キリナの巫女修行
ツトムはその後、マシュラタウンの復興作業に携わっていたが、大きな事故に巻き込まれ寝たきりとなった。
……と言うより、大災禍のあったマシュラタウンに、次々と事故や原因不明の病が相次ぎ、人々は散り散りになってマシュラタウンを出て行ったのだ。
育ての親のツトムがいなくなり孤児となったキリナ。
しかしキリナは孤児院に預けられる前に巡り合わせの如くある女性からツトムからは良くしてもらったとキリナは引き取って貰える事となった。
キリナはツトムのいとこであるアオイと言う神社の[宮司(みやつかさ)]の元で過ごす事となる。
アオイの住むカツガ神社。
そこはマシュラタウンから遠く離れた「サクラタウン」と言う町で緑が広がり壮大な山々が連なる大地にある。
因みに暖かくなる時期には森一面がピンク模様に染まり、寺や神社などが多く和風の美しく平和な町で他のタウンからも人気を集めている。
山に囲まれた鳥居、石で作られた階段、入り口の前に立つ獅子の像、和風の作りの建物が恐ろしくもあり神々しく、神社そのものの神秘性を醸し出している。
下に降りればそこそこの規模の街並みが広がり、生活自体に不自由は無いが時折山の獣が街に紛れ込む事もある。
アオイは何と、そんな獣をも宥め、森に返す術も心得ていた。
高校生の時から巫女として有名になるほどの活躍を見せ、将来は母親のイオリとも引けを取らない霊媒師になるだろうと言われていた。
ここで言う巫女とは霊媒を行ったり神の怒りを鎮める為の施しを行ったり未来を予知する力を修行によって得た女性の事である。
アオイは霊媒を行ったり簡素にだが医師的な業務を受け持つ事が出来る程の不思議な能力を持っていて、キリナはそんな彼女を尊敬していた。
そのアオイの元で預けられ、アオイが怪我をした犬の傷口に手を添えて、触れただけで治していっているその彼女の力に惚れ込み、キリナは言った。
「アオイさん!私も巫女になりたいのです!どんな厳しい修行も耐え抜きます!」
キリナは彼女の力に惚れ込んだだけでなくマヤの魂が未だ苦しんでいるのを夢で見て彼女を救いたいと言うのもあった。
巫女になればきっとマヤの魂を救う事が出来る!
自分にはそれをしなければならない使命があると幼いながらに責任を感じるキリナがいた。
「お姉さんの魂を救いたいのね?」
アオイはそう言い出した。
「いい事?巫女になるには非常に厳しい修行に耐えないとなれないものなの、例えなれたとしても生半可な気持ちでいたり高慢な気持ちでいては霊障にやられて命を落とすことになるわ、それでもなるつもりなの?」
アオイは半ば脅すようにカマをかけた。
キリナは黙って頷いた。
「…わかったわ、ただあそこは霊が強力過ぎて自衛隊はおろか霊を感じ取り、退治出来るはずの住職や宮司達すらも手を出せない場所なの、バリゲートを張られ立ち入り禁止区域になっている理由もわかるでしょ?」
「はいっ」
「彼処に行く事だけはやめなさい、宮司である私ですら近寄れない所なの、行く時は強力な式神を加えてからにしなさい」
「式神?」
式神と聞きキリナは聞き返した。
アオイは自分の霊力を高めた。
霊力を高めるとは気を集中させて尚且つ心を空にし邪念を払う事で発現される、修行した者でないと成し得ない芸当である。
式神なる存在がキリナに見えるようにする為霊力を高めるアオイ
「私の手に触れてみなさい」
「こ、こうですか?」
キリナはアオイの細くすっきりした手に手を添える。
するとアオイの長い髪はシルバーに輝き、肩から白い煙のようなものが湧いているのが見えた。
「どう?見えたかしら?」
「はい…白い煙のようなものが…」
「そう、それはまだ完全な姿が見えてないと言う事なのね?」
「完全な姿?」
「私を纏っているのは[玄武]。霊力を高めたら貴女にもその姿が見えて彼の言葉を聞き取る事も出来るわ、この子は貴女をちょっと見下してるようだけど…」
「はうっ!」
自分が見下されている事に軽くショックを受けるキリナ。
「私から見てもちょっとおっとりしてる感じはするけど考え方はしっかりしてる方だと思うから修行をしっかり積んだら貴女にもサポーターを加える事ができるだろうからしっかり頑張りなさい!」
「はいっ!ところで玄武って?」
キリナはアオイに聞き質す。
「四神の北を守護する神と言えばわかるかしら?亀の甲羅に蛇が出ているのをイメージするとわかりやすいわ」
「えぇっ、それ、どんな姿ですか?図を描いてくださいっ!」
キリナは地団駄を踏む。
「駄目よ、それは修行して自分の目で確認する事ね!」
むう…アオイさんの意地悪…でも、それを直ぐに見れてしまうのも面白く無い気もする。
よくわからないけど修行すれば姿が見えるようになるんだ!
