scene#007 「人間関係部……始動?」

 昼休み、なにやら華崎と霜城がずっとさっきから話し込んでいる。

 おそらく部活のことだろう、ここは関わりにいかないのが正解だ。何故かこちらを二人ともちらちら見ているような気がするが気のせいだよな、うん、気のせいだと思いたい。

 いつものように伊東がこちらに近づいてくる。前の席が空いてるのを確認するとそこに座った。


「今日は愛妻弁当はねぇのか」

「いや、そろそろ――」


 と思ってドアの方を見ると、小さな弁当をもった桃がニコニコしながら立っていた。


「つばさちゃーん、おべんととどけにきましたよー」


 彼女がそういっただけで、クラス中の注目を集めてしまう。さすがに学園のママの破壊力はだてではないようだ。

 そういえば、一応部活の話桃にもしておかなきゃな。弁当を受け取るついでに、廊下に出る。


「あのさ桃、部活入る気ないか?」

「それって、「人間関係部」ってやつ?」

「何で知ってんだよ……」

「噂になってたよ。なんだか、人の痴話話を収集する部活だとか」


 どうやら間違った広め方がされているらしい。おい、フォロワーに言いたい、どうやったら痴話喧嘩を収集する部活ができるんだよ。


「いや、違うからな。いくらなんでもそこまでネタに詰まってはないぞ」


 ジト目で睨む桃を必死になだめる。


「つばさちゃんならやりかねないと思って」

「俺はそもそも三次元にそこまで興味はない! 安心してくれ」

「それはそれで問題だと思うけどな」


 うぐっ、痛いところを突かれてしまった。


「ともかく、人間関係部は他の部活内の人間関係を改善させるって名目でできてるんだよ」

「うん、名目でできてるんだよね。で、本当は?」

「ネ、ネタ集めです……」

「やっぱり……」


 かわいそうな人を見る目でこっちを見るな、心が痛いぞ!


「ちなみに作ったのは華崎だからな!」

「華崎さんが? もしかして、この前言ってたのって」

「そうだよ、あれは華崎の事。華崎には、新作のゲームシナリオを書く手伝いをしてもらってるんだ。その拍子に、部活ができてしまったんだよ」


 拍子に部活ができたってどんなな表現だよと自分でも思うが、本当に拍子でできてしまったんだから仕方ない。


「そっか、華崎さんだったんだね。でも、黙ってるし協力してくれるってことはなんていい子なんだろう!」


 黙ってるのにも、協力するのにもそれなりの理由があるんだけどな。まぁ、これで納得したなら桃も入りやすいだろう。


「で、どうする? 入るか?」

「うん、よろしくね!」


 こうして無事? 四人目の部員を確保した。後は顧問と、五人目を残すまでだ。まぁ、正直五人目は見つからないと思うけど。




「嘘だろ……」


 放課後、部室には見事自分を含めて五人が揃っていた。


 一人目、飛翔。二人目、華崎。三人目、神郷、四人目、桃、五人目――……霜城。

 なぜ、ハンムラビと呼ばれた、あの甲鉄委員長がこんなふざけた部活にいるんだ?


「おい、どういうことだ説明しろ」


 近くにいた華崎に本人に聞こえないようにつついた。


「どういうことって見たまんまよ。霜城さんもこの部活に入りたいって」

「いやいやいや、おかしいでしょ。こんな部活かもよくわからない場所を霜城が認めるはずないだろ、まさかお前……脅迫したのか?」

「するわけないでしょ」


 何故か得意げに答える華崎。しかも、霜城を見る限りここに来るのに対して嫌がっている様子もない。


「じゃー、適当に自己紹介しろお前ら」


 なんかもう勝手に大上もいるし。色々と都合良すぎだろ。


「じゃあ私からね。三年生の京田辺桃です。みんな桃先輩って呼んでください!」


 なんかもう始まってるし、ほんとどんな状況なの?


