お姉ちゃん

どれだけ長く、厳しい道のりだったのか…。


マヤの魂を救うという目標を持つようになったのはおよそ5年前。


そしてカツガ神社の宮司であるアオイに厳しい修行を叩き込まれ、タヌキの妖怪狸助をサポーターに迎えた。


そして厳しい巫女修行を終え、アオイと彼女の最高のバディ、ゲンジャに見送られてマヤの魂を救う本当の旅に身を投じるキリナ達。



そしてレイン博士、アリス、ビーフと出会い、そして生前は人間の少女だったロボットのシェリーを新たにサポーターに迎えた。


命の危険に晒された事もあった。


喧嘩もした。



でも、私達は身も心も成長してここまで来れた!



お姉ちゃん、待っててね、私がお姉ちゃんを助けてあげるからね!


キリナ、狸助ではその扉を開けられ無いのでシェリーがその扉をこじ開ける。



ゴゴゴ…扉が徐々に開かれる。



開けられた扉の隙間から禍々しい瘴気が湧いて出る。



中には魔物と化したキリナの姉、マヤがいる。



しかし、そのマヤはキリナが知っているマヤとは程遠い、恐ろしい形相をした魔物と化していた。



『こ…これがキリナさんのお姉さん…?』



彼女の変わり果てた姿を見て思わず背筋が凍りつく狸助とシェリー。



長く全面白い髪、青白い肌、赤い瞳、そして下半身や背中から伸びる無数の触手。



これがマヤの魂がワイヤーズブレイクで具現化された姿のものだった。



ゴオオオオォ…。


マヤから放たれた瘴気が風のようにキリナの長い黒髪を揺らす。



『キリ…ナ…』



マヤはキリナに呼びかけてきた。

マヤはキリナの姿を見てこう言ってきた。



『キリナ…貴女なら必ず来てくれると信じてた…』



マヤの優しい言葉を聞き、キリナはずっと恐怖と戦っていた自分を心の中で責めていた。



「マヤお姉ちゃん…」



『こんな醜い姿になって…どんなに辛かったか…悔しかったか…』


「マヤお姉ちゃん、すぐに来れなくてゴメンね…」



『いいえ、貴女も辛かったでしょう、キリナ…昔のように一緒に過ごしましょう、ずっと…ずっと…』



マヤは両手を広げキリナを誘う。



「マヤお姉ちゃん!」


キリナの心は揺れた。



マヤお姉ちゃん、今は妖怪のような姿になっているけど中身は昔の優しいお姉ちゃんのままなんだ。


ふとそんな時、マヤは体の一部である触手を放ち、槍のようにキリナを串刺しにしようとした。



『キリナさン!』



その途端、シェリーは間一髪のところでキリナを触手から救う。



触手は地面に突き刺さる。



『ちっ』



マヤは舌打ちをし、キリナ達を睨んだ。



『キリナさん!甘い言葉に騙されないでくださイ!自分をしっかり持っテ!』



「シェリー…ごめん」


シェリーから降ろされ、キリナはマヤを睨む。



「マヤお姉ちゃん…ごめんね、私達はお姉ちゃんを成仏させに来たの…!」


そう言ってキリナはどうたぬきの鞘を抜く。


『キリナ…貴様まで私を貶める気か!』



「そ、そんなつもりじゃ…!」


またもキリナの心は揺れてしまう。


『キリナさん!!』


無数の触手がキリナに襲うが狸助がそれを風魔手裏剣でぶち破る。


『外野は引っ込んでな!!』



マヤはシェリー、狸助に瘴気を放った。



ビリリリッ。



『『こ、これは金縛り!?動けない』』



「お姉ちゃん、どうしちゃったの!?」



恐ろしい形相で睨みつけるマヤにキリナは恐れおののく。



『私はずっと独りぼっちだったんだよ。あんたが仲間とのほほんと過ごしてる間ね、その辛さがあんたにわかる?』



マヤの瞳から赤い涙が流れた。


「血…?」


キリナはマヤの青白い肌から伝う赤い液体を見て震えた声を放つ。



『私はこんな醜い姿になってしまい、数年の孤独に耐え、涙まで血のように赤くなってしまったんだよ!』


マヤは悲痛に叫ぶ。


『オマケにあんたは昔の私みたいに可愛くなって…これが私への当てつけで無くて何と言うんだい!?』


「マヤお姉ちゃん!ごめん!」


キリナは感情を押し殺すように目を瞑りマヤに斬りかかった。


キイイィン!


