scene#006 「最近ギャルヒロインのラノベって流行ってるよね」
結局その日、なんだかんだ言って議論はヒートアップし、最終下校時刻の六時まで教室にいる羽目に。
「じゃあ、私おばあさまとお話があるから学園長室に行くわ、また明日」
チャイムがなるとそう言って華崎は部室を出て行ってしまった。
残ったのは俺と神郷の二人。
「じゃあ、帰るか」
「そうだな」
神郷は頷き、一緒に教室を出る。
もうこの時間で学校に残っている生徒は部活組のため、校舎には人っ気がない。そんな中、どういうシチュエーションなのか学園一の問題児の隣を歩く。
「その……ありがとうな」
「何が?」
いきなり問題児に感謝されてしまった。
「いや、その……私の秘密黙っててくれて、駅前のほら……」
「あぁー」
あれは適当に言っただけで、まさか本人が感謝するほど気負っているとは知らなかった。
「見てたんだろその……」
ここは嘘を突き通した方がいいのだろうか、正直にさっきのは適当に言ったといってもいいのだがそれでは先ほど得た信用が無くなってしまう。
考えて答えを出す前に、神郷の方からその話題を切り出した。
「アルバイトの事だよ。私、駅前でテッシュ配ってたろ」
「あぁー、そうかアルバイトかアルバイト……」
まさかのまさかでアルバイト。てっきりパパ活でもしているのかと思ったら至極全うな理由だった。なんかごめんなさい。
「ていうか、うちの学校アルバイト禁止だよな」
「うん、だから黙っててくれたんだろ?」
「あぁー、なるほど」
つまり先ほどの秘密というのは校則で禁止されているアルバイトの事だったのか。神郷が秘密を共有できたのは俺が同じく就業していたからか。
「なるほど?」
「い、いや、別に。アルバイトか……偉いな」
「偉くなんかねーよ、そうしないと生活苦しいからさ」
「そうなのか……」
「おう、家が苦しいっていうのに私が私立なんて入ったからさ。ほんとにお母さんには負担かけてるよ」
何だこの娘めちゃくちゃいい娘じゃないか。家の事情は色々複雑なのだと思うが、今時こんな家族思いな娘がいるだろうか。
「少しでも私が負担を減らしてやんないとさ。うちにはチビ二人もいるし、その為にアルバイトしてるんだ」
「神郷……」
「あはは、なんか変な話になっちゃったな。藤沢って話しやすいからつい色々言っちゃうよ」
「なぁ、もしかしてお前が遅刻してくるのもそれに関係してるんじゃないのか?」
すると神郷は目を大きく見開いた。
「あんた凄いな、まさか私が遅刻してる理由を言い当てるとは思ってもみなかったよ」
これに関してはライターとかそんな勘で当てたわけではない。ただこの娘ならもしやと思って勝手に想像しただけだ。
「私が遅刻してくる日ってさ、夜勤でアルバイトしてる日なんだよ。どうしても、学校行こうとは思うんだけどさ、お母さんやチビたちの弁当も作らないといけないし、つい何時間か眠っちゃうんだよな」
いやそれは本当に仕方のないことだと思うぞ。その理由だったら、学園内で神郷を責めることのできる人間は誰一人としていないと思う。
「その……、あんまり無理すんなよ。こんな事俺から言われても癪だと思うけど」
「ふふっ、ありがとな。藤沢に言われると悪い気はしないよ。それに今日この後はバイトないし、藤沢のゲームでもやろうかな」
教室では見せない笑顔を向ける神郷。それからたわいもない話をしながら校門を出た。ちなみに今日は桃が買い物をしてきてくれるらしく、待ち合わせはしていない。
「じゃあ、俺はここで」
そう言って体をマシーン銀河へと向ける。
「じゃあなって、藤沢ここに住んでたのかよ」
かなり驚いた表情を見せる神郷。
「もしかして、学園関係者?」
そう思われても仕方ない、ここの入居者の八割が学園関係者だし。
「いや、違う。俺は普通にここで一人暮らしをしている」
「そっか……、って一人暮らし?」
まぁ高校生が一介の一人暮らししてたらそれは驚くよな。
「まぁ、家出ってやつだよ。名義は大上先生で暮らしてる」
「そうなのか……、ふりょーだな藤沢は」
