scene#009 「疑似デートイベント(仮)」
――それから数日後。
部活は何となくうまくまとまっていたような気がする。相変わらずどうして霜城がいるのかは理解できないが、自宅以外で仕事場ができたのは少し嬉しい。
シチュエーション再現時間以外は基本自由時間で、いつも桃は神郷と料理や男には到底理解できないキャラクターの話をしていたり、華崎はずっと本を読んでいたり、霜城だけはずっと俺が書いているのを観察している。
大上に関してはたまに部室に顔を出しては、飛翔だけに嫌味を残し帰っていく。本当にあの人は教師なのか……。
で、日曜日の今日は課外での再現ということで、休みの日を返上して商店街までやってきた。
待ち合わせの時間は十時。いつも遅刻をしている飛翔は、早めについた。後々嫌味を言われる方が嫌だからな。
小さな時計台の下。待っていると一番最初に来たのは、桃だった。
「待った?」
「いや……」
桃の私服姿を見たのは久しぶりな気がする。白いもこもこのついたコートに、ブーツ。普段とは違う大人っぽさが露見してとてもいい。
「つばさちゃん?」
「いや、よく似合ってます。最高です」
「ありがとー」
そして次に来たのは神郷。
「悪い、遅れた」
「遅れたって言ってもまだ五分前だぞ」
「それでも二人には待たせたから……」
学校は遅刻するのに、待ち合わせはしっかり守るのがなんだが神郷らしい。
神郷の恰好はというと、胸が強調されるワイシャツにライダージャケット、下はチノパンで、なんだが働くオフィスレディみたいな感じだ。
「へ、変じゃないか?」
「よく、似合ってるよ」
「そ、そうか。ありがとう……」
そして時間ぴったりに来たのが霜城。十五分前行動とか言って早く来るのかと思っていたが、そうではなかったのがちょっと意外だ。案外学外では普通なのか。
「待たせたわね」
「別に大丈夫だ」
霜城は、少し厚めの黒のワンピースにベレー帽を被っている。もっと露出が少ない服装で来るのかと思っていたから、かなり意外だった。
「な、なに?」
「いや、よく似合ってるんだけど……」
どこかで見たことのある服装なんだよな。特につい最近、担当したシナリオで似たような服装をしていたヒロインがいたよ様な気がする。まぁ、でも霜城に限ってはギャルゲーはやらないと思うし、まさかそれを服の参考にしてるとは……。
「――待たせたわね」
そして、堂々十分遅刻のこの女。神郷は着いた瞬間から、ずっと睨んでいる。
にしても派手な格好だ。露出は少ないが、ドレスに近いその恰好は明らかに商店街で浮いている。
「あんた、遅れたことに対して謝んないの?」
神郷がかみつく。そこは霜城が言いそうなのだが、彼女はずっとおどおどしていた。
「ふんっ、私が来ないと今日の再現だって始まらないでしょ。むしろ来てくれたことに感謝しなさい」
「まぁ、あんたがそんな態度なのはよくわかった。そのうち自分で自分の首を絞めることになっても知らないから」
そう言って神郷は先に歩き出してしまう。その後をなだめるように、桃が、着いていく。
すると何故か華崎はこちらに向き直る。
「で、変態。なんか感想はないの?」
「あぁ、遅れるのはよくないと思うぞ」
「そうじゃなくて」
ヒールで足を踏まれる。痛い。
「だったらなんだよ。何に関しての感想だよ」
「そりゃ……」
顔を赤らめる華崎。彼女が望む感想とやら、こっちは知ったこっちゃない。
「もういいわ」
そう言って華崎も商店街を歩いて行ってしまう。
残されたのは、自分と霜城の二人。
「行くか」
「そうね」
そうして二人並んで、三人の後を追った。
「今日やるのは主人公とアリスの初デート。とりあえず俺と華崎が並んで歩くからおかしなことあったら言ってくれ」
「らじゃー」
「了解」
「わかったわ」
返事を確認し、二人で商店街を歩く。後ろの三人がいなければ普通にデートみたいだ。
「おい、もうちょっとこっち来てくれ。そっちじゃ遠すぎる」
「う、うん。分かってるわよ……」
華崎が距離を詰める。ふんわりといいにおいがしたが、自我を保ち歩き始める。
「なぁ、デートって普段どういう話をするんだ? 参考までに聞きたい」
すると華崎はめちゃくちゃ眉間にしわを寄せて。
「三次元のシチュエーションに興味なかったんじゃないの?」
「だから参考までにって言ってるだろ。多分俺が妄想するデートと、華崎が体験してきたデートのギャップを知りたいんだよ」
「そ、それは……」
何故か下を向く華崎。
「したことないから分かるわけないじゃない……」
聞こえない声で何かをごにょる。
「ごめん、よく聞えなかった。もう一回言ってくれ」
「――だから!」
そういった瞬間彼女は体制を崩す。とっさに彼女が転ばないように抱きかかえた。間一髪、どうにかなった。
「ヒールなんて履いてくるなよ……」
「し、仕方ないでしょ。これしかなかったんだし」
「まぁいいや、立てるか?」
「うっ、うん」
華崎がぎこちなく立ち上がる。
「あ、ありがとう」
「おう」
そうして再びゆっくりと歩き出す。なるべく彼女の歩幅に合わせられる飛翔は、手を握った。
「な、なにするの変態!」
「いや、お前また転ぶかもしれないんだろ」
「そうじゃなくて、こんな所誰かに見られたらどうすんのよ!」
「いや、もう見てるけど……」