キリナはどうたぬきで斬りかかったがマヤの触手で弾かれた。


どうたぬきは宙を舞い、地面に突き刺さる。



『許せない、何もかも…特にキリナ!あんたはな!!!』


ギシギシギシ…


マヤの触手がキリナの身体を締め付けて来た。


血が滲むのではないかと言う程の痛みが触手から伝う。


キリナは思った。ああ、お姉ちゃんはずっとこの痛みに耐えてきたんだなと。



「お姉ちゃん、良いよ、今まで辛い思いした分、私がそれを受け止めてあげるから…お姉ちゃんの苦しみも、悔しさも、みんな私が背負ってあげる…」


キリナは身を防ぎもせず、マヤの触手による圧迫にひたすら耐え続けた。



これでお姉ちゃんの気が済むなら…。

私はもう何も望まない…。


『キリナさン!!!』



そんな時、シェリーが自力で金縛りを破り、キリナを締め付けている触手を引き破った。


『かまいたち!!』



そして狸助も、かまいたちを操り触手を引き千切る。



「狸助、シェリー?」



心と体の痛みで思考がおぼつかず、それでも肩肘をついた姿勢のままのキリナはキリナを庇いに出た狸助とシェリーを見つめる。



『邪魔しおって!!皆殺しだ!!』



その刹那、マヤは毒の炎を口から吐き、シェリーと狸助を焼き尽くす。


「狸助!シェリー!」


キリナはマヤの攻撃を二人に呼びかける。



『『くっ!!』』



キリナの声に反応するように狸助は真空の盾を、シェリーは鋼の肉体を構えてマヤの攻撃を防いだ。


それでも二人は致命傷を受けてしまう。



シェリーの機体は所々剥がれ、そこからビリリと電流が走り、狸助は見るに痛々しい程の大火傷を負う。


『こ、これが悪霊を越えた悪霊の力…まともに食らってたら間違いなく僕らの身体は消滅していました…』




『キリナさン!気持ちはわかりますガしっかりしてくださイ!戦うのでス!』


「ごめん、二度も助けられて…」



サイボーグにも関わらずキリナに頼もしい姉のように笑顔を向け、マヤにはキッと睨んでいるようにキリナは思えた。


シェリーの体には所々電流が流れ、機能は殆どが損傷されているだろうが、元人間としての強い芯は反比例して揺るがなかった。



『マヤさん!貴女は弱いでス!キリナさんのお姉さンなら何故キリナさんの幸せを祈ってあげられないんですカ!??』



シェリーは触手攻撃を浴びせられ、ボロボロになった体で立ち上がりマヤを指摘する。



『弱い?弱いとはそこの小娘の事を言うんだよ!一人では何も出来ず、みんなに迷惑ばかりかけるこの娘の事をね!』


マヤはキリナに当てこする。


『キリナさんはこれでも一生懸命やってきました!少なくともキリナさんのおかげで僕らは救われたんです!』

と狸助。



「狸助…」


キリナは狸助の言葉に涙ぐむ。

続いてシェリーが前に出る。


『確かにキリナさんはクズでノロマでヘタレで弱虫でとんちんかんでKYでトラブルメーカーなのに自分で気づけないアホです!だからこそ私達は頑張れたんでス!』



ちょ、ちょっとシェリー言い過ぎ!



