現在、海外で行われている治験など(新たに見つけたら更新します)

 現在、下船病の治療研究が、最も進んでいるのはアメリカだろう。


 アメリカの国立衛生研究所(NIH)は、下船病を、支障ししょうとして分類している。


 オバマ政権下では、下船病の治療研究を行う大学や研究機関に対して、政府組織から多額の資金が拠出きょしゅつされた。

 というのも、アメリカ航空宇宙局(NASA)の宇宙飛行士が、適性検査や訓練プログラムによって宇宙酔いになり、長期化して下船病になっているからだという。


 宇宙酔いというのは、長時間に渡って無重力の影響下におかれたときに起きる、船酔いに似た症状。

 無重力状態になって、耳石器じせききに備わった重力センサが働かなくなることによって起きる、と考えられている。


 耳石じせきは、耳の最も奥の部分の内耳ないじにある、平衡器へいこうきの中の石灰質の結石けっせきで、体位の調節に関係している。

 ちなみに内耳は、平衡器官をつかさどる三半規管さんはんきかん前庭ぜんていと、聴覚をつかさどる蝸牛かぎゅうからなっている。


 ニューヨークにあるマウント・サイナイ医学校は、2014年から行っている患者への診断検査や研究によって、下船病の原因を、前庭動眼反射機能ぜんていどうがんはんしゃきのう(VOR)の機能不全だと提唱ていしょうした。

 前庭ぜんていというのは、先述した内耳ないじの一部。

 前庭動眼反射というのは、頭部が動いたときに、それとは反対方向に眼球を動かして、網膜もうまくに映る外界の像のぶれを防ぐことだという。

 頭が動いているときに、ものが見えにくくならないように働く、一種の反射だそうだ。


 だからこの学校が提唱する治療法は、症状(つまり揺れ動いたり、揺り動かされる感覚になったり、上下に跳ねるように動いたり)と同じ頻度で頭部をゆっくりと左右に動かすことにより、周囲に見えるものを動かして、前庭動眼反射機能を再び適応させるというものだ。


 五秒に一度の間隔で、揺れに合わせて動かされる。

 治療に効果的なのは、これを一日に三度から五度、一週間続けること。

 すると、これらの動きと関連する症状が消える。


 治験を受けた被験者二十四人中、七十パーセントは完全に、もしくはかなり回復した。


 この治療による副作用は、ごくわずかだという。


 下船病の治療研究について、インターネット上で、英語で検索すると、ユン・ヒー・チャ(Yoon-Hee cha)教授という神経学者の名前を多く目にする。

 彼女は現在、ロサンゼルス大学とオクラホマ州にあるLIBR(Laureate Institute for Brain Research)という研究機関に所属している。

 LIBRは、とでも訳せるだろうか。


 2012年4月、チャ教授は、アメリカ神経学会の年次会議で、次のような論文要旨を報告した。


 PET検査(陽電子放出X線断層写真撮影技法:脳の活動や機能を評価し、ガンや腫瘍しゅようなどの診断に使用される)とfMRI((MRI:磁気共鳴映像法・体内の情報をコンピュータにより画像化する生体検索手法)を利用して、脳や脊髄せきずいの活動に関連した血流動態反応けつりゅうどうたいはんのうを視覚化する)を使用した研究で、下船病患者の嗅内野きゅうないやと呼ばれる脳の部分(左脳中央下部)が、過活動を起こしていることが分かる。


 嗅内野きゅうないやとは、海馬かいばに入ってくる空間情報を処理する中心部のこと。

 海馬は、空間情報を記憶する場所だ。


 下船病患者は、嗅内野の活動を統制する前頭前皮質ぜんとうぜんひしつ(脳の前の部分)と、嗅内野の接続が少なくなっているという。

 だが空間情報を受け取る他の脳の部分とは、嗅内野と接続が増えている。


 つまり、もう手一杯にも関わらず、仕事は増え続けて悪循環といったところだろうか。


 これまで下船病の治療研究には、rTMS(反復経頭骸磁気刺激法はんぷくけいとうがいじきしげきほう)という方法がとられてきた。

 8の字型の電磁石を頭部にかざし、電磁石によって生まれる急激な磁場の変化によって、弱い電流を組織内に誘起ゆうきさせることで、脳内のニューロンを興奮させる。


 ここでいう興奮とは、刺激によって機能を上昇させることだ。


 rTMSは、脳に長期的な変化を与え、脳梗塞のうこうそくや頭痛、パーキンソン、鬱病うつびょう幻聴げんちょう、耳鳴りなどに有効な治療法だとされている。


 薬による治療などには限界があるが、rTMSは下船病にも治療効果があるという。


 最新の研究では、脳内の神経調節の効果を調べるために、rTMSを使用中の下船病患者の、脳機能イメージングの方法をとっている。


 脳機能イメージングとは、生きている脳内の各部の生理学的な活性を、様々な方法で測定し、それを画像化すること、及びそれに用いられる技術のことだ。



 また、コロラド州にあるウルトラテラ・テクノロジーという医療機器メーカーの一部門が、Gyrostim(ジャイロスティム)という、レーザー照準システムと相互作用する、自動化された多軸回転椅子を開発した。


 は、前庭電気刺激(前庭に微弱な電気を流すことで、加速度感覚や角速度かくそくどを感じさせる技術)、バランス感覚の訓練に使われる感覚刺激の運動、そして認知的努力目標を特殊に組み合わせた、データ駆動型くどうがたの、増大した人の知覚運動システムを提供することによって作動する。


https://www.bing.com/videos/search?q=gyrostim&&view=detail&mid=45428B9333CE63C6849145428B9333CE63C68491&&FORM=VRDGAR


 角速度というのは、ある点をまわる回転運動の速度を、単位時間に進む角度によって表わした物理量のことらしい。


 現在、ジャイロスティムが設置されているのは、アメリカを含めた世界八カ国の診療所、スポーツトレーニングセンター、それに宇宙研究施設。

 日本には、まだ一台もない。


 ちなみに、機械工学部を出ている身内に、この話をしたところ、テニスの試合の審判のようなことをしてみたら? と提案された。


 自分は止まったまま、動くものを目で追う訓練だ。


 駅のホームに出入りする電車や、通りを行き来する車の一台に、焦点を向けるといったこと。


 バスケやバレーなどの、球技スポーツ。

 そこまでの体力がなければ、バスケのドリブルや、ボールの壁打ちでもと。


 もしかしたら、制御工学を学んでいる人間に頼めば、一発で治る機械を作ってくれる人もいるかもよと言われた。


 戦車の砲撃や、戦闘機のレーザーの照準を合わせる技術を持っている人ならば、人間の脳のちょっとしたバグなんて、簡単に治せるだろうと。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る