scene#011 「藤沢飛翔のなく頃に ~箱入の焼灼編~」

 かなり多めに買い込んだはずの夕飯の食材だったが、もう跡形もなく全て食べつくされてしまった。といっても、その食材の三分の一は桃一人でたいらげてしまったのだが……。

 夕飯を食べ終えると、神郷と華﨑は勝手に人の家のテレビとPS4でFPSを始め、その対戦している画面を桃は不思議そうに眺めている。大上に関しては平常運転で、さっきまでお好み焼きをつまみながら酒を飲んで誰に向けたのかもしれない愚痴を吐いていたのだがいつのまにか寝てしまった。

 そして霜城は……。


「お前さっきから人の部屋をきょろきょろして気持ちが悪いぞ」

「ち、違うのよ。これは、その……研究というかなんというか……」


 何の研究だよ。男子の部屋、しかも俺の部屋がそんなに面白いのか? しかも、アニメグッズやゲームグッズは別の場所に保管してあるので、生活に必要なものしかないこの部屋は何も面白味はないと思うが。


「ていうか、霜城はよく今日ここに来たよな」

「何よ、私は来ちゃいけないって事?」

「そうじゃなくてさ、そのいつもだったら言うじゃん、不純異性交遊だって」


 そうだ、こういう男女のいざこざには人一倍霜城はうるさい。それは、今まで付き合いがなくても理解できる程度に彼女は男女○○が嫌いなことは知っている。


「ふ、藤沢くんの部屋だからいいのよ。それに今日は皆も一緒だし……」


 俺の部屋だからいいってどういうことですかね? 異性として見れないって事でしょうか?


「ね、ねぇ藤沢くん。何か隠してたりはしてないの?」

「隠してるって何をだよ」

「だからその……、大事な資料とか」


 大事な資料、大事な資料――……まさかそれは、男子が大切にしているということか?

 霜城の顔を見る。


「な、なによ」


 真っ赤になったその顔は正に、を意味していた。


「み、見つけたらどうするつもりだ」

「どうするって、見せてもらうに決まってるでしょ、それで参考にさせてもらいたくて……」


 参考にってアレをですか? いやいやいや、何も参考にならないでしょ。いつからそんなキャラになったんですか霜城聖さん?


「お、お前……」

「何よ」


 とんだ淫乱委員長だなと、言おうと思ったがそれは事態が更に悪化しかねない

のでやめた。ここで俺が行うことは一つ。何が何でも隠し通す事だ。


「し、霜城。お前の探しているものはここにはない」

「嘘よ、私知ってるんだから……、出しなさい、とは言える立場じゃないけど、出してください」


 そう言ってて丁寧に彼女は礼をする。なぜそこまでしてアレがみたいのか俺には理解できない。

 はっ! まさか学園で俺の性癖や嗜好を風紀委員会に報告しようとしているのか?


「い、一体、その……アレがお前にとって一体何の特になるんだ!」

「私にとっては特になるのよ! 特にあなたのは――」


 どうして俺限定なんだ! どうせだったら伊東の方が危ない趣味をしてるし、暴露するんだったらそっちの方が楽しいぞ!


「とにかく、その……見せなさい、いえ見してください!」


 今度は土下座くらい深く礼をする。幸い、この最悪な状況にFPSに夢中になる三人は気が付いていない。


「しもじょー、こいつの資料だったら、お前のすぐ下にあるぞ」


 いつのまにか起きていた大上が霜城の座っている下を指さす。

 と、というかまずい! 俺がアレを隠しているのは床下だ、そこにはあられもないコレクションたちの多くが眠っている。アレを霜城に見られたら一巻の終わりだ!

 必死に大上を睨み返すが、気にすることなくニヤニヤとこちらを見て笑っている。クソ教師め……。っていうかなんでアレがある場所知ってるんだよ!


「ここ……、かしら」


 霜城が自分の足元の床をいじる。そう、そこにはてっきり何もないように見える。しかし――


「あれ……なんか空いた」


 そう、そこは十秒以上押すと空いてしまう仕掛けになっている。そして、床下の天国、地上の地獄が解禁してしまった。


「や、やっと見つけたわ!」


 霜城はそこに手を突っ込み、物色する。


「は、早まるな!」

「これね――!」


 そして、霜城がを大大と俺の目の前に召喚する。

 そう、そののタイトルは……。


「――よりにもよって「淫乱性処理委員長3」かよ!」

「だ、誰が性処理委員長よ! って――」


 そのパッケージを見た霜城はそれをこちらに投げつけてくる。


「へ、変態! 信じられない、私の事そういう風に見てたの?」

「こ、これは誤解だ! たまたま、本当にたまたまなんだよ!」


 そう、たまたまなのだ。別に彼女を意識して買ったわけでもないし、やっているわけでもない。たまたま安く売ってたのでたまたま年齢をごまかして買っただけだ!


「たまたまたまたま、うるさい変態!」


 霜城が騒いだせいで、テレビに夢中になっていた視線が自然とこちらに向く。


「どうしたの? 霜城さん」

「は、華崎さん聞いてよ。――ふじ、ふごごっ!」


 霜城の口を必死に抑える。こいつにだけはそれは言ったらダメだ! また変な契約を交わされたらかなったもんじゃない!