私には目標もあるし簡単に見るわけにもいかない!
修行して私の目で見てやるんだ!
キリナはその意志を胸に秘め、巫女になる為の修行は始まった。
****
神社のとある木造の道場のような建物に入るキリナ。
彼女らは剣の稽古を早朝から行った。
「妖怪や悪霊と戦う際はこうして剣で戦う事が多いの、隙を見せていたら取り憑かれてお陀仏よ!」
慣れない防具を身につけ、竹刀で同じく防具姿のアオイに立ち向かうがアオイの構え方は隙が無くそしてどこと無く威圧感がある。
「やあああっ!!」
「隙だらけよっ!」
ビシバシやられるキリナ。
(どうして女の子にこんな事を…)
冷たい道場の床にどシャリと倒れ、キリナは泣きそうになった。
「巫女の世界は男女平等よ。普通の女の子に戻りたくなったかしら?」
アオイは微笑を浮かべる。
「くっ、まだまだぁ!!」
キリナはマヤの魂を自分で救う目的を思い出し、アオイに斬りかかった。
しかし最後まで防戦一方でアオイには一つ一閃を与える事は出来なかった。
朝食を済ました後、アオイの導くままに山を登る。
「もうばてちゃったの?これでは巫女にはなれないわね」
アオイはからかう。
「うぐぐっ負けるもんか~!」
アオイより遅れをとっていたキリナは必死に山を登った。
負けず嫌いなキリナがアオイを追い越したそんな時、アオイは棒でキリナの頭を小突いた。
キリナの目の前に火花が飛び散る。
「痛い!何をするのっ?」
痛みで頭を抑えるキリナ。
「巫女たるもの体力の使い加減も知らなきゃダメよ!」
若さ故に実力以上に頑張ろうとするキリナをアオイは軽く叱った。
キリナは遅れ過ぎず早過ぎずを気遣いながらアオイについていく。
しかし無駄に気を使ったのか、キリナは登りきったその時には、身体だけでなく精神的にも疲れ果ててしまっていたのだった。
ザザザー!
森に囲まれたこの箇所に高い崖(がけ)から勢いよく滝が地面に降り注ぎ、大きな石を叩きつけている。
石が割れないのが不思議な位だ。
「私達巫女は毎日滝に打たれ雑念を払い身を清めているの」
アオイは言う。
「あわわ…」
キリナは本当にこの滝に打たれるの?と言った表情でうろたえている。
「怖がっているようじゃ巫女は無理ね」
毎度のようにアオイは横目で駄目出しする。
「くぅっ、やります!やりますとも!」
キリナは自分を引き締めようと声をあげる。
「ふふっ、その意気よ!」
そして二人は同時に滝に入る。
「ギギギ…」
上から殴るように滝がキリナ達めがけて降り注ぐ。
頭や肩、全身に至るまで衝撃が伝わる。
冷たくて痛い。
キリナは必死な表情で滝に打たれるのに耐えている。
逆にアオイの方は余裕だ。
こうして数分間滝に打たれ続けたキリナ達は山を降り、次のステップに入る。
「こ…これ本当に巫女の修行になるんですか?」
キリナは巫女の修行と思えぬメニューに表情をヒクヒクさせてアオイに問う。
「勿論よ、社会性を養う事は精神を鍛えるのに欠かせないの、いつも山ごもりしているのが巫女の修行と言うわけじゃ無いのよ!」
キリナは地元の町の方のスーパーマーケットのバイトをさせられていた。
アオイが言うにはバイトや仕事などの活動するのにも忍耐力やメンタル的な免疫をつけるのに良いのだそうな。
「じゃあ私は行って来るから上手くやるのよ!」
え?私置いていかれるの!?
