scene#003 「トラブルイベント」

 六時間目のホームルーム。飛翔はさっき確認した設定資料を読んで、どうシナリオを構成するか考えていた。


「――とのことです。うちのクラスだけ目立った報告が挙げられてません」


 壇上に立ち、委員長である霜城聖がなにやら話している。まぁ、そんなことはどうでもいいので構想にふける。


「何か意見はありますか、流石に今日は何かをやりたいと思うのですが」


 クラスメイトたちは、その言葉にざわざわとし始める。何かよくわからないが、めんどくさいことだけはわかる。だって、さっきからずっと担任である大上は窓際に椅子を置いて寝ているのだから。


「はぁ……決まらないなら私が決めますよ。ないならないではっきり言ってください」


 もうちょっとこの黒髪美少女系委員長が可愛げがあれば、ヒロインのモデルとして使えるかもしれないがこの、しもじょうひじりにはそれはない。妥協を許さないその姿勢は、「ハンムラビ」と学園で呼ばれているくらいだ。


「じゃあ、私が決め――ってさっきからずっとニヤニヤして、どうしたんですか藤沢くん」


 何故か、矛先がこちらに向く。クラスの視線は一斉にこちらに集まり、何故か大上も起き始める。

 今俺、そんなにおかしな顔してたか?


「えっと、その……」


 何の話をしていたんですか、なんて言えるわけがない。また何をしてたんですかと聞かれて、シナリオ構想と答えるのもしかりだ。

 とりあえず先ほどまで何を喋っていたのが全力で思い出す。うーん、だめだ。何を話していたんだろう。

 そして、ふと浮かんできた言葉それは――


「――席替えだ!」

「席替え――ですか?」

「えっ、あっえ?」


 シナリオ構想とぐっちゃになってしまったのか、たまたま出たアイデアをそのまま口に出してしまった。合っていたのかわからないその答えは、教室全体に静寂を生む。


「いいんじゃないかー、席替え。今学期始まってからは一度もしてなかったしな」


 ここで大上のナイスフォロー。それによってクラスが騒がしくなる。


「うーん、まぁ確かに今日いきなり何かをするのも混乱しますもんね。じゃあ席替えにしましょうか」


 霜城も納得したようで、何故か席替えをすることになってしまった。そして、公平なくじの結果……。


「――よっしゃ」


 小さくガッツポーズをする。引き当てたその席は窓際の一番後ろ、内職するにも寝るにも最高の席だ。

 どうやら今日は本当に神様に祝福されているらしい。やはり日頃の行いがいいからだろう。

 しかし、難点があるとすれば隣があの「リア王」である、華崎ミカエラな事だ。彼女の周りには自然に人が集まってくる。どうにかしてそこは対処しなければ。特に授業中は問題ないだろう、まぁ隣が某高木さんで、からかわれるなら全然ありだが。

 席替えをした後、軽く華崎に挨拶されたがもうこれ以上この席ではなすことはないだろう、後は創作にふけるべし!




 そして、そのまま特に何事もないまま放課後を迎えた。

 桃は今日は、保健委員の定例会があるということでさっき連絡が来ていた。

 因みに桃は保健委員長で、委員会内では、「ナイチンゲール」と呼ばれていることもあるそうだ。本当にこの学園の人間はあだ名をつけるのが好き過ぎだろ。

 ということで放課後、誰もいない教室で創作にふけるのも悪くない。それに今回のプロジェクトの世界観は、学園ものだ。教室でやることでちょうどいいインスピレーションにもなる。

 図書室で掃除の終わる時間を確認し、教室に戻る。誰もいなくなった教室を確認すると、自分の席に着き、バックからパソコンを取り出し、設定資料を確認する。

 今回のプロジェクトで担当するのは、このお嬢様系のヒロイン、【たちばなアリス】。学校では品行方正で、人気者だが、裏の顔は超わがままで思い通りにいかないとずぐぐずってしまう女の子。中々今まで担当したヒロインの中でも特殊な性格でイメージがつかみにくい。


