scene#014 「疑似告白イベント……からの最悪イベント」

「今日は、桃先輩休みかー」


 神郷が退屈そうに蹴伸びをする。今日放課後、桃は保険委員会があるらしく、彼女は委員長のため出席している。帰りはおそらく一緒になれるだろうが、部活には参加できない。


「そういえば、シナリオの進行ってどうなってるの?」

「後は一応ラストシーンだけ、大きな桜の木の下でヒロインが二度目の告白をして終わり」

「ん、じゃあ行きましょう」


 なんだか、昼の件があり霜城との距離が一気に近くなった気がする。


「行きましょうって、どこに?」

「どこにって、桜の木でしょ。ちょうど校門前に大きな桜があるじゃない」

「でも、あそこって人多くないかしら」


 霜城が疑問を呈す。そうだ、あんなところでやっていたら好奇の目にさらされてしまう。ましてや、飛翔以外は学園内での有名人、嫌でも目立つだろう。


「まぁ、そこは学園長の孫の権力でなんとかなるんじゃないか?」


 神郷はそう言うが、華崎はそれでいいのか?


「そうね、いざとなったらそれを使えばいいわけだし。ほら行くわよ」


 こうして、四人は桜の木がある校門前に向かった。




「もう葉桜だな……」


 季節は五月上旬葉桜になっていても仕方のないころだ。まぁ、そこはイメージで変更可能なので問題ない後は……。


「そのラストシーンって、告白するだけ?」


 華崎が尋ねてきた。


「いや、最期にキスして終わりだ」

「私がキ、ス……」

「キスか……」

「きききききききき、す?」


 三人とも顔が赤くなる。霜城が動揺するのは分かるが、二人はもうファーストキス位済ましているだろ。


「まぁ、ここは人も多いし、フリだけでいいから。なんだったらそのシーンだけカットでもいいし」

「ちゃ、ちゃんとやりましょ。もちろんフリで、シナリオに妥協は許されないわ」


 うーんそう言ってますが、めちゃめちゃ動揺してますよね。そんなにフリだけでもするのが嫌なのか。

 霜城はようやく正気を取り戻し、飛翔に詰め寄る。


「準備、始めましょうか。藤沢くん、くれぐれも間違いは起こさないようにね」

「分かってるよ……」


 こうして最後のシーンに向けてのシチュエーション再現が始まった。




 とりあえず人目の多い正面の桜の木を避け、ほとんど人の来ない裏桜までやって来た。


「藤沢くん、準備は大丈夫? 私たちは隠れてみてるから」

「おう、誰か来ないかしっかり見張っててくれ」

「ラジャー」


 そう言って二人は、物陰に隠れる。

 そして、飛翔は正面にいる華崎に向き直った。

 お互い頷いて、再現スタートを確認した。


「最初はね、私は君のこと嫌いだった。でも、君は私に知らない世界を教えてくれて……どんどん好きになった」


 彼女は胸に手を当て――。


「この気持ちは本物、誰が何と言ったって、私は君のことが好き! ずっと、ずぅーと一緒にいたい!」


 今までにない素晴らしい演技だった。多分昨日の告白の演技よりも、再現度は高い。

 そして、ここで飛翔、主人公のセリフ。


「あぁ、俺もお前のこと最初はめちゃくちゃ嫌いだったよ。でも、徐々に知っていくうちにだんだん好きになって、この気持ち誰にも止められない」


 こうして飛翔は、ゆっくりと華崎へ近づいていく。その距離、十五センチ。

 華崎も必死に目を逸らさぬように、我慢している。正直、こっちだってつらい。五日のときと同じく、美少女の顔が目の前にあるのだから。

 彼女の吐息がそっと鼻をくすぐった。今にもどうにかなってしまいそうな気分だ。そして、ゆっくりと顔を近づけて……。


――ピコン、と電子音がなった。


 その電子音は明らかに、華崎や俺のものではない。物陰の方を見ると、二人して同時に首を横に振る。どうやら霜城と神郷のものでもないらしい。

 となると……。


「やっべ、すげースクープじゃんこれ」


 少し離れたとこから男子生徒がこちらに向けてスマホを構えている。おそらく、霜城や神郷のいる場所から死角になって見えなかったのだろう。

 男子生徒はこっちが気が付いたのに気が付くと、走って逃げていく。


「――クソッ!」

 思わず後を追ったが、校門の外に出られてしまい、どこに逃げたかわからなくなってしまった。

 後から、追ってくる三人。


「最悪だ……」


 あれを何も知らない人間が見たらどう思うだろうか。

