scene#004 「ママは心配性」
「つばさちゃん、おそーい」
案の定、朝同様頬を膨らませた桃が校門の前に立っていた。
「つばさちゃんって、本当に人を待たせるのが得意だよね」
「はは、ありがとう」
「褒めてないよ! じゃなくて、行くよ?」
「あぁ、うん」
そうして、夕飯の材料を求め歩き出す。
「で、何してたの、ずいぶん遅かったけど」
「いやー、それがさ」
と、喉まで言いかけたところでやめる。桃は確かに、飛翔がこの仕事をしている事を知っている数少ない人間だが、この話には華崎が絡んでくる。幼馴染として口が堅いのは分かっているが、流石にいきなり話したら彼女との約束を破ることになる。ということで。
「実はさ、シナリオライターやってるのが、クラスのやつにばれた」
「それ、大丈夫なの!?」
「まぁ、信用できる……いや、ある契約を交わしてるから大丈夫だよ。向こうも分かっているだろうし」
「ならいいけど、私つばさちゃんが退学になるのだけは嫌だよ。それに飛翔ちゃんのクラスって学園長の孫がいるんでしょ。「リア王」だっけ? そんな人にばれたら大変だよ?」
はい、最悪なことのその人です。まぁ、学園長の孫だからこそ今回の契約は交わせた訳でで、それは不幸中の幸いだった。
「とにかく安心してくれ。多分、周りには卒業まで隠し通せそうだ」
「わかった……」
本当に心配しているようで桃は肩を落とす。なので、飛翔は右手を差し出した。
「つばさちゃん?」
「久しぶりに手繋いでもいいんじゃないか、ここ誰も見てるやついないし」
「いいの?」
「まぁ、今日だけ特別な」
「ありがとう――!」
そう言って桃は、恋人つなぎで右手をぎゅっと握ってくる。まぁ、本人も意識してないのだろう。それにこれは昔からの習慣みたいなものだ、必ずこうすれば桃は元気になってくれる。
夕焼けに照らされた桃の笑顔を見るたび、懐かしくも暖かい気持ちになるのだった。
夕飯の買い物を済ませ、再び学園前に戻ってくる。
戻ってきたころにはもうあたりは真っ暗で、部活が終わった生徒たちの何人かとすれ違った。その時も手をつないでいたのだが、暗闇で見えなかったことを祈るばかりだ。
飛翔の住むアパートマシーン銀河は、築40年にもなるボロアパートだ。何度も改築をし、持ちこたえているが、明らかに年季の入った錆びかけている階段や、共同トイレはマシーン銀河の歴史を語る証明となっている。
学園の目の前にあるアパートのため、学園関係者が住んでいることが多く、飛翔の一時身元引受人である大上もここに住んでいる。ちなみに飛翔の部屋は、一階の一○三号室で、一番奥の部屋だ。
夕飯の材料を持った飛翔たちは、そこのは直行せず、錆びて軋んだ階段を上る。そして一番最初に現れた、二○二号室のドアを開ける。
鍵はかかっておらずおらず、すんなりと内側に空いた。
「また飲んでんのかよ……」
開けた瞬間、お酒の匂いがもわんといわん勢いで充満していた。
そして、その原因の元、某国民的アニメにあるような円卓の前で飲んでいる教師が犯人だ。上下黒のジャージで、そこには色気もくそもない。
「こんばんは、大上先生。お酒は体に悪いのでほどほどにしてくださいね」
いつものように材料をもって台所に立つ桃。飛翔はできることもないので仕方なく、大上の目の前に座った。
「ずいぶんご機嫌ですね」
「そう見えるか? まぁ、今日の職員会議でハゲどもに一発かましてきたからな」
「それ、大丈夫なんですか?」
「あぁー、大丈夫大丈夫。なんと学園長様が味方してくれてさぁ、流石華崎家だよな、分かっていらっしゃる」
「はぁ」
何をわかっているのかさっぱりわからないが、とりあえずなんとかなったのは分かった。酒を飲むとこの人は主語がなくなるから、適当に同意しておくのが一番だ。
「あっ、そういえばうちのクラスの華崎だけどな」
その言葉に思わず身構えてしまう。何だろう、まさかあいつ言いふらしたとか?
「仲良くしとけよ。あぁいう人間が将来日本を背負って立つかもしれんからな」
「は、はぁ……」
なんだいつもの本人なりのアドバイスか。どうやら、大上でも華崎の正体は理解できていないらしい。
「できたよー」
そうしているうちに、いい匂いとともに桃が料理を運んでくる。今日の夕飯は、肉じゃがとサバの味噌煮、家庭的な料理だけど桃のこれは最高なんだよなぁ。
炊飯器からご飯、そして作り置きしてあった味噌汁を順番に回す。回し終わるとみんなで手を合した。
「「「いただきます」」」
こうして三人で食卓を囲む。大上と飛翔は料理が全くというほどできないので、桃が来てくれるのは本当に助かる。口にサバの味噌煮を運ぶと、予想通り最高すぎる味が口の中に広がる。
「いやぁ、京田辺はきっといいお嫁さんになるなぁ」
「そ、そんな先生冗談やめてくださいよ」
いやいや、きっと桃の旦那になる人間はきっと幸せだろう。というより、大上は自分の将来を考えた方がいいのでは?