「えぇと、二年の神郷弥里、よろしく」

「弥里ちゃんよろしくねー」

「はっ、はい。桃先輩」

「なんだか先輩って呼ばれるの新鮮!」


 うむ、この二人はこの二人で見ていて悪くない。後は、問題の二人。


「二年の華崎ミカエラです。どうぞよろしく」


 猫かぶりは今日も平常運転らしい。そして。


「えっと、二年のしも、霜城聖です。よ、よろしくお願いします」 


 こっちはこっちで教室での霜城らしくなく、少し上ずった声で挨拶した。なんなのだろう。


「ふっ、藤沢くんの番だけど」

「あっ、えっと二年の藤沢飛翔です。よろしく……」

「えぇ、よろしく」


 何故か握手を俺だけに求めてくる霜城。やたらとこちらにフレンドリーなのだが、どうしたのだろうか。


「で、顧問の大上つくよだ。よろしく」


 適当に挨拶すると、大上は「うまくやれよ」と言い残し、部室から出て行ってしまう。一体何をうまくやれというのだろうか。


「それにしても……」


 クラスが一緒でもこうして直接話すことはなかった俺たち。

 これを機会に、華崎は本音で話せる友達、神郷は自分を知ってもらう、霜城は……よくわからないが、居場所ができればいいものだと各々につくづく思う。まぁ、当然自分は除外して。


「その、いきなりで悪いんだけど私委員会あるから抜けるわね」


 霜城は立ち上がり、ドアの方へ向かう。


「あぁ、うん。今日はありがとな」

「別にいいわよ、じゃまた明日」

「うん、ばいばーい!」


 みんなに見送られ、霜城は立ち上がる。ドアを完全に閉めたのを確認してから、皆の方に向き直った。


「で、今日は何をするんだ?」

「それは変態が決めることでしょ?」

「――へ?」

「そうだよつばさちゃん、みんなそのためにいるんだし」

「わ、私にできることなら何でもやるよ」


 そうだった。自分自身目的を見失うところだった、アリスルートの完成それがこの部を作った最大の目的なのだから。


「まず、そうだな。他のキャラクターが主人公と喋ってる時のイメージをつかみたいかな」

「ってことは、誰かがこの幼馴染のキャラとぽっとでギャルヒロインの真似をすればいいわけだな」


 神郷はちゃんと設定資料を読んできているらしく、これからやることもよく分かっている。目の前でぼけっとしている二人とは大違いだ。


「今、なんか失礼なこと考えたでしょ」

「別に……」


 こうして準備を始めていく。一応主人公役は俺、そして他のヒロイン役は桃と神郷、メインの役は当然華崎が務めることになった。


「――てーいく、ワン!」


 桃の掛け声で、場面が始まる。基本セリフはアドリブで動いてもらうので、キャラをつぶさないように動いてもらうのが重要だ。


「ねー、主人公くん一緒にかえろーよ」


 うーむ、流石桃もうすでに役になりきっている。


「今日は私とゲーセンよって帰るって約束してんだよ。諦めな」


 こちらも演技は上々。今のところ違和感はない。


「かーえーろー」


 ここぞとばかりに桃の胸が腕に絡みつく。


「私と帰るの!」


 神郷の胸も腕に絡みつく。両腕におっぱい、どんな状況だこれ。しかも二人ともいいにおいするし、ギャルゲやライトノベルの主人公ってこんな思いしてたのかよ。許すまじ。


「ちょ、嫌がってるじゃない!」


 あー、完全に棒読み。役になり切れてない証拠だ。そして、ここで主人公のセリフ。


「二人とも一回離れてくれ、落ち着かないから!」


 ここでの落ち着かないの意味は下半身を指している。再現しようと思えば簡単にできるが今後の学生生活に関わるのでやめておこう。

 そして、ここで二人は諦めて離れ……、ん?


「わたしとかえるのー!」

「違う、私とだ!」


 二人の胸が、腕ではなく体に密着してくる。ちょ、これはマジやばい、下半身だけリアルに再現されちゃう!


 しかし――その時だった。


「さっきからデレデレして本当に気持ち悪い! あんたなんか、一生童貞でいればいい!」


 その迫真の演技に時が止まってしまう。二人ともどうすればいいのかわからなくなり、胸元で硬直していた。

 そして、それこそが求めていたものだった。二人を振り切り、すぐにキーボードを開く。今のシチュエーションをイメージして、書き始める。

 キーボードに置いた指が止まらない、妄想が止まらない、それくらい今の演技は完璧だった。


「す、すごいよ。華崎さん、私びっくりしちゃった」

「い、いやぁ、どうも……」

「正直私も驚いた、あんたほんとにさっきの演技だよね?」

「そ、そうに決まってるじゃない」


 どうやら二人も同じものを感じたようで感動を共有している。今の感じがずっと出せるのであれば、彼女をイメージモデルにしてみた甲斐があったものだ。

 しかしこの後、様々なシチュエーションを試すも華崎の演技が再び覚醒することはなかった。

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