら、身を震わせつつベットから降り、ダイニングへと向かう。そこでは父が新聞を広げて、優雅にコーヒーを飲んでいた。少女には、黒く苦々しいそれの良さが分からない。挨拶よりも先に「うげー」と嫌そうな顔をした。「お父さん、おはよう」
「……あぁ、おはよう。今日も元気だな。子供は風の子、元気の子ってか」
父の出勤はいつも早い。もうそろそろ出ないとな、と時計を確認して、新聞を畳み、隣に置いてあった鞄を手に取り、玄関へと向かった。少女もパジャマ姿のまま、そんな父の後ろをついて行く。「いってきます」「「いってらっしゃい!」」少女と母の元気な声が、面した通りにまで届いた。
「さぁさぁ、早く手と顔洗って朝食にしましょ」
「はーい」
手洗い場は少女には少し高い。踏み台を頑張って運んで、身を乗り出し手を洗う。石けんの泡立てがどこまでできるか、で遊んでいたら母に「朝食冷めちゃうよー」と声をかけられた。
「わかったー」と流れていく泡を名残惜しそうに眺める。
朝食は食パンと卵焼きだった。「「いただきます」」
「おいしーよ、おかーさんは良いお嫁さんになれますね!」と少女。
「ありがとー……一体、どこで覚えてきたの?」と優しい声で訊ねる母に、昨日の学校での出来事を必死に伝えている。
休日の朝はどこまでも優雅で暖かく、世界は小学生の彼女にとっては何もかもが新鮮で。
母は小さな口にパンを運ぶ娘を見て、すくすくと大きくなるだろう様を想像する。いつかは大きくなって、どこかへ行ってしまうのだろうか。まっすぐに育ってくれているが、いつかは反抗期を迎えるのだろうか。これから小学生高学年から中学、高校へと進み大学進学。もしかしたら大学には行かず、就職するかもしれない。そして、いつかは恋をして――どこかの男が「娘さんを下さい!」と来た時、どんな顔をして迎えるのだろう。
平穏な日々、平穏な日常。それが続くと思っている。母も父も、幼い少女も。
少女だけが “昨晩の惨状” を観測し、朝の光景を見て夢だと思った。ただ一人、安心している。
自身のルールが、生きる世界が変わっていることも気づかずに。ただ揺れる父の首つり死体と、目覚めることのない母の姿だけが、漠然と記憶に存在し続ける。……。
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