式神

****こうした日々を過ごしていくうちに、アオイの側に付き添っているという式神の存在をキリナは感じ取れるようになってきた。

それは亀の甲羅を持つ海蛇の姿でこれまでキリナには見えなかったが日々の修行で第六感が次第に磨かれていき、見えるようになったのだ。



『フォフォフォ、ようやくわしの姿がわかるようになったのか小娘♪』



キリナを小馬鹿にするように言い放つ海蛇。


「小娘って失礼ね、はっきりとはみえないけど半透明な感じだけどやっと見えてきたって感じかしら?」


キリナは言葉を返す。


『アオイと一緒にお主の修行を見て来たが、正直ここまで付いてこれるとは思わなんだわ、こんな間抜け面でドジっぽそうなオナゴがのう♪』


アオイに似て一言多いな…。

キリナは海蛇を見てそう思った。


『申し遅れたわ、ワシはゲンジャ、この名は四神の一人の名に蛇をかけておる、みてみい、ワシは亀の甲羅を背負っているが蛇のような面をしているであろう?』


なるほどゲンジャの姿はウミガメの甲羅を確かに背負っているが、長い首に顔はまさしく蛇のそれだった。

はじめはその姿に驚いていたが最近は慣れてきた。

そもそも言う事がしゅうとめっぽいので威厳というよりやかましいなと言った感情が驚きよりも強い。


ゲンジャのその横にはアオイがいた。

式神の為契約した巫女とは離れる事は出来ない。

キリナ的にはゲンジャへの小憎たらしさでアオイがいなかったら(気持ち悪い顔してますね)とイヤミをぶつけようとも思ったがアオイがいるのを見計らい、ぐっとこらえた。

そもそも師匠には強くは出れない。


「どう?貴女も式神が欲しくなったかしら?」


アオイがにこやかな表情をして聞いてきた。


「ゲンジャさんみたいな式神(ひと)で無ければ良いのですが」


ただ、こうとだけは言ってやろうと思い、言葉を放った。

その直後、何故か凍りつくような悪寒をその場でキリナは感じた。

そのオーラはアオイから放たれていた。


「それは私のような子じゃ無ければ良いという事かしら?」


表情は笑顔だが何故か陰が入っており黒い湯けむりを背中から発してアオイが聞く。


「い、いえそんな訳では…」


キリナはアオイの只ならぬオーラに恐怖を感じ慌てて謝った。

アオイを怒らせたら大変だ。


「ふふっ、冗談よ♪」


ほっと肩を撫で下ろすが言葉は慎重に選ばなければいけないとつくづく思うキリナだった。


ーーーー

深夜、キリナは眠りに入ろうと部屋の電灯を消す。

暫く目を瞑っていたがふと暖かい感触をキリナは覚える。

え?誰か入って来てるの?

キリナはふと目を開ける。


!!!


キリナは目を開けた途端布団の上にある人物があられもない姿で足膝をついているのに驚いた。

それは銀色の長い髪を揺らし、肌も白く、殆どが白に覆われた女性の姿。


アオイの姿だった。


「お…お師匠さん?」


キリナは顔を真っ赤にして仰向けの姿のままアオイに聞いた。

人間の体温をその場で感じてみるとドキドキして何だか心が熱い。


「こうして見ると本当にキリナは可愛いわね♪」


アオイは恍惚とした笑顔でキリナに囁く。

師匠に言われるとかなり恥ずかしい(照)

いつもは小言が多く駄目出しばっかりしてくるのに。


「キリナ…ずっと我慢してきたけど前から私は貴女を悪戯したいと思っていたの」


顔をキリナに近づけてアオイは艶かしく囁く。

一方のキリナは言葉を全く出さず抵抗もしない。

只鼓動が早くなりどういう訳か悪戯されたいと思っているキリナがいた。

これを良しとしてアオイはキリナに悪戯してきた。



無抵抗のままでそのまま身を捧げようとしていたキリナだったがそんな時、アオイが言いだした。


「引っかかりましたね?アホが見る狸のケツです♪」


はっ?

悪戯とはそっちの意味の悪戯だった。

目の前のアオイはボンッと白い煙を立ててあるものに変身した。


ええっ!


