2023年までの論文まとめ ④脳のどこを刺激すべきか

 2021年に、アメリカのミネソタ大学神経学部門とオクラホマ州立大学のカレッジ・オブ・オステオパシック整骨療法・メディシンの研究者によって発表された論文により、背外側前頭前野はいがいそくぜんとうぜんや(DLPFC:dorsolateral prefrontal cortex)への磁気刺激が、前頭葉ぜんとうよう後頭葉こうとうようの間の結合性を低下させることが分かりました。


 この結合性の低下は、下船病(MdDS)の重症度の低下と関連している可能性があります。

 要するに、下船病の症状を軽減させる可能性があります。


 DLPFC(背外側前頭前野はいがいそくぜんとうぜんや) は、脳の前部(前頭前皮質ぜんとうぜんひしつ)に位置する領域りょういきで、前頭葉ぜんとうようの外側部分に位置し、認知制御、意志決定、作業記憶、感情調節などの機能に関与しています。


 DLPFC(背外側前頭前野はいがいそくぜんとうぜんや)への磁気刺激(TMS:経頭蓋磁気刺激法けいとうがいじきしげきほう)は、脳の可塑性かそせい促進そくしんする効果があることが報告されています。

 TMSは、コイルに電流を流すことで発生する誘導電界ゆうどうでんかいを、介在かいざいニューロンに加える方法です。


 誘導電界ゆうどうでんかいは、電磁誘導でんじゆうどうによって生じる電場でんばのことをします。

 電場でんばとは、電気的な力が作用する空間のこと。

 電磁誘導でんじゆうどうは、磁石と金属線を動かすことで、電気が流れる現象です。


 介在かいざいニューロンは、2つの脳領域を接続するニューロン(神経細胞)で、情報の伝達や調整に関与します。

 具体的には、感覚ニューロンから運動ニューロンへの信号伝達を仲介ちゅうかいし、神経回路内で情報を調整。

 また、シナプスでの情報伝達を調節し、興奮性や抑制性の信号を制御。

 脊髄反射せきずいはんしゃにおいて、感覚刺激と運動反応を調整するのも。複数のニューロンからの入力を受けて、適切な出力を生成するのも、介在かいざいニューロンの機能です。



 2018年に、マウント・サイナイ医学校の神経部門が発表した論文で、下船病の神経学的メカニズムに、VOブイオーニューロン(前庭専用ぜんていせんようニューロン:Vestibular-Only Neurons) と呼ばれる、脳幹のうかんの両側にある神経細胞が関与していると考えられると記されています。

 これらのVOニューロン、及び前庭神経核ぜんていしんけいかく(VO核)が、下船病の発症に関連している可能性があるとも。


 前庭神経核ぜんていしんけいかく(VO核)に存在するVOブイオーニューロンは、視覚と前庭系ぜんていけいを結ぶ神経細胞の一種いっしゅで、内耳ないじにある半規管はんきかんからの入力を受け取り、首、体、および四肢ししに出力します。

 つまり、視覚情報と平衡感覚へいこうかんかくを調整する役割を果たしています。


 そのVOニューロンだけが活性化され、0.2から0.3 ヘルツの周波数で前後に往復振動おうふくしんどうすることによって、下船病が速度貯蔵積分器そくどちょぞうせきぶんき(VSI:Velocity Storage Integrator)で生成されると。


 速度貯蔵積分器そくどちょぞうせきぶんき(VSI)は、脳幹のうかんと小脳の間で働く神経回路の一部です。

 目標物に対する視覚的追跡を可能にするために、頭部の動きに関する情報を処理し、頭の動きと目の動きを同期どうきさせます。


 その速度貯蔵積分器そくどちょぞうせきぶんき(VSI)の適応不全の一種が、下船病という説です。



 下船病というやまいは、移動するたびに症状の悪化をまねくため、長期間に渡り自宅で行える治療法が模索もさくされています。


 もちいられる装置の携帯性や相対的そうたいてきなコストの観点から、患者自身で行える非侵襲的ひしんしゅうてきな脳刺激は、tDCS(経頭蓋直流電流刺激けいとうがいちょくりゅうでんりゅうしげき)とtACS(経頭蓋交流電流刺激けいとうがいこうりゅうでんりゅうしげき)のみと判断されました。


