5 月の裏側

 月の裏側


 ……お願いです。私を救ってください。


 現在の時刻は夜の九時。


 輪廻と林檎が初めて出会ったのは、今から約一時間前のことだった。

 いつものように夜の東京の街を一人で歩いていた輪廻は、「あの、すみません」と暗がりにいる一人の捨てられた野良猫みたいな少女に声をかけられた。

 自分と同い年くらいに見える少女。

 その少女は上下とも真っ赤なジャージを着ていて、そのジャージの上着にはフードが付いていて、少女はフードをかぶり、その青白い顔だけを暗闇の中から輪廻に向けていた。

 いつもなら、そんな声は無視をしてさっさと別のところに歩いていく輪廻だったのだけど、そのときは、なぜかその少女のことが少し気になって、足を止めて少女の話を聞く気になった。

 その少女は忙しく流れる人の流れの中で、自分の声を聞いて街の中で立ち止まってくれた輪廻を見て、すごく嬉しそうな顔でにっこりと笑った。

 それが二木林檎だった。 

「……なんですか?」

 と、少し警戒をして、輪廻は言った。

「突然、すみません。実は私、今、すごくお腹が減って死にそうなんです」とジャージ姿の少女は言った。

「あ、えっと、私、怪しいものではありません。名前は二木林檎って言います。二つの木に果物の林檎で、二木林檎です」と、林檎の話を聞いて、少し顔を曇らせた輪廻に慌てて言い訳をするようにして、林檎は両手を軽く上げながら、そう言葉を付け加えて言った。

「……お金、ないんですか?」

 土や埃で汚れたジャージを着ている林檎の格好を見て、なんとなく事情を察した輪廻は林檎にそう聞いてみた。

 すると案の定、林檎は「はい。そうです」と言って、こくんと小さくうなずいた。

 それから、……ぐー、と小さく林檎のお腹が鳴った。

 林檎はその音を聞いて、顔を少し赤くした。

「すみません」

 と林檎は言った。

「……はぁー」

 輪廻は小さくため息をついた。

 輪廻がこのまま林檎の元を立ち去ることは簡単なことだった。でも、そうすると林檎はもしかしたら、すごく不幸な経験をこのあと(悪い男に引っかかったりして)どこかですることになるかもしれないと輪廻は思った。

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