発病前は浮かれてた 前編


 発病の一月前、私は浮ついた気持ちでニューヨークにいた。

 前年の秋に応募した短編映画が、あるインディーズの映画祭のコンペに受かったからだ。


 映画祭と聞いて、敷居が高いと思われる方もいらっしゃるだろう。

 確かに耳慣れたカンヌ、ヴェネチア、ベルリン国際映画祭なんかは、世界三大映画祭と呼ばれていて、応募作品の数に授賞賞金、参加者の顔ぶれも規模の上でも破格のものだ。


 これら三つの映画祭は、国際映画製作者連盟(FIAPF)という、世界各国の映画製作者の権利を代表する組織が公認するのもので、日本だと東京国際映画祭がこれに当たる。

 二〇一五年の時点で、FIAPFが公認する映画祭の数は、世界各国で四十七。

 

 だが世界中で開催されている映画祭は、毎年ゆうに一万を超える。

 その内およそ半数が、アメリカで開催される。

 日本でも、毎年開催される映画祭は百を超えている。

 長編のみ、もしくは短編のみの映画祭や、ホラーやコメディーなどの、特定のジャンルに特化した映画祭もある。


 私が応募した、インディペンデントな映画祭とは、FIAPFに加盟していない、もしくは公認を受けていない映画祭のことだ。


 作品を出すにあたって、私はWithoutaboxという、自主制作映画支援ビジネスを展開するウェブサイトに登録した。このサイトは、二〇〇八年の一月からAmazonの傘下に入っている。


 登録すると、電子メールで、出品の締め切りが近い映画祭の知らせがくる。

 締め切りといっても、それは一つの映画祭につき一度ではない。

 二ヶ月や三ヶ月ごとに、二度、もしくは三度とあって、遅い締め切りほど高い出品費用を払う必要がある。

 有名で、規模の大きな映画祭は、やはり値段も高かった。

 とはいえ、一つの映画祭につき、四千円を上回るようなところはなかったように思う。

 支払いは、クレジットカードのみ。

 私は当時、限度額が五万円の、学生用のものを持っていたので、それを使用した。


 応募する際に、撮影に使用したフィルム、もしくはビデオカメラの種類を選び、映画の所要時間もフォームに記す。

 いつだったか、ベルリン国際映画祭の短編部門で、スマートフォンで撮影された映画が金熊賞を取ったことがある。

 出品出来るのは、どの映画祭でも、作品の完成から映画祭までの期間が、一年に満たないもの。


 私が応募した映画祭は、確か四つ。

 どれもアメリカの映画祭で、無謀だとは思ったものの、新人監督の登竜門と呼ばれているサンダンスにも出してみた。

 結果は落選。

 他の二つの映画祭もそうだった。


 サンダンス映画祭はインディーズだが、アカデミー賞の公認を受けた映画祭の一つで、グランプリを授賞すれば、作品が自動的にアカデミー賞のノミネート候補作になる。

 いま思えば、どれだけ自信があったのだと、当時の自分を笑い飛ばしてやりたい。

 それでも短編部門なら、実際に学生がアカデミー賞を取った事例を、私は二つ知っている。


 DVDに焼いた五分に満たない短編映画を、まるで宝物ように手にしながら、夢や希望に満ちて、徒歩で郵便局へ持っていたときのことを、私は瞬時に思い返すことが出来る。

 郵便局員にどう思われるかは気がかりだったが、そんな心配は不要だった。むしろ応援すらしてくれたのだから。

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