 そこで治験ちけんもちいられたのが、2016年にPulvinarNeuroプルビナーニューロというアメリカの会社から発表された、Pulvinar XCSITE-100という持ち運びが可能な医療機器です。


 Pulvinar XCSITE-100は、下船病の治験に使用される、第一世代の研究用脳刺激デバイスで。高品質な二重盲検にじゅうもうけんのtDCS(経頭蓋直流電流刺激けいとうがいちょくりゅうでんりゅうしげき)とtACS(経頭蓋交流電流刺激けいとうがいこうりゅうでんりゅうしげき)の研究を実施じっしできるよう設計されました。

 

 tACSは、遠隔えんかくモニタリングで。

 tDCSは、治療用の付属品とタブレットを使用して制御せいぎょできます。


 二重盲検にじゅうもうけんとは、医薬の効果を客観的に検定する方法です。

 被験者ひけんしゃを二つのグループに分けて、一方のグループには試験薬(この場合には電流刺激)を。他方のグループには、外見や味が同じで、対照用の偽薬ぎやく(プラシーボ)を与えます。その上で、どの薬(電流刺激)を与えたのかは、医師にも被験者ひけんしゃにも分からないようにしておき、客観的な判断をくだします。


 Pulvinar XCSITE-100の使用法は、頭皮に貼付ちょうふした小さな電極を通じて、微弱な電流を脳の視床下部ししょうかぶ間脳かんのうの一部)にあるプルビナー(神経核しんけいかくの一部で、多くの生理機能を調節)という部位に送ります。

 電気刺激を与えることで、脳内のニューロンを興奮させるのです。


 Pulvinar XCSITE-100を使用した実験では、tACS(経頭蓋交流電流刺激けいとうがいこうりゅうでんりゅうしげき)をもちいて、患者各々かんじゃおのおののアルファ波(脳波のうち8から13ヘルツの成分)よりも高い周波数で脳を刺激した方が、IAF(Individual Alpha Frequency【個別アルファ周波数】:アルファ波の中で、最も強力な信号を示す周波数。個人差がある)で刺激するより効果的だそうです。


 PulvinarNeuroプルビナーニューロからは、2024年の秋に、Pulvinar XCSITE-RDという新しい機器が発売される予定です。

 こちらも非侵襲的ひしんしゅうてきな脳刺激方法ですが、Pulvinar XCSITE-100と違うのは、のtDCS(経頭蓋直流電流刺激けいとうがいちょくりゅうでんりゅうしげき)とtACS(経頭蓋交流電流刺激けいとうがいこうりゅうでんりゅうしげき)、及びカスタム波形刺激はけいしげきほどこすことが出来ます。


 カスタム波形刺激はけいしげきとは、特定の周波数、振幅しんぷく位相いそう(脳波の特定の波型はけい)などのある非侵襲的ひしんしゅうてきな脳刺激のことで。研究者や医師が、研究や治療の必要性に合わせて、波形はけいを好きに変えることができます。

 つまり個々の患者に適した刺激実験を行えるため、より効果的な結果(下船病の症状を軽減)を得られる可能性があるのです。


 ちなみに高出力こうしゅつりょくでなければ、Pulvinar XCSITE-100も、カスタム波形刺激はけいしげきほどこすことが出来ます。


 非侵襲的ひしんしゅうげき脳刺激のうしげき位相いそうには、同位相どういそう逆位相ぎゃくいそうというものがあります。


 同位相どういそうは、二つの波が、同じ位相いそうで振動している状態。つまり波のピークと谷が、同じタイミングで重なります。この場合、波同士は強め合い、増幅ぞうふくされることがあります。

 逆位相ぎゃくいそうは、二つの波の位相いそうが、逆転して振動している状態のことです。波のピークと谷は、逆のタイミングで重なるため、波同士は弱めあい、相殺そうさつされることがあります。



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