「この娘は……実は優しいとか、でもそれじゃあ表の顔とあんまりかわんないよな……」


 どう可愛く、より親近感を持たせるかがライターとしての技量にかかってくる。ここは慎重に考え、プロットを考えなくては。


「あぁー」


――彼是パソコンの前で唸り始めて二十分が経った。

 なんだかじっと机で考えていると、トイレに行きたくなった。というか、かなり集中していたようで意識し始めたらかなりやばい。


「うー、どうしよ」


 本来はここに大事なデータを残して、トイレに行くべきではないのだが。そんな余裕がないほど、我慢の限界が来ている。


「仕方ない!」


 どうせ、この席には誰も来ないだろうし、一分くらいなら平気なはずだ。席を立ちあがり、全力疾走でトイレに駆け込んだ。




「ふぅー」


 用を済ませ、教室に早歩きで戻る。誰もいないことを祈り、教室を覗いた。


「おっ、あれは――」


すると――華崎が一人、自分の椅子ではなく、机の上に座っている。


「――あぁ、ほんとかったるいわぁ。なんなのあいつら、フンみたいについてきて」


その表情と格好はどちらにしろクラスでは一度も見たことはない。


「すげぇな、やっぱ人の裏の顔って分かんないもんなんだな」


 これはこれは……何かとんでもないようなものを見てしまったような気がする。


「第一、自分が可愛くなりたいからって私を利用すんなっての。ほんとバカばっかりで呆れるわ」


 なるほど、容姿端麗、品行方正の華崎ミカエラには裏の顔があった。それは、クラスメイトを陰でバカにする腹黒女。これは今回のシナリオにかなり参考になるぞ。

 そう思った時、飛翔は華崎にスマホを向けていた。もちろん理由は、今後のシナリオの参考にするため、こういうリアルな描写はかなり勉強になる。

 すると、華崎は隣の席を見る。


「――ていうか、この隣のキモいの私の席の隣になったっていうのに全く嬉しそうじゃなかったわね。玉ついてんのかしら」


 ずいぶんひどいことを言ってくれるじゃないか、しかも本人の目の前で。


「ていうか――これなに?」


 そう言って華崎は、飛翔の席に置かれていたパソコンを覗き込む。


「――ちょ、やめてくれ!」


 気が付いた時には、教室に入っていた。そして、華崎は目を丸くしてこちらを見ている。


「み、見ました?」

「み、見たのか?」


 両者譲らぬ攻防、じゃなくてこの展開は非常にまずい。今彼女の目の前に出て行ったということは、さっきのを見てたことを公言しているようなものだ。それに右手には、録画中のスマホが握られている。


「あっ、あのこれは……」


 すると彼女は態度を一変させ、こちらに詰め寄ると飛翔の胸倉を掴む。


「見たわね?」

「いや、その……」

「見たでしょ」

「は、はい……」


 普段見ることのない彼女の圧に押されて認めてしまった。


「今すぐ忘れなさい、でないと退学にするわよ」


 うーん、この権力の使い方間違えてるでしょマジで。


「あっ、今から退学にしてもいっか、私に乱暴したってことで」


 平気でそんな恐ろしいことを言う。これがこの女の本当の正体、華崎ミカエラは最悪の腹黒女だった。

 だが、こっちにだって切り札はある。


「さっきの様子、動画にとらせてもらったぜ」


 飛翔は先ほど撮った動画を再生させ見せつける。するとすぐにスマホを奪われた。


「ずいぶんコケにしてくれるわね。でも今削除したから、残念、明日から君の居場所は拘置所よ」


 しかし、その言葉に俺は笑う。


「残念だな、その動画を撮った時点で俺の自宅のパソコンにバックアップが自動的にとられているのだよ」

「は、ハッタリよ!」

「残念だが本当だ、今お前の目の前に置かれたパソコンにも自動送信されている」

 そう言ってパソコンから先ほど撮影した動画を見せる。

「っくぅ……」


チェックメイトだ。こんな修羅場、自分の頭の中で何回も経験している。挑む相手が悪かったということだ。


「まぁ別に俺はあれを見てもばらしたりはしないって、誰しも見られたくない秘密の一つや二つあるさ」

「くぅ……何が望みなの?」

「だから……」


 呆れて頭をかいてしまう。別にこれ以上彼女に望むものなんて何もない。これがジャンルの違う変態主人公だったら、服従や命令を申し出ているところだがあいにく自分にはそんな趣味はないし、捕まりたくはない。


