scene#013 「委員長のヒメゴト(非エロ)」

 次の日の朝。いつものようにたわいもない話をしに、伊東が飛翔の席へとやって来る。


「な、なぁなんか今日クラスの女子からの視線を凄く感じるんだが気のせいかな?」

「なんだ、ついにモテキ到来か?」

「いや、そうじゃなくてゴミを見るような目でさっきから見られてるような気が済んだけど……」

「あ、あぁー……」


 ごめん、それ俺のせいです。心の中で謝っておく。


「まぁ、三次元なんかもともとクソみたいなもんだろ、気にすんな」

「そ、そうだよな! に、二次元最高!」


 本当にごめんよ伊東。でも、めちゃくちゃ俺も反省したから。


「そういえばさ、お前らの新しい部活なんか楽しそうだな」

「そう見えるか?」

「おう、だって学年にいる美少女という美少女を集めた部活だろ。いくら俺が三次元に興味ないからって言っても羨ましいぜ!」


 うーん、美少女か。見た目はそうかもしれんが、隣のやつは中々問題のあるやつだと思う。


「ま、まさかお前三次元にコンバートしたのか?」

「してない、ていうか俺はそもそもどっちでもない」

「ってことはあれか?」

「体をくねらせるな! 気持ち悪い!」


 そんなどうでもいいやり取りをしていると、急にいつになく真剣な顔で伊東は肩を叩いた。


「なんだよ、いきなり」

「いや、これは俺からの心配事みたいなもん。あのさ、あんまり羽目を外しすぎるなよ。お前ら、いや、特にお前の事よく思ってない連中最近多いみたいだし」

「それはどういう――」


 聞く前に、チャイムが鳴ってしまい。伊東は軽く手を振って自分の席に戻っていく。

 結局今のは何だったんだ? 確かに最近すごく視線を感じるような気がするけど……。




 そして一時間目の休み時間。どうしてか挙動不審な霜城が近づいてきた。


「ふ、藤沢くん、おはよう」

「おう、おはよう霜城」


 挨拶だけしていきなり霜城は黙ってしまう。ハキハキしておらずなんだか、いつもの彼女らしくないといえばそうなのだがこの霜城を最近部室でも多く見るのでもしかしたらこれが彼女の素なのかもしれない。


「どうした、何か用事があったんじゃないのか?」

「そうなんだけど……」

「もしかして部活の事?」

「そ、そうよ。部活の事であなたに相談したいことがあって、藤沢くん今日のお昼って空いてるかしら」


 昼か、いつもなら伊東と一緒に食べているのだが。伊東の方を見ると、こちらを見て親指を立てている。どうやらこっちを優先していいらしい。


「空いてるよ。教室じゃあれだし、部室とかがいいか」

「そうね、その……あなたと二人で話しているところあんまり人に見られたくないし」


 それはどういう意味なんでしょう。場合によっては、俺のガラスのハートにひびが入りますよ?