なんとアオイは頭に葉っぱを付けたタヌキに変身した。

そしてカタツムリの甲羅のような丸いものを背につけていて、腹にはポケットのようなものが付いている。

愛くるしくもあるが単のタヌキではない事は一目瞭然だ。


「しまった!妖怪!?」


そのまま無抵抗だったキリナは慌てて臨戦態勢を取ろうとした。


「そうはさせません!」


そのタヌキは自分の腹部分にあるポケットに手を入れあるものを取り出す。


それは何かを縛り付けるのに最適な頑丈な縄。

タヌキはそれを握りキリナ目掛けて投げつける。


くそっ!


抵抗しようとしたキリナだったが既に遅し。

その縄はまるで生きた蛇のように素早く自在に動き、

キリナの全身を巻きつく。

その蛇のような頑丈な縄にキリナは身動き出来ない状態となった。


「ふむーふむー!」



あと口元も縄で縛られ喋ることもできない。


『トドメですっ!』


タヌキはまたポケットからあるものを取り出しそれをキリナの額に貼り付けた。

それは札で、その札にはこう描かれていた。


「私はバカで変態です。顔を見てください)



****翌日、日が明けてキリナの修行の1日が始まろうという時、いつもならキリナは起きて体を清めて朝食を取ろうとしている時であろう。

修行僧や巫女は朝の1日を始める前に温かい湯で身を清める習慣があり、キリナも毎日それを行っていた。


しかしそんな時キリナはいない事にアオイは訝しげに思った。

キリナがこんな時間に起きて来ないなんて…。

今日はうんと厳しくしないといけないようね。


アオイはそう思いながらキリナの寝ているはずの部屋へ向かう。



アオイはキリナの部屋の前に立ち、和風の引き戸を引く。

アオイは部屋の中の様子を見て愕然とした。

なんとキリナが不恰好な姿で縄で縛られていて、額に「私はバカで変態です」と書かれた札が貼り付けられていたのだ。


キリナはアオイの顔を見て一気に恥ずかしい気持ちがこみ上げてくる。

ああ穴が有ったら入りたいっ!


恥ずかしい姿をアオイに晒してしまったキリナは冷静な思考が出来ない状態となっていた。



一方のアオイはため息をつき、縄を解きながら何があったのかをキリナに聞く。



「昨晩に何があったのです?縄で縛られて何があったのかビックリしたわ」



縄の緊張が解れ少し気が楽になったキリナはアオイに昨日の出来事を話そうとする。


「実は…」



キリナは話そうとしたがアオイのその後の反応を想像すると怖くなり、言い訳を考えるため何も言えないでいた。


「実は?」


アオイが復唱に疑問符を付けてキリナに聞く。


「技を使ったら失敗しちゃって…」



気恥ずかしさのあまり声がやや小さくなり、まっすぐに見つめるアオイから視線をそらしてしまうキリナ。

妖怪にやられたと言ったらどうせイヤミを散々言われるに違いないと思ったキリナはこう嘘をつき、ダメ出しから回避しようとした。

しかも自ら悪戯されようとして実際悪戯されたなんて口が裂けても言えない。

それを聞いたアオイはまたもふうっとため息をつき、こう言い放った。



「全く貴女と言う人は…もう何度修行してきたと思ってるの?」



はうっ!

アオイのダメ出しが槍のようにキリナのハートを突く。

どっちにしてもアオイのダメ出しはキリナに凄まじい精神的ダメージを与えるものであった。


おかげで今日は全く修行に身が入らない。

剣術の稽古をしていた時も今朝の醜態の事に気が入ってしまい、肝心の目前の敵に集中出来ず、バシバシと竹刀で叩かれる。

挙句に「巫女修行やめなさい!」ときつい一言。

防具は着けていたものの体はあちこちにアザが出来たかのように痛み、心にもあちこちにアザが出来ていた。


トボトボと書間(勉強する為の部屋)に向かうキリナ。

しかしキリナは思い出した。


キリナには目的があり、未だ救われないマヤの魂を救うというしっかりとした目的がある。


それにしてもあの化けタヌキ、今度会ったらとっ捕まえてタヌキ汁にして食べてやるんだから!

キリナは気をしっかり持とうと自分に言い聞かせ、次の修行、日本の歴史についての勉強に集中する事にした。



ん?あれ??

目の前の歴史のとあるページには妙な事が書かれてあった。

キリナは一瞬目を疑ったがどう見てもそのページにはおかしな事が描かれてある。



『人間は遥か昔、動物に食われるだけの惨めな動物だった。しかしそれをタヌキが助け、タヌキは人間に動物に対抗する為の武器を伝え、文化を伝えた』


と描かれてある。

そんな馬鹿な、何のファンタジーだ?

