scene#017 「ヒロインとの出会いイベント(真)」

――藤沢飛翔の停学生活は最高だった。

 まず、華崎の手引きで停学扱いではなく休学扱いになった。おそらく表では停学と説明されているが、実際には休学。ただ休んでいるだけ。最高かよ。

 そして、仕事がとにかく進んだ。他の仕事も引き受けられるようになったし、何より無事立華アリスルートを完成させることができた。

 しかもその期間、テストがあるのだがそれも先送りになった。うーん、停学、いや休学っていいな。

 あっ、後ちなみに今回の件噂を流すの事に協力を中々了承してくれなかった人が一人いたんだった。その人物を説得するのに五時間かかり、その後五時間かけて正座させられ、説教された、こわいよママン。まぁ、もちろん悪いとは思ってるけどね。


 そして、その停学生活は昨日で終わりを迎えた。

 奇しくも今日はビジュアルダーツの最新作「さまでれす」の発売日で、そして一か月ぶりの登校だ。

 重い体を起こし、制服に着替える。

 今日は桃に一人で学校に行かせてくれと頼んだ。

 重い足取りで、玄関を出る。

 目の前には学校、おそらく今自分を一番否定する場所だ。

 学校に入ると予想通り! みんな指さして陰口言ってるね!

 はぁ……、予想はしてたとはいえ辛いな。

 頑張って三階まで一人で上がる。

 そう、最大の難所。二年D組が待っている。

 ドアの前で深呼吸。ここからはゲームや妄想でも体験したことのない未知の世界だ。


「よし」


 そして思い切って開けた瞬間みなさんこちらを向いていらっしゃること。しかも、どれも軽蔑のまなざし!

 ちらっと華崎の方を見ると何人かに囲まれ、前と同じ状態に戻っていた。彼女は元の居場所を取り戻すことが出来たようだ、本当に良かった。

 ……というか席替えしてる?


「おーい、藤沢こっちこっち」


 唯一、視線を顧みず最初に声をかけてくれたのは、神郷だ。神郷は遅刻が多いため問題児扱いで右側の一番前の席にいつも座らされているのだが、まさか。


「藤沢は私の隣な、私たちは一年間固定らしいからよろしく」


 なるほど、どうやら俺も問題児のカテゴリに降格したらしかった。まぁ、隣が神郷で逆によかったよ。


「ていうか、神郷今日は遅刻しなかったんだな」

「まぁ、今日は藤沢の出所祝いだしな」

「ばっ、バカ」


 それを聞いていたクラスメイト達が再びこちらを見ては、陰口を始める。


「出所ってやっぱり……」

「そりゃ、脅迫だからな」

「大丈夫? 私は絶対どんなことがあっても華崎さんの味方だからね」


 ほんとに都合のいい奴らだ。第一、脅迫で捕まったらもう退学し、今頃務所の中だわ。

 朝のチャイムが鳴るとともに大上が教室に入ってくる。特にこちらに視線を向けるわけでもなく、いつも通りの朝のホームルームだった。

 そこにあったのは飛翔がいなくても何も変わることはない、普段の日常。

 なんだか少し悲しくなり、ため息が漏れた。




 休み時間、伊東が明らかに心配してそうな顔でこちらに近寄ってくる。


「久しぶり、藤沢」

「おう、久しぶり伊東」

「その……大変だったな」

「まぁ、自業自得だ。仕方ないさ」


 伊東には今回の件何も説明していないまま停学になってしまった。なので、話しかけてはくれたが伊東も俺のことを最低な奴だと思っているだろう。


「何嘘ついてんだよ。お前がそんな事するわけないのちゃんと俺は分かってるよ」

「伊東お前まさか――」

「まぁ、何か事情があったんだろ。その……今回は何も話してくれなかったけど今度からは俺もちゃんと頼ってくれよ?」


 持つべきものは友。あれ、なんか目から塩水でそう。


「じゃあ、俺は戻るから」


 そう言って伊東は自分の席に戻っていく。


「見てるやつはちゃんと見てるんだよ、よかったな藤沢!」


 隣で見ていた神郷が嬉しそうに背中を叩く。


「後、問題は……」


 神郷が視線を移した先、そこには何人かに囲まれ楽しそうに談笑する彼女の姿があった。


「神郷、俺とあいつはもう友達どころか、知り合いでもないんだ。だからその……」


 なんていえばいいんだろう。もう関係ない人? 二度と関わることのない人だろうか。


「ま、藤沢があいつのことどう思おうと別にいいよ、それに私あいつ嫌いだし」


 今回の件、内情を知ってる人間からすれば華崎をよく思わないだろう。神郷がそういうのは当然といえば当然だ。


「華崎のことあんま責めないでやってくれよ。俺が悪い部分の方が大きいんだから」

「でもそれは、結局あいつを守る為……あーいいやもうめんどくさくなってきた」


 神郷は言いかけてやめ、頭をかいた。


「あんたは、今日絶対部活に来ること、私が言えるのはそれだけ!」


 神郷はそう言って窓の方を見てしまう。

 部活か……そういえば今どうなっているのだろうか。無くなってはいないのが今の発言でわかったが、みんなうまくやれているんだろうか。

 まぁ自分には関係ないことか、もう行くつもりはないんだし。




 その日の昼休み、誰だと思ったら今度は電話で大上に呼び出される。職員室を訪れると、いつでも人気のない晴天通路に連れていかれた。今日は天気が良く、風をよく感じることができる。