冗談ぽく笑う神郷。深く突っ込まないのが彼女の優しさなのだろう。
「神郷だってよく家出くらいしてるだろ?」
「ば、ばか。家族が心配するだろう……」
「そうだな」
顔を赤らめ怒る彼女を見て思わず笑ってしまう。本当の彼女を知ってるからこそ、なんだかおかしくて笑えてきた。
学園一の問題児は、実は学園一の家族想いで、自分だけがそれを知っているとなんだが特別な気分になった。
「じゃあな、藤沢」
「おう、じゃあな神郷」
そこで神郷と別れる。
本当の意味で神郷弥里という人間を知ることができた。
もしかしたら、彼女とは秘密を共有しなくとも本当の意味で友達になれる、そんな気がした。
そして翌朝、遅くまで別の仕事をしていたため案の定学校に遅刻した。
今日は朝、桃が来ないことをすっかり忘れ、起こしてもらえるものだと思い、久しぶりに布団で爆睡した。特に登校時間ギリギリの寝坊は最高だった。
目が覚めたのは、三時間目終了後。クラスメイトは心配しているわけもなく、きっと目にも止めていないだろう。
授業中に教室に入るのは嫌でも注目を浴びてしまうので、休み時間にばれないように登校することにした。
何食わぬ顔で学校に潜入する。あたりを見回す、皆雑談に夢中になっておりこちらには気が付かない。オーケー敵はいないようだ。
「――あんたさっきから何やってんの?」
振り返ると敵が、いやそこには仲間がいた。
「おはよう神郷」
「おはよう、あんたも遅刻か?」
「まぁ、そんなとこ。というわけで一緒に教室行こうぜ」
すると何故か神郷は顔を赤くする。
「あんた、私と一緒に教室に入るのって恥ずかしくないの?」
「あー」
そういえば、神郷は学園一の問題児と思われている事をすっかり忘れていた。
「別に気にしないよ。ある程度昨日神郷のことは知って悪いやつじゃないって分かってるからな。そう思ってるやつには、思わせときゃいいさ」
俺自身、神郷が本当に問題児だとは思わない。むしろ、自分に近いようなそんなシンパシーさえ感じる。まぁ、彼女の遅刻と俺の遅刻を一緒にしてはいけないんだろうけど。
「そ、そうか。じゃあ行こう」
二人で並んで歩き出す。なんだが、ぎこちなく返事をする神郷。もしかして迷惑だったか。
「そう言えば、藤沢の作品やってみたぞ、確かY軸のセレナーデってやつ」
あれは、確か主人公が自称魔王と手を組んで、社会の闇と戦う作品だった。因みに俺が描いたのはメインヒロインのルート。戦闘シーンにはめちゃくちゃ苦労したんだよな。
「その、どうだった?」
「あぁ、面白かったよ! やりだしたら止まんなくて全ルートクリアしちまった!」
あれをクリアするには最低十五時間以上かかるわけだが訳だが、昨日帰ってからずっとやってたって事か。
……ん、ていうかまさか今日の遅刻の原因ってそれか? いや、いつも遅刻してるし違うよな。
「おう、藤沢お前本当に凄いんだな!」
「じゃあだれのルートが一番面白かった?」
そうだ、ここでメインヒロインの名前が上がらなけらばその尊敬は違うライターに向けられたものになる。それでは、なんとも納得いかない。
「そうだなぁ、私は
「い、いや……」
黒峰秋はメインヒロインではない。サブヒロインで、メインヒロインと人気投票で張り合ったキャラクターだ。まさか、神郷はそっち派だったか……。
「ちなみに、魔王、
「魔子か、面白かったんだけど私はあの子が最後にした事が理解できなかったよ」
「最後にしたことって、罪を全部背負った事か?」
そう、東條魔子は社会の闇に勝利した後、その罪、そこで失われた命を懺悔する為に一人罪を被った。
「だってさ、なんで悪いやつらをブッ倒したのに魔子が咎められなきゃいけねぇーんだよ。それに、世間は最後魔子の事を連続殺人犯だって勘違いしているし、何だか可哀想だろ」
「でも、主人公だけは味方だっただろ。最後まで」
俺が狙ったのはそこだ。例え世界が君の敵だったとしても、俺だけは君の味方的な。
「いや、主人公は魔子と同罪だろ。ここは一緒に罪を背負ってやるのが、男だと思うんだけどなぁ」