そしてキリナの横にいる狸助も「確かに…」とボソリと呟いた。


くそー。




『幸せ絶頂期に体を失い魂だけになって彷徨う事になった私の気持ちが貴様らにわかるかー!!!』



マヤはシェリーと狸助の非難に反発するように触手攻撃を浴びせた。



「させないっ!!」



キリナはそこでどうたぬきを操り、舞うように次々とマヤの放たれる触手を斬っていった。




『なぬっ!この小娘にどこからそのような力が…!』



マヤは狼狽える。


「シェリー、狸助、ありがとう、ただ、私は自分を可哀想だなんて思った事は無い!」



キリナは凛とした佇まいで静かに語る。



「もちろん、辛いこと、嫌なこと、悔しい事も沢山あった、でも、私は幸せだよ!仲間がいるし目標もある、私はお姉ちゃんを必ず成仏させてみせる!」



キリナは目をマヤに向けどうたぬきを構える。



『貴様らにはわからぬ!私はまだ切り札がある事を!』



マヤは髪に隠れる赤い瞳を輝かせる。



『『!!』』



シェリーと狸助は石となってしまう。



マヤが放ったのは「メデゥーサの瞳」対象を石化させてしまう恐ろしい技だ。


しかし、キリナには通じなかった。



『何故だ!何故メデゥーサの瞳がキリナには効かぬ!?』


!!



マヤはキリナの後ろにユラッと鎧を纏った人物が見えてきた。



「マヤお姉ちゃん、私はもう迷わない!大好きなお姉ちゃんだからこそ、お姉ちゃんを地縛から解放してみせる!!」



その後、キリナの脳裏に男性の声が聞こえてきた。



『その域だ、キリナよ!』



ここにいる者達の声では無い。その声の主は誰なのだろうか?



キリナの脳裏に聞こえてきた男性の声と同時にどうたぬきが光りだす。



キリナは光り輝くどうたぬきを見つめて問う。



「貴方は一体…?」



そしてどうたぬきと思われる声の主は答えた。



『我が名はスサノオ、遥か古(いにしえ)に地を巣喰う混沌を打ち払い日本を救った者…』



どうたぬきから発せられるスサノオと思われる人物の声。



「スサノオ…あの日本神話の…?」



『神話…か、そんな大袈裟なものになってたとはな。そしてキリナ、そなたは私自身でもあるのだ!』



「え?この私がスサノオ?」


キリナはただただ驚く。



『今、マヤが暴走している様子はあのヤマタノオロチの時と似ている!』




そう言えば…。はっ!?


これはひょっとして前世の記憶!?


ーーーー



遥か昔、日本がまだ日本と呼ばれる前の時代。



ヤマタノオロチの暴走で列島は混乱を極めていた。



ヤマタノオロチの暴走で恋人を失ったスサノオは失意に沈むが、その恋人に似た女性に励まされ、ヤマタノオロチを倒す。



そしてスサノオは列島に栄光と繁栄をもたらし、国号を新たに「日本」と名付けた。



ーーーー




そうだ、ヤマタノオロチと言う怪物も元は一人の女の人だった。



それが、地上の悪しき瘴気に触れて心がヤマタノオロチに蝕まれてしまった。



今のマヤお姉ちゃんも、そのヤマタノオロチに蝕まれている。



私はスサノオでお姉ちゃんはヤマタノオロチなんだ。



『目醒めよ光の勇者!そなたは「デラックスキリナ」だ!』



デラックスキリナ!