「そ、その気にするな。霜城はどうやら食べ過ぎで体調が悪いらしい!」


 必死にごまかす。しかし。


「なんだこれ、淫乱性処理委員長3?」


 神郷と桃が不思議そうに箱をのぞき込んでいる。

 あぁ、終わった。もう、この部活に俺の居場所はない。


「つばさちゃん」


 いつになく真剣な表情を向ける桃。


「私、悲しいな。まさかこんな趣味があったなんて」


 そんな悲しそうな顔しないでくれ、ちゃんと母性愛丸出しの姉系ジャンルのエロゲーも持ってるから!


「ふ、藤沢だって男の子だもんな、でもまさか委員長とは……」


 神郷! 安心しろ、俺はちゃんとギャル系のエロゲーを持ってるぞ! どちらかというと淫乱委員長よりもプレイする頻度は高いから!


「や、やっぱり変態は変態だったのね……」


 は、華崎。あー、悪いがお嬢様系のエロゲーは持ってないんだ。あんまりでしゃばらないでくれ。


「ぷはっ、いつまで口を押えてるのよ、このエッチ!」


 あぁ、事態は最悪だ。もう……もうおしまいだ。

 視線が痛い、冷たい、心が痛い。

 一体、どうすればいいんだよ……。

 その時、俺の頭の中にギャルゲ神ならぬエロゲ神が降りてくる。


「あぁ、飛翔よ……、考えるのだ、考えることをやめたらそこで創造……、いや妄想は終わりなのじゃ」

「エ、エロゲ神!」

「お主は誰だ、誰よりも二次元を愛し、愛された男、カクめいじんであり、創造家だろう」

「で、でも今相手にしてるのは二次元の女子ではなくて、三次元の女子。俺の常識が通用する相手じゃない!」

「何を言っておるのじゃ、お主はカクめいじんでもあり、創造家であり、藤沢飛翔という一人の人間であろう。両次元を司るもの、最強であり無敵の存在なのじゃ!」

「俺が両次元を司る無敵の存在……」


 どうしてなのか分からないが、全身から自信が満ち溢れてくる。


「今こそ、妄想する時! ビバエロゲ!」


 そう、だよな。

 ここで諦めたら何もかも終わっちまう。

 だから俺は決めたんだ。


――必死に言い訳すると!


 顔を上げた瞬間、冷たい視線を一斉に浴びた。


「みんな聞いてくれ、実はこれは俺の所有物ではないんだ」

「何言ってんだよ、藤沢の家にあったんだから藤沢のもんだろ」

「甘い、甘いぞ神郷。別に俺の家にあったからと言ってそれが俺の所有物とは限らないだろ」

「た、確かにそうかもだけど……」

「じゃあ、誰のだって言うのよ」


 納得していないようで華崎が突っかかってくる。


「俺はクラスに友達がいないのはみんな知ってるだろ?」


 一斉に頷く。うん、自分で振っといてなんだかな悲しくなってきたな。


「だが、唯一男子で一人だけ友達がいる。そいつは誰だと思う、霜城」

「ま、まさか伊東くんのだって言うわけ?」


「そういう事だ、実はあいつの家でこのような俗物は禁止されているらしくてな。

バレると、妹に吊し上げられて半日重力に逆らわなければならないらしい」


 これは本当の話だ。伊東は以前妹にエロゲーを見つかり、このような目にあったと泣きながら語っていた。


「そ、そんな、じゃあつばさちゃんは!」

「そう、そんな親友の身を案じて代わりに俺の家で保管しているんだ」


 もちろんそんなものは真っ赤な嘘だ。伊東、すまんな。


「な、なんだよ! 早く言ってくれよ!」

「すまないな神郷、友達を守りたくて……」

「藤沢くん、それ本当?」


 霜城はまだ疑念の念を持っているらしく、軽く睨まれている。


「本当だ、なんなら今ここで伊東に確認してやってもいい」


 もちろんこんなのはでまかせだ。でも、伊東もエロゲーをやってる以上関わってるのも事実。いや、俺が勝手に関わらせたんだけどね。


「そう、そういうことなら信じるわ」

「ありがとう、俺からしたら本当はこんなもの持っていたくないんだ、恥ずかしくて死にそうなんだよ」


 ここまでやれば十分だろう。もうみんな納得してくれたはずだ。


「じゃあ、これ――全部処分しないとね」

「――……え?」


 そう言って華崎は床下にあった多くのエロゲーを掘り出していく。


「なにこの量……」

「き、気持ち悪いな……」

「え、えっちだわ……」

「ちょ、お前なにやってるんだ!」

「何って、発掘。それにこれ全部伊東くんのなんでしょ」

「そ、そうだ」

「ほんとすごい量ね、気持ち悪い」


 やめて、俺の心が痛いよ。


「なー、みんな藤沢がそれを持っていたくないって言うんだったら、その呪縛から解放させてやろうじゃないか」


 大上が楽しそうに提案する。クソ、この三十路絶対分かってやがるな。


「って、ちょっと待ってくれ! か、解放って?」

「燃やせばいいんじゃないかな?」

「桃先輩、それ名案!」

「そうね、こんなもの残っていても仕方ないし……」

「はぁ、えぇ、はぁ!?」


 話が訳の分からない方向へ飛んでいく。そして大上が人差し指を高く上げた。


「藤沢飛翔解放記念日、キャンプファイヤーの始まりじゃー! みんな外に出ろ!」


 一斉に皆が返事をし、俺を残し出て行ってしまう。


 外からは火の粉の独特な音と匂いがするよ。

 ゆっくりとドアを開ける。

 そしてそこで見た燃え盛っていく軌跡たち。ゆっくりと、大きく空へ昇っていく煙、あぁ、見上げてごらん夜空の星を。


――もう、言い訳なんかロクなことにはならないと学んだきよしこの夜。




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