二人して後ろを振り返る。ニヤニヤしている桃、ジト目で睨む神郷、そしてなにやら真剣にメモをとる霜城。そこにはいつもの彼らがいる。
「うー、わかったわよ」
諦めて手を握るのを認めてくれたようだ。
「さぁじゃあどこ行こうか」
「決めてなかったの?」
「いや今のは主人公セリフの定石、ここで普通ヒロインは「君と一緒だったらどこだっていいよ」って言うんだぞ」
「そ、そんなこと言えるわけないでしょ」
ですよね、ちょっとからかってみたくなっただけです。
「とりあえず映画でも見るか」
「あっ、うん」
二人(+三人)で最近できた映画館に入場。
「何見たい?」
「私は……、そうね。ここは定石だと恋愛映画?」
「あっ、私モニの最新作みたい」
「桃先輩私も見たいです!」
「ちょっとあなたたち!」
後ろの三人はもう勝手に映画を決めてるし。うーん、確かに定石だと恋愛映画なんだよな。大体見た恋愛映画にラブシーンがあって気まずくなるのがお約束だ。
だがしかし、今回はビジュアルダーツの最新作で、今後のライター人生に大きく関わる仕事だ。既存のゲームの展開にしてしまうのはなんだか面白くない。
「で、どうするの?」
「そうだなぁ」
上映スケジュールを見る。ホラー、アニメ、恋愛映画、ドキュメンタリー、色々やってみたいだ。
「よし、決まった」
そして、飛翔が選んだ映画、それは……。
「バカなんじゃないの?」
カップル席に座り、横で華崎に嫌味を言われる。
「どんなセンスしてたら任侠映画にたどり着くのよ」
そう、俺はここであえて任侠映画を選択したのだ。それも今やってる最新作アウトブレイクファイナル。この映画のシリーズを飛翔は今まで全部見ており、まだファイナル、最終章だけは見ていなかった。はい、実は自分が見たかっただけです、ごめんなさい。
「まぁ、面白いなら何でもいいんだけど……」
上映が始まる。画面は暗くなり、あのいつもの波のシーンが映し出される。そして、十分後には血みどろの抗争が始まるのだった。
「面白かった……」
「えぇ、そうね……」
上映終了後、二人して商店街を歩く。
「どうだ、任侠映画最高だったろ?」
「うん、私誤解してた。日本には素晴らしい映画があるのね」
「ふっはっは、そうだろう」
「で、これも当然シナリオに入れるんでしょ?」
「お、おう」
もちろん入れられれば入れようと思ってる。でも、流石にいきなり初デートで任侠映画はおかしいので、あの三人が見ていたモニの大冒険にしようと思う。後で、桃あたりに感想を聞いておこう。
「で、この後は?」
「飯だ」
「私もちょうどおなか空いてたのよね、で何食べるの?」
「定石なら、屋台で何か買って公園で食べる……しかし、今回はそれはしない」
これは本当にシナリオでもそうしようと思っている。デートの相手はお嬢様、庶民の生活を知らないのが前提だ。ここで高級フレンチに連れて行っても何も面白味はないだろう。
「俺たちが行くのは――あそこだ!」
そして指さした先、そこは男のための戦場だった。
「まさか、食券の買い方を本当に知らない人間がいたのか……」
「うっ、うるさい。学食だって今までそれで使わなかったのよ!」
リアルお嬢様ここにあり。ということで、選んだ先は家系ラーメン。この脂ぎった店内がなんとも最高だ。
あえてカウンターの席に座ると、予想通り興味津々な顔で辺りを見回している。
「凄いとこね、ここ」
「そうだろうそうだろう」
「えぇ、気になったんだけどあのマシマシって何かしら?」
「それりゃ、来るからわかる」
あえて二人同じものを注文した。いやぁ、反応が楽しみだ。
「へい、おまち」
そうして、二人のラーメンが運ばれてくる。そびえ立つもやしウォール、そして卵、雪のように降りかかった魚粉とニンニク、そして野菜に隠れて見えない麺、そうこれこそが男の食べ物! ニンニクマシマシラーメン!
「こ、これは人が食べるものなのかしら……」
その目の前のチョモランマを見て華崎は絶句している。
「まぁ食ってみ、うまいから」
「うっ、うん」
華崎は、恐る恐るもやしを口に運ぶ。
「――う、うまい! 何なのこれ!」
「そうだろう、そうだろう」
目を輝かせて家系ラーメンを頬張る彼女はなんだか本当にアリスのように見えた。
そして、数十分後。お互いなんとか食べきった。華崎に関しては、俺よりも完食が早く、今もあっけらかんとした顔で水を飲んでいる。
「ほら、こっち向いて」
「あっ、うん」
言われた通り華崎の方を向く。すると、ハンカチを取り出し、飛翔の口をふき始めた。
「な、お前何すんだよ!」
「スープが顔についてたのよ、ほらまだついてるから」
「そ、その……汚れちゃうぞそのハンカチ」
「別にいいわよ。ほら早く」
無理矢理口元をふかれる。うーん、なんか不意にドキッとしてしまった。
「さ、行こうぜ」
周りのお客さんの視線も痛いし、そろそろ出たい。会計を済ませると、店員さんが不思議そうに尋ねてきた。
「あの……今日来店された女性のお客様はみなさんパワフルなんですが、この辺で大食い大会でもあったんですか?」
「さぁ……」
店員さんと飛翔の視線の先、そこには日本昔話に出てきそうなくらいのどんぶりを三十分で食べきり、写真撮影と一万円を手にした桃が笑っていた。
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