ズバリ的確な指摘をされてしまった。ここは俺自身、神郷の言った一緒に背負っていこうルートと迷った。しかし、そうしなかったのにはちゃんと理由もある。
「お前には家族っているか?」
「母親と弟が一人と、妹が一人いるけど、それがなんか関係あんのか?」
「もし家族が冤罪で捕まったらお前はどうする?」
「そりゃ、納得いかねーし抗議するよ。ぶっ殺してでも、身の潔白を証明させる」
「そうか、じゃあそう言う事だ」
「あ? どういう事だ?」
「Y軸のセレナーデには続きがある。しかも東條魔子のルート限定で」
「つまり、次の話では主人公が世間と戦うのか?」
「うーん、詳しいことは言えない。まだ開発中だしな」
Y軸のセレナーデは、元々二作品を繋げる前提で創られた作品だ。
その為、あえて魔子ルートを中途半端に終わらせた。二作目では魔子ルートだけ完全に独立したルートを作り、後はファンディスク的な他のヒロインのルートを付属するのだが。
「今俺が執筆してる、エンディングはお楽しみだ」
「じゃあ私は、魔子のルートが一番好きになるかも知れないって事だな」
その言葉に少しドキッとした。多分そういう意味ではない、これは作品に対する期待だ。
「まぁ、期待しといてくれ」
話をしているといつの間にか教室の前に着く。神郷が教室に入る時だけ、彼女のためを思って後ろに下がった。
別にクラスメイトたちは二人に興味を示すわけでもなく、適当に談笑している。実際、こんなもんだ。しっかり人間一人を見てる奴なんていない。
いや、いた。
こちらを鋭く睨む眼光。飛翔の席の隣から、その人物はずっとこちらを目で追っている。それを複数人の友達の前で話しながら行っている訳で、ほんとに器用な奴だなと思う。
「じゃ、また部活で」
「おっ、おう」
神郷と別れ自分の席に向かう。一人の視線だけを無視し、その辺の石ころになりきるつもりで自分の席に座った。
すると、隣でなにやら話している内容が聞こえてきてしまう。
「華崎さんって、部活作ったんでしょ?」
「えぇ、そうよ」
するともう一人の女子が。
「どんな部活なの、私も入ろうかな」
「そうね、普通の人が入る部活ではないの。学園生活が十分に送れていない人のためにある部活だから」
おいおい、何勝手に言ってくれてんだ。いつそんな活動名目になった。
「じゃあなんで華崎さんはそんな部活入ってるの? 一番縁の遠いような存在に見えるけど」
「実はね、私のおばあさま、学園長に頼まれて私が彼らをサポートする立場に任命されたの、だから仕方ないのよ」
「そうなんだ……、かわいそう」
かわいそうじゃねぇよ、かわいそうなのは今ここで堂々と悪口を言われている俺と神郷だろ。
「でも、それってさ、本来、華崎さんの仕事じゃなくない? いくら学園長の頼みだって言ったって、青春をそんなかわいそうな人たちのために使うのは気の毒だよ」
「そうだよね、私は委員長とかが適任だと思うな!」
あの部活に委員長、霜城がいることを不意に考えてしまう。
あっ、もしかしたらちょっとくらいまともな部活になったりするんじゃないか、ボランティアとかして。
というか、そもそもあんな部活霜城が認めるはずないか。シナリオを描くために作った部だし。
チャイムが鳴ると、女子の一人が衝撃的なことを言って席に戻っていく。
「私、後で委員長に声かけてみるね」
「えっ、あっちょっと――」
これはかなり余計なことになったぞ。あのハンムラビをどう納得させるか、ここは華崎に頑張ってもらおう。
「今の聞いてた?」
「うん、頑張れよ華崎」
「えっ、私なの? ここは普通君でしょ」
「俺たちのサポート役なんでしょ、頼むよぶちょー」
「ぐぬぬ……」
もう部活がどうなろうと知ったこっちゃない。こっちとすればシナリオが書けれさえばそれでいいのだ。
四時間目の生物教諭が、教室に入った瞬間、夢の世界へと瞬間的に旅立った。
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