「まぁ、いいや。じゃあ昼部室で」

「うん」


 そう言って少し上機嫌になって霜城は自分の席に戻っていく。本当にどうしたんだ。


「ねぇ、ちょっと」


 隣から触りたくないのかシャーペンで脇をつつかれる。微妙に痛いよ。


「なんだよ華崎」

「今日、霜城さんと部室でお昼食べるの?」

「なんだ、聞いてたのか」

「隣で話してれば聞こえるでしょ。それなんだけどもしよかったら私も一緒に食べていい?」

「別にいいけど……、どういう風の吹き回しだ?」

「そ、それは霜城さんとも少しは仲良くしたいなぁって思って」


 そう言って目線をずらす。こいつ絶対何か隠してるだろ。


「まぁ、いいか。じゃあ昼にな」

「えぇ」


 何かよくわからんが、普段学校生活であまり交わることのない三人で昼食をとることになってしまった。




――そして、昼休み。

 霜城と一緒に部室に向かう。ちなみに華崎はというと俺たち(俺限定)と一緒に行くのが嫌らしく、後から一人で来るそうだ。ほんとあの女は相変わらず平常運転だな。


「誰かいるっぽいな」


 部室から女子の話し声が聞こえる。一応、部員は全員部室の鍵を持っているので不思議ではないのだが。

 部室のスライドドアに手をかけると抵抗もなく、開く。


「あ、つばさちゃんだ」

「なんだ、あんたたちも来たんだ」

「桃と神郷はこんなところで何してんだよ」

「何って、これ見ればわかるだろ」


 神郷にそう言われ、机に視線を移す。そこには可愛らしいお弁当が二つ。あぁ、一緒にお昼を食べてたのか。


「こ、こんにちは、桃先輩」

「うん、こんにちは聖ちゃん」


 霜城が桃に挨拶して席に着く。俺も霜城の向かい、桃の隣に座る。


「まさか、二人で食べてるとはな」

「うん、弥里ちゃんとはよくここで食べてるんだ」

「そういうあんたたちこそ、珍しい組み合わせだけど」


 神郷は不思議そうに俺と霜城を見ている。まぁ、クラスの様子だけ見てれば確かにこの組み合わせは珍しいというより奇異なものだ。


「あぁ、なんか――「きょ、今日は藤沢くんがどうしても私と食べたいって言うんで!」

「は、お前なに言ってんだ――フぐっ!」


 机の下からピンポイントで股間を蹴られる。本人はどこを蹴ったか気が付いていないがこれはかなりの致命傷だ。


「つ、つばさちゃんいきなり顔色悪くなったけど大丈夫?」

「だ、大丈夫……だと思う」


 机に伏せながら霜城を睨み付ける。


「な、なによ」

「いや別に……」


 本当に三次元の女ってする行動が本当によく分からない。どうしていきなり股間を蹴るんだよ。


「私たち、もしかして邪魔?」

「そんなことは――ぎゃあ!!」

「ぎゃあ?」


 そう言いかけると連続で股間を蹴られる。やめろ、マジ死ぬから!


「ぎゃ、ははは……い、いやぁ、その……俺が個人的に霜城さんにお話しがありまして、それに二人がいられるちょっと恥ずかしいっていうか……」


 これいでいいんだろ霜城? 彼女の方を向くと深く頷いている。


「そっか、大変なんだな藤沢も」


 とまぁ、無視して神郷は食べ物を箸で口に運ぶわけで、その度に俺の股間が蹴られている。


「ぐ……、な、なぁ悪いんだが席をはずしてもらうことはできないか?」

「無理だな」


 あぁー、やめろ神郷! お前がそう言う度に強くなってるんだよ!


「つ、つばさちゃんほんとうに顔色悪いよ?」


 そりゃ、目の前で殺人行為をしてる人間がいますからね。


「そ、そうなんだ。二人が席を外してくれないとある部分の機能が低下して死んでしまうんだよ」

「そうなんだ、じゃあ部室じゃなくて保健室行けば?」

 ほんと冷たいなー、神郷さんは! そんなに桃との食事を邪魔されて苛立ってるのか?

 というより……本当に限界! このままじゃ保健室どころか御空に昇っちゃうよ!


「な、なぁ神郷。お前の望みはなんだ。なんでも一つだけ叶えてやるぞ」

「そうだなぁ、じゃあ今度うちに来なよ」

「「――え?」」


 どうしてか桃と霜城が同時に声を漏らした。


「うちに来て弟と妹の面倒見てくれ、それでいいよ」

「そ、そんなんでいいのか?」

「そんなんでっていうか、まぁそれくらいが十分というか」

「分かった、行く! お前の家行くから!」

「おう、約束な」


 そう言って神郷は席を立ち上がる。それに続いて何故かそわそわした桃が神郷の後を追っていく。


「ま、頑張れよ。藤沢」

「じゃ、じゃあね。つばさちゃん、聖ちゃん」


 二人は部室から出て行ってしまった。というか最後の何か膨らましたような笑み、神郷のやつ最初から気づいていやがったな。

 ちょうど二人が出て行ったと同時に、霜城からの攻撃も収まったので再び彼女に向き直る。

 すると何故か不機嫌そうな彼女の顔が。


「藤沢くん、神郷さんの家行くの?」

「もちろん、約束だからな」

「ふーん、それ不純異性交遊じゃないの?」

「どこがだよ、さっき言ってただろ。弟や妹の面倒を見るって」

「そんなこと言って実は、家で二人きりで……あんなことやこんなことが……」

「し、霜城?」


 霜城は上の空で全く話を聞いていない。これは俗にいう妄想委員長ってやつなのでは?


