2023年までの論文まとめ ③脳に電流流すか磁気流すか

 下船病の検査や治験には、多くで非侵襲的ひしんしゅうてきな方法がられています。


 非侵襲的ひしんしゅうてきな方法とは、針やカテーテルなどをもちいたりして、生体に傷をつけるような方法でないこと。

 分かりやすいものだと、尿検査にょうけんさ心電図しんでんず検査、超音波ちょうおんぱ検査、レントゲン検査、MRIやCTなどです。


 MRI(核磁気共鳴画像法かくじききょうめいがぞうほう)やビデオ眼振がんしん検査での前庭機能ぜんていきのう検査では、下船病の主な症状である、持続的に揺れるめまいの原因は、説明できません。

 聴覚ちょうかく耳石じせき機能のテストを含む、広範こうはんな医学的検査をしても正常とみなされます。


 しかしsimultaneous EEG(同時的な脳波計測)と呼ばれる手法で、患者の症状が改善かいぜんするに従い、脳の機能的な連結性の非同期化ひどうきかが、神経画像により示されました。


 simultaneous EEGとは、EEG(脳波計測)と同時にfMRI(機能的磁気共鳴画像法きのうてきじききょうめいがぞうほうFunctional Magnetic Resonance Imaging)を行う手法です。


 fMRIは、MRI(磁気共鳴画像法)を利用して、脳や脊髄せきずいの活動に関連した血流の変化を視覚化する方法。

 fMRIとMRIは、どちらも医療画像検査ですが、異なる目的で使用されます。


 MRIは、腫瘍しゅよう内傷ないしょうなどの診断にてきしていて。

 fMRIは、特定の刺激に反応して、脳領域のうりょういきへの血流けつりゅうの変化を測定します。つまりfMRIは、脳の活動を観察するために使用されます。


 脳の機能的な連結性とは、神経細胞や脳領域の活動時系列が、互いに同期どうきしているかどうかを示します。

 これは神経回路の活動パターンにもとづいて評価され、単一神経細胞から脳領域までの、さまざまな空間スケールで定量化された、脳活動の相互依存性そうごいぞんせいです。


 同期どうきとは、作動する時を同じくさせること。


 脳神経の同期化どうきかは、複数の脳領域や個体の脳(つまり脳内の神経回路)が、同じリズムで活動する現象を指します。

 例えば特定の脳波周波数のうはしゅうはすうで、神経細胞が同時に発火はっかすることがあります。これは神経回路が協調して働くことで、情報伝達や調整が行われるメカニズムです。


 そして《ひどうきか》とは、のこと。 


 健康な脳は、適切な同期化どうきか非同期化ひどうきかのバランスをたもちながら、柔軟に情報処理を行います。

 しかし、過度な同期化や不適切な同期化は問題となります。


 一部の研究で、下船病患者の脳は、視覚情報を処理する領域や空間認知を担当する領域が異常に活発になっている一方、前頭葉ぜんとうよう側頭葉そくとうよう、および頭頂葉とうちょうようの同質領域内の代謝活性たいしゃかっせいが低下していることが示唆しさされています。


 このゆがみを正すことが、下船病の症状を和らげることに繋がるかもしれません。



 脳の機能的な連結性の非同期化は、rTMS(反復経頭蓋磁気刺激はんぷくけいとうがいじきしげき)やtACS(経頭蓋交流電流刺激けいとうがいこうりゅうでんりゅうしげき: transcranial alternating current stimulation)で誘発ゆうはつすることができます。


 うつ病や強迫性障害きょうはくせいしょうがいなどの治療に応用されているrTMSは、頭蓋上ずがいじょうのコイルから、脳の特定の領域に10ヘルツの高頻度こうひんど磁気じきパルスを送ることで、シナプスの動きを活性化させて脳の機能を高めます。


 rTMSもtACSも、非侵襲的ひしんしゅうてきな脳刺激(NIBS:Non-Invasive Brain Stimulation)です。


 非侵襲的ひしんしゅうてきな脳刺激(NIBS)とは、浅い部位にある脳領域、例えば前頭前野ぜんとうぜんや前頭弁ぜんとうべん/島皮質とうひしつなどを刺激し、生体に傷をつけないように脳の興奮性を調節します。


 他にも、rTMSに続くtDCS(経頭蓋直流電流刺激けいとうがいちょくりゅうでんりゅうしげきTranscranial Direct Current Stimulation)、シータバースト刺激(TBS:theta burst stimulation)などの方法が、NIBSにあたります。


 rTMS(特定の脳領域を非侵襲的ひしんしゅうてきに刺激、副作用が少ない)、tACS(特定の周波数しゅうはすうの交流電流で脳を刺激)、tDCS(低電流で脳を刺激)は、それぞれ異なる脳刺激の方法ですが。

 それぞれプラス(陽極・正極)とマイナス(陰極・負極)の刺激があり、プラスは脳組織に(必要な刺激をあらかじめ同時に与えて、他の場所に反射運動を起こりやすくすること)に作用して、神経興奮性を増加させます。

 マイナスは脳組織に抑制的よくせいてきに作用し、神経興奮性を減少させます。


 これら神経調節技術において、下船病治療のかなめとなりうるのは、可塑性かそせい中枢適応ちゅうすうてきおうを調節し、強化または弱化することだと考えられています。


 脳の可塑性かそせし(Neural Plasticity)とは、脳の神経回路網しんけいかいろもう(ネットワーク)が固定したものではなく、活動に応じて構造と機能を変化させる性質、神経系が変化や適応を行う能力を指します。つまりは脳の柔軟さ。


 中枢適応ちゅうすうてきおうは、神経系において、特定の刺激や状況に適応する能力のことです。

 下船病になると、乗り物から降りた後も持続的じぞくてきな揺れる感覚が続くため、中枢適応ちゅうすうてきおうが適切に調整されていないと考えられます。



 頭蓋上ずがいじょうのコイルから、特定のパターンの刺激を発生させて、短時間で標的脳部位ひょうてきのうぶいの神経活動を変調へんちょうするシータバースト刺激は、rTMS(反復経頭蓋磁気刺激はんぷくけいとうがいじきしげき)の一種で、標的となる脳部位の神経活動を、50ヘルツ(1秒間に上下50回の振動数)という超高頻度ちょうこうひんど、及び短時間で変調へんちょうする方法です。



 TBSには、iTBS(間欠的シーターバースト刺激法:intermittent TBS)とcTBS( 連続シータバースト刺激:continuous TBS)という2つの刺激パターンがありますが。


 50ヘルツの超高頻度刺激ちょうこうひんどしげきを不規則に3回行い、各刺激のインターバルは8秒とり、3分20秒で600発の刺激で1回のセッションが完了するiTBSは、rTMS同様、シナプスの動きをさせて脳の機能を高めます。


 間欠的かんけつてきとは、一定の時間をおいて起こったり止んだりすること。

 間欠泉かんけつせんという、周期的に熱湯や水蒸気を噴出ふんしゅつしたり止まったりする温泉を思い浮かべていただけると、分かりやすいかもしれません。


 うつ病や不安障害などの精神疾患せいしんしっかんの治療にも使用されるcTBS(連続シータバースト刺激)は、iTBSと同じ装置を使用しますが、脳の神経活動(皮質興奮性ひしつこうふんせい)をするため、iTBS・rTMSとは逆方向に作用します。


 ただし下船病の治験において、cTBSだけでの効果はほとんど実証がなされておらず、他の治療法との組み合わせでの増強効果が研究されています。




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