 しかも、飛翔の相手が普通の学生だったらまだよかった。最悪なことに、相手は華崎、学園長の孫で、学園内での高い地位を誇る。

 そんな見本のような人間が不純異性交遊……。


「ま、まぁ大丈夫だろ。逃げたやつも相手が藤沢じゃ本気にしてないだろうし」


 神郷、それはフォローだろうが、微妙に俺を傷つけているぞ。


「そ、そうね。大丈夫よね……」


 どことなく元気のない華崎。やっぱりこの状況はまずい。

 あの男子生徒が、これを広める理由もないし、広めない理由もない。それに動画でとるくらいだ、拡散してもおかしくない人間だろう。


「とにかく部室に戻ろう。話はそれからだ」


 その時は結局何も会話のないまま部室に戻ってきた。


「で、どうするの?」


 霜城が沈黙していた空間にようやく切り込む。


「先生に相談した方がいいんじゃないか?」


 それに対し、神郷が返す。


「ダメよ、先生は本来それを取り締まる立場にいるのよ。それにちゃんとした理由を話したとしてもそれは多分言い訳にしか聞こえない」


 その通りだ。ちゃんとした理由を話す場合に関しても、飛翔のことを話さなくてはならない。その場合、就業が禁止されてるこの学校では退学になってしまうのが目に見えている。

 ただ、一人事情を理解できる先生大上ならいる。


「顧問に相談してみるってのはどうだ?」

「それ、いいかもな」

「うん、私もそう思う」

「華崎もそれでいいか?」


 先ほどからずっと黙っている華崎に声を掛ける。


「うん……」


 力ない返事、そうとう今の状況に参っているのだろう。


「私、先生呼んでくるね」


 霜城が部室から出ていく、その後を追って霜城が部室から出て行った。

 数分すると、二人が大上を連れて部室にやってくる。事情はどうやら全て話したらしく、眉間にしわが寄っている。


「お前ら、やってくれたな……」


 その様子は本気で怒っているようで、いつもの彼女ではない。


「まず霜城、どうして告白シーンの再現とやらをとめなかった?」

「それは……、人気が少ないところなら大丈夫かと思って」

「そういうことじゃない。お前は本来、それを取り締まる側の人間だろ、このバカどもを助長させるようなことを言ってどうするんだ」

「す、すみません……」

「謝って済む問題じゃないんだよ。ったく……」


 霜城の目のは涙が溜まっていた。次に大上が視線を映したのは神郷だった。


「神郷、お前も同罪だ。それにお前に関しては、あまり自分が学園でいい立場じゃないのは分かってるだろう。これが自分の身だったら、お前は速攻退学だったぞ、もうちょっと周りの人間のこともよく考えろ」

「……」


 神郷は反省に沈黙で答える。そして、大上の視線は一瞬華崎を見るも、直ぐに飛翔に移った。

 そして、大上は突然胸倉を掴んだ。


「藤沢、お前には話がある。ちょっと来い」


 引きずられるように、廊下に出される。人気のないところまで連れていかれると、大上は掴んでいた胸倉を離した。


「……で、どうするんだ?」


 大上はいつもの調子で飛翔に尋ねてきた。分かっていた、大上が飛翔に求めているものは反省ではなく、解決方法だ。


「どうする……ですか、難しいですね」

「私は一つだけ方法を思いついたぞ」

「なんですか?」

「お前が――藤沢家に戻ればいい、そうすれば華崎家はすぐにでもお前らの関係を認めてくれるだろう」

「俺と、華崎は付き合ってません」

「付き合ってることにすれば万事解決、おそらく退学になるのは撮影した生徒の方になるな」


 いや、今回に関しては間違いなく度を越えた自分たちが悪い。それに、藤沢家に戻ることだけは絶対にしたくない。


「じゃあ、どうするんだ?」

「それは――」


 もちろん方法はあった。でもこれは……。


「明日、様子を見て決めます。後は覚悟の問題ですから」

「お前は大丈夫みたいだな、後は……」


 大上は視線を部室のある方向へ移した。


「もしそうなった場合、あの子華崎はお前が説得しろ」

「はい」


 返事を確認すると、大上は少し口角を上げて帰って行った。


「さて、どうしよう」


 この方法は、個人的にあまりやりたくない。おそらく彼女は傷ついてしまうだろうから。

 今はただ、あの男子生徒が拡散しないのを祈るばかりだった。

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