「と、とにかく私は許しませんからね。そんな家に行くなんて破廉恥な……」

「いや、この前みんな俺んちに来てただろ」

「それは、二人きりではなかったじゃない!」

「だから二人きりじゃ……」


 こいつも華崎と同じで自分の都合のいいことしか考えられなくなるタイプの人間か。あぁー、本当にめんどくさいな。


「私も……行きますから」

「へ?」

「私も、神郷さんの家に行きますから。破廉恥なことを防ぐためです、仕方ないでしょう」

「でも、約束したのは俺じゃあ……」

「別に私も行ってはいけないなんて言ってないでしょう。じゃあ大丈夫よ」


 やっぱりそうだ。華崎と同じで変なところで頭が回る。霜城は自制した人間だと思っていたのでちょっとショックだ。

 というかもしかして、華崎に対して神郷以上に混ぜるな危険な人物かもしれない。華崎と、霜城、この二人は俺にとって最大の脅威だ。


「分かった。別に来てもいいだが、さっきのはちゃんと謝罪しろ」

「さっきって足を蹴ってたこと?」

「違う、股間だ!」


 するとみるみるうちに赤くなっていく霜城、そして。


「変態!」

「――アウチ!!」


 今日一番の最高の蹴りが股間にクリーンヒット。言うまでもなく、俺の視界は真っ白に包まれていくのであった。

 あぁ、天国は股間を蹴る女も、訳の分からない契約をしてくる女もいなければいいなぁ……。




 目を開けるとそこは天国だった……、訳でもなく二つのチョモランマが見える。


「なんだ、俺はいつの間に山を制覇したのか?」

「あっ、藤沢くんやっと起きた」


 覗き込む霜城、そしてかなり不機嫌そうな華崎の顔が目の前に。ん、てことは今の状況は?


「ひざ、まくら?」

「そうよ、あの後藤沢くんいきなり倒れたのよ。だから介抱してたの。男の子はこういうシチュに元気出るんでしょ」


 いやいや、倒れさせたのはあなたでしょう。ということはこの頭の感触、そしてこの目の前に見えるチョモランマはふとももと、胸か。

 というよりその元気の常套句はよく俺がシナリオで起こすイベントじゃないですか、どうして霜城が知ってるんだ?


「変態、スケベそうな顔してる」


 嫌悪感丸出しの顔で見下す華崎。


「うるせー、こういう顔なんだよ」

「ともかく、そろそろ重いから立ち上がって」

「あぁ、うん」


 もう少し感触を確かめたかったが仕方ない。体を起こし時計を確認するとあれからまだ十分しか経っていないようだった。


「そういや、大丈夫なのか?」


 ちらっと華崎の方に視線を移し、霜城の方へ向く。


「華崎さんは大丈夫。信頼できる人だから」

「はぁ……」


 それを言ったら桃と神郷も十分に信用できると思うのだが、少なくとも華崎よりは。


「じゃあ、話すわね」


 隣に座る霜城はすっと深呼吸をする。


「藤沢飛翔くん――いえ、カクめいじんさん、私を弟子にしてください!」

「――はい?」


 どうして、なぜが頭の中に浮かぶ。なんで霜城がその事を知ってるの? 言ったことないよね?