「あんた何ぼっとしてるの?早く調理しなさい!」
店員からヤジを入れられるキリナ。
「す、すみません!」
慣れない手つきで試食品を調理する。
「客引きちゃんとやりなさい、突っ立ってるだけならつまみ出して姉御に報告するよ!」
姉御とはアオイの事である。
ひいいっ。
キリナは目の前の店員がドラゴンのように見え、身が焦げる程の緊張感を覚えた。
とりあえず声を出そう。出さない事には何も始まらない。
「あ、あの、ビーフ…ふぇ!?」
緊張のあまり思わず声が吃る。
「くすくす…」
キリナを見て含み笑いをする客達。
キリナは恥ずかしく虚しく心が痛い思いで泣きそうになった。
(うぅ…巫女になってマヤお姉ちゃんを助ける為だ…接客の仕事と巫女とどう関係あるのかわかんないけど…頑張らなきゃ!)
キリナは自分の目標を思い出し泣くのを堪えて接客に励んだ。
次のステップは術を覚える基礎学習だった。
アオイから教わりながら分厚い術について書いてある本を読み、それを覚えていくと言うもの。
「…それら官人が後には本来の律令規定を超えて占術や呪術、祭祀を司るようになったために陰陽寮に属する者全てを指すようになり、更には…」
キリナは必死に覚えようとするのだが授業を受ける度知恵熱に悩まされる。
そしていざテストをしようものなら半分以下の点数しか取れない。
「これだけ覚えておくように言ったのにまだ覚えられないの?」
いつものダメ出しを頂くキリナ。
「どう?巫女になるって生半可な気持ちじゃなれないの、もう諦める気になった?」
「くっ、まだまだぁ…」
「そう、じゃあちゃんと覚えなさい!」
キリナはアオイから体で術を覚えさせられた。
「今日の勉強はここまで、夕ご飯にしましょう、あなたも手伝いなさい」
「はう~っ」
キリナはヘトヘトになりながら食間へと向かい、夕食の支度をアオイと施し、それを食べた。
そして風呂で疲れと汗を体から流し、体を清潔にして夜の8時に強制的に眠らされるキリナ。
キリナは1日の巫女修行だけで物凄く大変に感じこの先が思いやられ る思いがした。
初めは慣れなかった巫女の修行。
なおこれまでの風景はごく日常的なもので、時には村起こしの為にアイドルとして歌わされたり時には一週間自給自足でキャンプを行ったり、時には様々なボランティア活動でヘトヘトになるまで活動を行った。
何度泣きそうに、挫けそうになったのか。
しかし人間不思議なもので、こうした毎日を続けると次第にその環境に順応してしまうのである。
良くも悪くも。
キリナは姉を救うと言う目的の元、自己の弱さを克服しようと、巫女となろうとどんなハードスケジュールをもこなそうとしていた。
「アオイさん!今日のメニューは何ですか?私はどんな修行でもこなしてみせます!」
そんな時アオイは言った。
「キリナ、今日はリフレッシュ休暇よ、ゆっくりやすみなさい」
「そんな、私はここまで試練に耐え、順応してきたのです!休む事なんて出来ません!」
地団駄を踏むキリナを横目にアオイは溜息を漏らした。
「キリナ、貴女を育ててみてわかったけど貴女は気持ちの切り替えが下手ね」
「え?」
アオイの言葉にキョトンとするキリナ。
「貴女のような子が一番霊障にかかりやすいし巫女には務まらない、貴女は馬鹿真面目で一本気な所がある、それは貴女の強みだわ」
アオイはまずキリナの強みを挙げる。
「では…!」
ではもっと厳しいメニューを出しても良いではないかと言おうとした時に弱みをつく。
「しかし環境がガラリと変わったり失敗してしまうと腑抜けた状態になる…、一見生真面目で一本気な人の堕落は悪霊の餌食になりやすい典型的な例よ」
「うぅ…」
「キリナ、若者は一気に変わろうと焦る傾向があるけどそれは無理と言うもの、世界に誇れる日本の発展と国力があるのも仕事ばかりでは無く、時にはリフレッシュし、心身を万全にして日々を作業を一つ一つ積み重ねてきたからこそなのよ」
アオイはこうして優しく説得し、キリナの固まった肩を解きほぐし共に羽を伸ばした。
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