「とりあえず、おつとめごくろうさん」

「やめてくださいよ、それかなり誤解されてるんですから」


 クラスでは俺が執行猶予期間だとか、刑務所から脱獄して来ただとか、どこぞの世紀の犯罪者みたいな噂が独り歩きしている。


「で、なんで呼び出したんですか?」

「シナリオ、よく書けたのか」


 どうやら用件はそれらしい、今まで俺の作品に口を出すことが大上はほとんどなかった為、思わず見開いてしまった。


「それは……、はい。多分今まで書いてきた中でも、かなり手ごたえのある方だと思います」

「そうか。じゃあ、あの人間関係部にも意味はあったわけだ」

「はい、彼女たちがいなければ作品をいいものにすることは絶対にできませんでし、それに新しい価値観、みたいなのも見えるようになりました」


「ほう、じゃあ私も柄でもなくお前のゲームでもやってみようかな」

「まぁ、どうぞご自由に……」


 身近な人間があれをやってどう思うかは分からないが。少なくとも今回の立華アリスルートは今までの俺自身が絶対に描くことのできないシナリオになった。それもこれも、華崎や部員皆のお陰だ。


「それだけ……ですか?」

「いや、お前は本当にこれでよかったのかなと思ってさ」


 その言葉の意味は今回の件を指しているのはすぐに分かった。


「よかったですよ、守りたいものを守れたんですから」


 すると、大上は噴き出すように笑った。


「ガキんがなに一貯前にカッコつけてんだよ」

「か、カッコつけさせてくださいよ。今回に関しては」


 そうだ、今回俺は自分のプライドを捨て友達を守った。褒められたくはないが、少しは労ってほしい。


「無理だな、お前をカッコつけさせないようにする連中がいるからな」

「それってどういう――」

「知らん、じゃあな」


 何故か上機嫌になった大上は手をひらひらとさせて颯爽と去っていく。


「結局、何だったんだ?」


 その姿はあまりにもいつも通りすぎて、おかしくて笑ってしまった。




 そして放課後――大上が言っていたことをここでようやく理解する。


「桃先輩、藤沢を無事確保しました!」

「よくやりました、二人とも」


 放課後、逃げようとしたところを神郷と霜城に確保されてしまう。今は連行中で、廊下で部室に行く途中の桃と出くわしたところだ。


「藤沢くん。どうして逃げたの?」

「そりゃあ……」

「別に私たちのことなら平気だよ。つばさちゃんのこと分かってるから」

「うん、ありがとう。でも……さ」


 そう、やめていなければおそらく部室には彼女がいるのだ。一体俺はどんな顔して彼女に会えばいいのか分からない。


「じれったいんで、もう理由も聞かず部室まで運んじゃいましょ」

「そうね」

「そうしよ!」

「ちょ、お前らやめろ!」


 必死の抵抗も虚しく三人に抑えられ、部室まで連行されていく。


「――着いたよ」


 久しぶりに見た部室のドア、一か月前から何も変わっちゃいない。


「ほら、藤沢」

「藤沢くん」

「つばさちゃん」


 みんなどうやら俺がドアを開けるのを待っているようだ。

 仕方ない、諦めてドアに手をかける。


 そして、開けた先。そこにはかつて友達だった彼女――華崎ミカエラがいた。


「あっ、えっとその……」


 こういう場合なんて言ったらいいのだろうか。流石に頭の中の妄想辞書の中にもこの答えは持ち合わせていない。

 すると彼女の方から思わぬ言葉が発せられた。


「初めまして、私の名前は華崎ミカエラ。君の名前は?」


 そうか、俺たちはもう初対面だったんだな。ここは彼女に乗るとしよう。


「俺の名前は藤沢飛翔だ」

「そう、じゃあ早速だけど藤沢くん」

「何?」

「私と――友達になってくれるかしら」


 そう言って彼女は手を差し出してきた。

 もう彼女とは友達になれないと思っていた。

 だから諦めていた、そもそも違う世界の人間だったなんて。


 でも――それは本当は違う。


 俺は彼女を知っているのだから。

 全てはあの時、放課後二人きりの教室で始まった。

 学園内で、自分の正体を隠し、人に目を向けられないように生きる俺。

 そして、学園内で人に目を向けられることに対して、相手はするも、受け入れようとしない彼女。

 華崎ミカエラという人間を知った時、俺はどこかで似ていると感じていた。

 だからそう、俺藤沢飛翔はきっと本当の彼女、腹黒でいきなり契約を交わせと言ってくる訳の分からない女、華崎ミカエラと友達になりたいと思ったのだ。

 そして、ゆっくりと彼女の手を握った。


「よろしく――華崎」

「えぇ、よろしく――変態」


 こうして華崎ミカエラと藤沢飛翔は――二度目の友達となった。

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