と思いながらそのページをめくっていた。



今の日本がこうして先進国の一員になれたのもタヌキのおかげである。



…これって本当に歴史なの?

と思いながら読んでいる時にアオイが入ってきた。



「あの…師匠?」

「なあに?」



キリナは本に描かれているページをアオイに見せ、事実なのかどうか確かめようとした。


「ええ本当よ、今日の授業は人間が如何にして歴史を刻んできたかを勉強するからしっかり頭に刻み込んでね!」



アオイはキリナに喝を入れた。


「はいっ!」




そうだ!私には今は危険地帯となっているマシュラタウンに入ってマヤお姉ちゃんの魂を成仏させると言う立派な目的があるんだ!私は一歩でも早く一人前の巫女になる為にうんと勉強しなきゃ!



キリナは真剣にその内容を頭に入れた。


ーーーー



タヌキに助けられてきた人間は次第に高慢になり、戦争をするようになった。

挙句に散々助けてきたタヌキを狩るようにもなり、タヌキへの恩義をすっかり忘れてしまった。

人間は愚かだ。

タヌキへの恩を仇で返してしまいタヌキに助けられた歴史をすっかり抹消してしまった。



タヌキは被害者。

人間は加害者。



そうだ、今人間がこうして服を着たり何不自由ない生活が出来ているのもタヌキのお陰なのだ。



キリナはこの史実を真剣に頭に刻み込んだ。


****



そのとある部屋では女性がキリナの破けた衣服を手直していた。



「ふう、あの子の服を直している間にすっかり時間を食ってしまったわ、今頃あの子も待っている事でしょうし早く今日の授業をはじめましょうか」



その女性とは今頃キリナに勉強を教えているはずのアオイである。

今頃書間にいるアオイはキリナに人間がタヌキに助けられてそれを裏切ってしまった人間は悪い奴という事をキリナに教えていた。




…いや洗脳していたのだ。



そのアオイの正体は昨晩キリナに悪戯をしたタヌキだった。


(そうだ、私達はタヌキさんにあれほど助けられたのに結局は裏切ってタヌキさんから文明や文化を取り上げてしまったんだ…)


キリナは罪悪感でいっぱいになった。


「キリナ、タヌキへの恩、これまで人間が何をしてきたかを決して忘れてはいけませんよ?」

「はい…」



そのアオイの笑顔の奥底にはどす黒い笑みが浮かんでいた。


「遅れちゃってゴメンなさい、授業をはじめ…」



そんな時、ようやく本物のアオイが入ってきた。

偽物のアオイはギョッとした表情で本物のアオイに目を向ける。


(しまった!この僕の作戦が!!)


偽物のアオイ、いやタヌキの頭からタヌキの耳が、そして尻からは尾が生えてきた。


「!!貴方、化けタヌキね!」


アオイはそのタヌキをキッと睨んだ。


「お師匠さんが…二人?」


キリナは双方のアオイを交互に見る。


「キリナ、貴女この化けタヌキから変な事を教わってそれをすっかり信じてるんじゃないでしょうね?」


じいっとアオイはキリナを睨む。


「あ…あう…」


図星を突かれ何も言えず顔が真っ青になるキリナ。


「ふうっ、もう一度教育し直す必要があるわね…」


呆れるアオイ。

タヌキの姿に戻り逃げ出すその化けタヌキ。



「逃がさないわよっ!」



アオイは縄を巫女服に隠れている胸の谷間から取り出し、それを化けタヌキめがけて投げつけた。



その縄は変幻自在にその化けタヌキの体を巻きつく。



「あわわっ!」




その化けタヌキは身動きが取れなくなった。



「こ、この化けタヌキ!よくも私を騙してくれたわねっ!」



気恥ずかしさやら怒りやらで顔を真っ赤にしたキリナは棒で化けタヌキをメッタ叩きにしようとした。



「おやめなさい!キリナ!」



そんな時、何故かアオイが止めに入る。



「お師匠さん?」



アオイをマジマジと見るキリナ。



「キリナ、サポーターが欲しいと言っていたわよね?その化けタヌキをサポーターにしたらどうかしら?」



「ええっ!?」



キリナはアオイの意外な言葉に唯々(ただただ)驚く。



「嫌ですよ!こんな嫌な化けタヌキ!」



キリナは反対の声を上げる。



「ふふっその嫌な奴を改心させて相手にするのも巫女修行のひとつよ♪」



そしてキリナはその化けタヌキをサポーターとして嫌々迎えるのだった。

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