対処法と発症のきっかけになり得るもの

 あの状態で、よくぞ自宅へ帰れたものだと我ながら思う。

 タクシーを使い、病院の最寄り駅に着いた時点で、その場に倒れこんでしまいたかったのだから。


 この頃にはまだ気付けなかったが、下船病患者が乗り物に乗る際に、私なりに考えた対処法がある。


 まずは、電車やバスに乗るときは、座っているよりも立っている方が楽だということ。

 これは座席に腰を下ろしていると、乗り物の震動が体に直接伝わるが、立っていれば踏ん張りがきくからだと考えている。


 車内で立っている間、吊革に掴まるよりは、手すりを持つか壁に寄りかかることをお勧めする。

 靴は、疲れにくいスニーカーなどが好ましい。


 私は症状が落ち着くまでは、つまり地面が硬いと感じられるまでは、例えがら空きのときであっても、出来るだけ車内では立つようにしていた。


 ただし、疲れて立っていられなかったり、長時間乗らなければならなかったりするときは、座っている方が楽だと感じられるときもあった。


 乗用車だと、座っているしかないので、目を閉じて、外の景色も車内も見ない。

 脳を疲れさせないために、視覚からの情報を一時的に遮断するのだ。

 そうすることで、降車後の揺れや吐き気を、軽減させることが出来る。

 これは電車やバスで、立っているときにも実践していることだ。


 海外の下船病支援のサイトには、車に乗る際は、後部座席よりは助手席に乗る方がいいと書かれていた。


 現在は義務化されているが、後部座席に乗る際にも、シートベルトをしているときとしていないときでは、明らかに降りた際の症状の度合いが違う。

 つまり、シートベルトをしている方が、吐き気や頭痛が軽減される。


 ちなみに、耳鼻科で検査を担当して下さった医師いわく、乗り物酔いをしない人が下船病になることはないらしい。

 私は車酔いになるが、船酔いも電車で酔った経験もない。

 それなのに、発病の前日に乗った乗り物は、なぜか電車だけだった。


 世界仰天ニュースの放送では、患者の女性が、電車内やエレベーター内で足踏みをするように心掛けていた。

 これは能動的な動きなら、降車後に症状が悪化することがないからだ。

 だから車も自分で運転した後や、自転車に乗った後であれば、症状が悪化することはないらしい。


 アメリカにある下船病基金のサイト(MdDS Foundation)、及び横浜にあるめまいメニエール病センターのホームページによると、下船病が発症するきっかけとして、いくつもの例があげられている。


 主なものは、クルーズや水上移動。これには、船に乗った時間の長さや持続性(何度乗っていたか)は関係ないという。


 飛行機の利用に電車移動、自動車での移動も引き金になる。

 遊園地のアトラクションで発症する人もいれば、頻繁に高速エレベーターを使用することでなってしまう人もいる。

 水族館でのシャチの水中ショーもきっかけになれば、頻繁に桟橋(船と岸の行き来)を徒歩で行き来することによって引き起こされた人もいる。


 強いストレスや出産。

 そして地震。

 現代らしいなと感じたのは、VR(バーチャル・リアリティー)の使用だ。


 下船病は、年齢も性別も関係なく発症しうる。

 「種の起原」を記し、進化論を提唱したチャールズ・ダーウィンの祖父、医師で進化論の先駆者でもあるエラスムス・ダーウィンも下船病を患っていたらしい。

 現在、下船病と診断されている患者の大半は、なぜか三十代から六十代の女性だ。


 病院から帰宅した私を襲ったのは、それまで以上のめまいと吐き気だけでなく、まるで熱中症になったときのような酷い頭痛だった。


 この日から私は、舌に鋭い痛みを覚えて、深夜に飛び起きる生活を送ることになる。

 あまりの頭痛に耐えかねて、無意識のうちに舌を噛み切ろうとしていたからだ。

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