そしてどうたぬきは光輝いた。

どうたぬきは光り輝き、形を変えた。

それは聖剣のような金色に輝く美しい剣だった。



イザナギの剣、遥か昔、イザナギ、そしてスサノオが使っていたとされる神秘の剣。


キリナはイザナギの剣と化したどうたぬきを構え髪をなびかせながらマヤめがけて駆け出す。



『貴女のような鈍臭いガキに私が倒せるか!!』



マヤの触手がキリナに襲いかかる。



「えええい!!」



キリナは触手を光輝く剣で次々と断ち破る。


「…あれは!」



怪物の姿と化したマヤに近づくに連れ、キリナの目にはあるものが見えてきた。



それはマヤの深層心理。



マヤは小さい子供の姿で恐怖に怯えたように縮こまっている。



そしてマヤを取り囲む巨大な8匹の大蛇。



そう、マヤの心は8匹の大蛇に蝕まれていた。



遥か遠く 私を呼ぶ声

夢の中を 巡り こだまする

遥か遠く 私を誘う

そして 涙零れて 目覚める


何時しか 戦う意味を

この体に宿し 生きていた

導かれるままに


廻るこの世界を 貫く運命の糸

縛られた未来が見える

背き抗う その果てが 暗闇でもいい

貴方に 辿り着きたい


♪双神威に斬り咲けり


キリナはマヤを救いに出るべくヤマタノオロチの首を斬り咲いていった。



大蛇に囲まれ泣きじゃくっている小さい子供の姿のマヤ。



彼女がマヤの本心であり、ヤマタノオロチは人々の負の心がマヤに直接蓄積していき、怪物となった姿。



マヤは渡さんとばかりにキリナに食らいつこうとする8匹の大蛇。



「マヤお姉ちゃんに蝕むヤマタノオロチは、この私が成敗してみせる!!」



ズバッ!



一つ目の大蛇の胴体が咲かれる。



キリナが持っているどうたぬきはイザナギの剣となり、如何なる鋼鉄をも斬り咲ける威力を放っていた。


キリナを一飲みに出来そうな大口を開けて食らいつこうとする大蛇を避け、剣で咲く。



キリナの剣さばきは咲く花びらのように美しく再現されていた。



そして、8匹の大蛇の首は全てキリナのどうたぬきにより咲いていった。



ハァハァと息を荒げ、うっすらと汗が滲む。



光輝くイザナギの剣はまたどうたぬきの形に戻った。



小さな体のマヤに近づくキリナ。



「お姉ちゃん…ずっと泣いていたんだね…寂しかったんだね…」


マヤに感情移入し、キリナの瞳は涙で潤む。



そしてキリナはしゃがみ、マヤを愛しい子供のように優しく抱きしめる。



その構図は、マヤが小さな頃のキリナを優しく抱く構図と被っていた。


「キリ…ナ…」



小さく呟くマヤ。



「キリナ、私って弱っちいよね、妹の気持ちも考えられず、ずっと助けて欲しいとばかり思っていた、最低なお姉ちゃんだよね…」



マヤはキリナに懺悔の言葉を放った。



「ううん、お姉ちゃんは、優しくて強いお姉ちゃんのままだよ…、だから、その分弱くなっても良いと思うんだ」



「キリナ…」



マヤはキリナの温かい体温、温かい眼差し、温かい言葉に嗚咽を上げる。



やがてマヤは声に出して泣き出した。



「うわーん!うわーん!」



「懐かしいね、お姉ちゃん、言ってたよね「泣いて良いんだよ、うんと泣いて、嫌な事は忘れちゃいなさい」…てね…」



キリナは小さい頃マヤがそのような時言ってた事を思い出し、マヤにつられ涙を流した。



そして交互に過去のマヤとキリナ、現在(いま)のキリナとマヤの姿がその熱い意識の中で入れ替わる。


そして姉妹の熱い心が通じたのか、狸助とシェリーの石化が解ける。



『あれ…僕らは…』



キョロキョロと見渡す二人。



やがて、小さい子供の姿になっているマヤの体から柔らかい光が発する。



「お姉ちゃん?」


キリナは光輝くマヤを見て少し戸惑う。



「お迎えが来たようだわ、これで私は成仏する事が出来る…ありがとう、キリナ…」



「そうなんだ…、しばしの間お別れだね…」


キリナは寂しそうな声で囁く。



「なに言ってるの?私は天国から貴女をずっと見てるわ、貴女頼りないからしっかり見張ってなきゃ危ないもの!」


「むうっ…」


少しむくれるキリナ。



「嘘嘘!とっても大きくなったし、頼もしくなったよ!だから挫けずに頑張りなさい!」



「うんっ!ありがとう!お姉ちゃん!」


そしてマヤの魂は天国へ昇って行った。

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