「なんか言ったか、藤沢?」
「い、いえ別に……」
顔に出ていたのか思わず睨まれてしまった。怖い怖い。サバの味噌煮でご飯をかき込み、ご飯をお代わりする。
「いっぱい食べてね、つばさちゃん」
そう言って微笑む桃は本当に母親のようで、なんだか家族ってこんなものかなぁ、なんて思ってしまう。これが藤沢飛翔の日常、唯一心休まる時間だった。
「うー、くったくった」
食べたら食べたでこの教師は、すぐに横になてしまう。こっちはちゃんと洗い物をしているというのに。
洗い物を一通り終えると桃はエプロンを脱ぎ、こちらに向き直った。
「私はもう帰るから。明日、明後日は私、委員会で早いんだけど一人で起きれる?」
「ダイジョブダイジョブ、俺も子供じゃないんだから」
「そー言って前、お昼に学校来た事あったよね。私知ってるんだから」
ジト目で睨まれてしまった。うーん、あの時締め切り近くて仕事してたんだ。
「まぁ、明日は絶対に学校行くからさ。というか桃、夜ももう遅いし送るよ」
「大丈夫だよ、うちすぐそこだし」
「でも、夜だと何があるかわかんないし」
「そーだー、ちゃんと送ってけよ藤沢」
「と、教師もこう言っているわけですので送らせていただきますよお嬢様」
冗談で執事っぽく桃の手を取る。彼女は少し顔を赤くしていたが、きっと恥ずかしいんだろう。
「うー、まだ少し寒いね」
現在の季節四月下旬、まだ少しだけ冬の寒さが残り、特に夜は寒暖差があるため余計に寒く感じる。
「ほら、行くぞ」
「うん」
桃の家は大体ここから歩いて五分くらいだ。そんな遠くはない。
「もう手つないでくれないの?」
「桃の親御さんに見られたら殺されるからな」
「えぇー、ママは平気なのに」
「パパはやばいだろ、この前なんて日本刀持って俺の応対してきたぞ」
「うー、本当に恥ずかしい」
それは恥ずかしいというのだろうか、どう見てもおかしいだろ。というより、そこまで娘愛が強いのも問題だと思うが。
歩いているうちに桃の家が見えてくる。相変わらずこの西洋の洋館みたいな家はすごいと思う。
門の前まで来ると、桃が振り返る。
「ここでいいよ。ありがと、つばさちゃん」
「うん、じゃあー」
帰ろうとしたときに不意に袖を掴まれる。
「――どうした?」
「ううん、その……大丈夫かなって」
「別に俺は大丈夫だ、平常運転」
「そうじゃなくて、この学園にいなくなったりしないよね」
あぁ、そういうことか。どうやら今日の話をまだ本気で心配してくれているらしい。
「あぁ、大丈夫。なんてったって、俺は妄想の中で何度も運命を乗り越えた男だからな」
「ふふっ、なにそれ。でも……冗談が言えるってことは大丈夫ってことだよね」
「うん、とにかく心配すんな。前みたいに突然いなくなったりはしないから」
「わかった、信じる。おやすみ、つばさちゃん」
「おう、おやすみ桃」
そう言って桃は自宅へと帰って行った。
どうやら、本気で心配させているようだ。それもそうか、二年前の件がまだ尾を引いているのだろう。
――藤沢飛翔は二年前突然いなくなった。というより、逃げたの方が正しいだろう。
それは藤沢家の継体が嫌になった、というのが一番正しい答えだろうか。藤沢家は、代々政財界で中堅の財閥としての地位を確立している。
長男である俺はそれを引き継がなければいけないのだが、自分にはそんな意思はなく、本来決まっていた高校を勝手に蹴って、上京した。
今の仕事を続けたかったのが本音だし、腕さえあれば何とかなるだろう、そう思って誰にも相談せず決行した事だった。
しかし、結果として逃亡は失敗。再びこちらに戻らされてしまった。
だが、藤沢家の人間も逃亡には相当参ったらしく、本来入学するはずだった高校ではない華崎学園への入学を許してくれた。
そして、それをうまく引き合いに出し、一人暮らしをさせなかったらまた逃亡するという約束で、現在マシーン銀河に住んでいる。
そして今日、大上から高校生活の間、藤沢家は飛翔を自由にさせてもらえるらしいとのご報告を受けた。
「これで、ようやく普通ってやつになれるんだな」
もう誰にも迷惑をかけずに、自分らしく生きていきたい。そんな思春期の子供みたいな思いが、俺の軸の根底にある。
だからこそ桃には自分に構わず、幸せになってほしいとつくづく思っている。
「帰るか」
夜風に吹かれ冷たくなった体を温めるべく、飛翔は小走りでマシーン銀河へと向かった。
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