「そ、そういえば、君のパソコンから女の子の画像があったのだけどそういう趣味なの?」

「あれはその……」


 言っていいものなのだろうか。でもまぁ、こちらの秘密も告白したほうが彼女の気も済むのかもしれない。


「実は俺、シナリオライターをやってるんだ。お前が見たやつは、設定資料、キャラクターの容姿や性格が書かれてただろ」

「あぁ、確かに。あんなもの初めて見たわ」

「だろうな、一般人には見せないものだし。で、俺の秘密も告白したことだし信用してくれるか?」


 すると彼女は、先ほどの俺のように笑いだす。


「かかったわね変態、これで君の弱みを手に入れたわ!」


 正直しまったと思った。そういえばこの学校は、就業どころかアルバイトは禁止だった。


「やべぇ、どうしよう……」

「残念だったわね、これでもうおしまいよ」


 退学を覚悟した瞬間だった。あきらめて手を上げる。


「じゃあ――私と契約してもらうわ」

「契約?」

「そうよ、君も私の秘密を知っている、そして私は君の秘密を知っている。これはフェアな契約よ」


 てっきり退学させられるのかと思ったがそうではないらしい。それほど、彼女の裏の顔には価値があったということか。


「君の秘密を私がしゃべらない代わりに、その君の書いたシナリオを見せなさい」

「はぁ? どうして?」


 正直意味が分からない。なぜ彼女に見せなくてはいけないのだろうか。


「そ、それは私がどんなに君がはずかしいものを書いているのか監視するためよ。その代わりといっちゃなんだけど、その……参考に私を私を使っていいわよ」


 どういうつもりで言っているのかわからない、というか何このトンデモ展開。ラノベかよ。


「お前まさか、見たな?」

「見たわよ、君の担当するヒロインってこのお嬢様なんでしょ。だったらその……ちょうどいいじゃない」


 確かにちょうどいいが二次元と三次元は色々と解釈は違うし、これはこれで問題じゃないか。もし、変なことを指示されたらどうするつもりなんだ。


「もし、変な指示したら速攻バラすから」


 どうやらそこはちゃんと理解してくれているらしい、よかった。


「じゃあ、そういう事で……いいのか?」

「し、仕方ないでしょう。もう色々とばれてるんだし」


 そう言って何故か握手を交わす、華崎の手はとても柔らかくて暖かかった。


「じゃあ、俺行くわ。校門で多分人待たせてるし」


 時間的に定例会はとっくに終わっており、もうすでに校門で桃が待っているだろう。流石に、あの日見た桃の名前を僕たちはまだ知らないにしていしまうのはかわいそうだ。


「うん、じゃあ――」


 そう言って教室を後にする。なんだか今日は本当にとんでもない日だったような気がする。この後もまた遅れたせいで桃に色々とやらされるのだろう。


「そういえば、あの設定資料には俺の本名は書かれてなかったはずなのに、なんで分かったんだ?」


 確か彼女は、飛翔がお嬢様ルートを書くことを知っていた。それはペンネームであるカクめいじんを知っていたか、はたまた偶然かのどっちかだ。


「まぁ――まさかな」


 リアルお嬢様に限ってそんなことは流石にないだろう。

 もし、そうだったらゲームの方のお嬢様に無理矢理にでもギャルゲ好きと設定を埋め込んでやるところだ。

 ありえない疑問を考えるのをやめて、飛翔は小走りで桃の待つ校門へと向かった。

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