第3話

タケ坊達と飲んだ次の日曜日、僕は初めての検定を受けていた。インターネットで宿と検定がパックになった合宿の申し込みを見つけたのだ。1人で参加というのは気にならなかった。要は滑れれば良いのだ。貯まっていた代休を使い金曜日から参加。金土と2日間レッスンを受けて最終日となる日曜日に検定というものだった。申し込んだのは2級検定。スキースクールは、ずっとハの字で滑らされて何かと駄目出しをもらう所だろうと、酷いイメージを持っていたが、その期待は良い意味で裏切られた。ロングターン、ショートターン、構えやポジションと色々なことを教わった。1日でかなり上達したと思う。


レッスンは、まずコーチから気をつけるポイントを説明される。そして実際にお手本の滑りを見た後で、受講生がひとりずつ続いて滑っていく。コーチから出されるひとつひとつのコメントが芯に響く。当然、上手くできないこともあるけれど、煮つまる前に冗談などを挟むので全体に笑いが絶えない。不思議な一体感があるレッスンだった。夜は夕飯のあとコーチを混じえてのミーティング。日中撮ったビデオを見ながら課題などを解説してくれた。これまできちんと教わったこともなかった僕にはすべてが新鮮だった。僕の滑りはかなり矯正されたと思う。特に腕を振り込む動きは何度も指摘された。時間の経過とともに、ミーティングも途中からビールが出ての飲み会に変わる。参加者は本当にスキー好きという感じで常連の人が多かったが、ひとりで参加している人も何人かいるようだ。


「みなさん、自己紹介がてら検定への意気込みを表明してください」


ほろ酔い加減の校長先生の掛け声に笑い声があがる。これがこの合宿でのお約束のようだ。最初に手を挙げたのは年配の女性だった。


「私は初の参加ですけど、旦那は家でお留守番です」


周囲に笑いが広がる。65才と語ったマダムは1級合格証を棺桶に一緒に入れてもらうのだと力こぶを作り締めくくった。


ひとり目が盛り上がったおかげで場が軽くなったようだ。次々と話す人が出てきて思い思いの話をする。そして僕の番になった。コブを滑れるようになりたくてスキーにハマっていること。検定は初めてで、種目も今日知ったことなどを話した。種目間違えて滑るなよ〜というヤジに笑いがおこった。酔いが回った人から自由解散といった感じで僕も半分くらいの人が撤収した頃に布団に潜り込んだ。強者のコーチ達はまだまだ飲むようだ。


前夜の飲み会もあって、朝の食堂では誰しもかなり打ち解けた様子だった。飲んだ翌朝の味噌汁は胃に染み入るのは何故だろう。「ほうっ」と息を吐くと向かいに座った男性が話しかけてきた。


「昨日は飲みすぎましたね〜。今朝は頭が重いです」


男性は1級合宿に参加していた。ここに参加するのも5回目だという。


「みんなスキーが好きなんですよね〜。わたしもね、ここに来れば同じようにスキーの話ができるのが楽しくて。でもそろそろ合格証もらって帰りたいですけどねぇ」


朝食を食べながら前回検定で使ったコースやその攻略ポイントなどを話してくれた。


「正面のゲレンデあるでしょう?そう、あの急斜面。大抵、最初に来た時はスピード不足のジャッジで点数引かれちゃうんですよ。分かりづらいけど、あそこは少し片斜面になっていて、左上がりな分、どうしてもターンを引っ張りたくなっちゃうんです」


男性の隣の席にいた別の男性が話に加わる。


「そうそう。あのバーンは最初に右ターンから入ればスピードが乗るんだけど、加速した分どうしてもビビって次のターンで山側に身体が残る。検定じゃなかったらあそこでロングはやらないよ」


この日は、朝話していたゲレンデを使ってのレッスンだった。片斜面だと思ってみれば、確かに途中から左がマウンドしているようだ。僕の滑る番になりコーチの手が上がる。素直に朝のアドバイスにのって右側からターンをしてみた。限界ぎりぎりのスピードだったが何とか踏みとどまった。


「うん、悪くないんじゃないですか。でも、もう少し外脚を踏んでください。ちょっと弱いかな」


この日は夕方までレッスンは続いた。明日の検定に向けて昨日より時間を長くとってくれているようだ。夕飯後はまたミーティングと飲み会。打ち解けた面々が話す内容はやはりスキーの話が多かった。


盛り上がる中でもふと会話の途切る瞬間がある。そんな時はやはり明日へ向けた緊張感のようなものが全体を包んでいた。

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