 正面にいる華崎の方へ向く。すると彼女は視線を逸らした。あぁ、何となくわかった、このクソ女……。


「ていうか、弟子ってどういうことだよ」

「そのままよ、私小説家になりたいの。そんな時、華崎さんに藤沢くんがあの「創造家」であるカクめいじんだって教えてもらってね。それで、弟子入りしたいと思ったの」

「もしかして……、昨日のって」

「そうよ、あなたの作品の原本が見たかったの、予想とは全く違うものが出てきたけれど……」


 あぁ、なるほどようやく合点がいったよ。だから俺の部屋に来た時からずっとソワソワしてたわけね……。

 霜城が小説家志望なのは正直驚きだが、やっぱり華崎の野郎、勝手に話やがったな。まさかあの契約を忘れたんじゃないだろうな。

 華崎を睨む。


「し、仕方ないでしょう。霜城さんが入ってくれなければ部活は成立しなかったわけだし」

「確かにそうだが、お前の秘密を霜城に話したっていいんだぞ」

「そ、それはダメ! とにかく悪いとは思ってるから」

「ったく……」


 確かに霜城がこの部に入らなければ成立しなかったのは事実だ。だが一体どうやって華崎は霜城が小説家志望だということを知ったのだろうか。


「まさかお前……」

「ふっ、そのまさかよ」


 先ほどとは打って変わって誇らしげな華崎。いや、やってることは全然誇らしくないが。


「私、霜城さんの進路調査票を確認したの。それで知ったのよ」


 知ったのよじゃなくて、それは個人情報保護の観点からいってかなりの問題では?


「友人が未来に悩んでいると大上先生に伝えてたらすぐに見せてくれたわ、しかもうちのクラスにはその問題に対して適材適所な人間がいるっていうヒント付きでね」


 いや、もうそれは普通に答えだろ。何やってんだよあの三十路……。


「悪いが霜城、俺は同級生の弟子をとるつもりはないんんだ、悪いな」


 教室でいきなり霜城が「ししょー」、とか言ってみろ。事案は発生しないがみんな何事かと思うだろ。


「じゃ、じゃあ後輩ならいいっていうの?」

「そういうことじゃなくてだな……」


 すると、華崎いきなり立ち上がり、霜城の耳元でこそこそと何かを伝えている。そしてお互い何か確認したように頷くと霜城はこちらに向き直った。


「藤沢くん」

「はい?」

「私と――契約してください」


 頭を下げる霜城。一体何を吹き込んだんだ?


「私が藤沢くんの事をカクめいじんだという事を黙っている代わりに、私を弟子にしてください」

「――おい」


 俺は目の前の霜城ではなく、悠々と正面に座る華崎に目を向けた。


「お前、いい加減にしろよ……」

「だって、私の時と同じようにしないと君は「はい」って答えてくれないでしょ」


 それはそうかもしれないが、これは単純に一方的な脅迫だ。なんだ黙ってる代わりに、自分に教授をしろなんてどう考えてもおかしいだろ。

 霜城は再び顔を上げる。


「も、もちろん私、藤沢くん、いえ師匠のためなら何でもさせてもらうから!」


 それはもちろんエッチなこともオーケーということでしょうか。ぐへへ……。


「もちろん、変なこと指示したら通報するけど」


 ですよね……、というよりするつもりもないし。


「ねぇ、ここまでお願いしてるんだしいいじゃない」

「華崎、お前は今どんな立場で言ってるんだよ……」


 元はといえばこいつが元凶なのは間違いない。今すぐ目の前の霜城にチクったっていいんだぞ、ということを必死に目で訴える。


「な、なによ」


「別に何でも。はぁ、分かったよ……、弟子じゃないけどサポートくらいはさせてやる」


 嬉しそうに目を大きくする霜城。


「本当?」

「あぁ、だから学園、いや日常生活で俺の正体やこの事を絶対に口外するなよ。ましてや絶対に教室で師匠なんて呼ぶなよ」

「あ、ありがとう、藤沢くん!」

「おう、じゃあ――」


 飛翔はそう言って手を差し伸べる。


「契約なんだろ、ほら」

「うん、よろしくね!」


 両手で俺の右手を握る霜城。なんだか、普段教室で見ることのない今の表情は少し可愛く見えた。

 それからは昼休み中ずっと飛翔の過去作の感想をずっと聞かされた。正直、学園で身近なファンがいるのは少し嬉し、今後の参考にもなる。

 霜城に正体を明かして良かったのかもしれないな。

 まぁ、ずっと二人で話している間、華崎はずっと不機嫌そうな顔してたけど。


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